4勝手目 八十禍津日神からのお返し(1)
先頭を歩く晴太も本殿へ向かう参道を慎重に進んでいる。
あまりにも足元が悪いため、沖田を叩き起こすべきか悩んだが、「歩くのがだるい」と寝たふりをかます可能性も高い。そんなんで揉めるようなら声をかけないほうがマシだ。
本殿を目の前にして、視界が一気に開けた。立ち止まることもなく、晴太は躊躇いもせず中へ入っていく。
普通に生活していたら、本殿は神聖な場所でせめて会釈の一つでもして入るのが一般的だという認識だが違うらしい。
少し距離を空けて本殿へ入ると、中では蝋燭が大量に灯されていた。ぱっと見は被害がなさそうだが、ここも電気は通じていないようだ。
先ほど沖田を追っていた人々が体に包帯などを巻きながら、灯りを囲みながら話し混んでいる最中だった。
そして沖田に気づいた1人を皮切りに、手当をやめて腰を抜かしたり、座っていた椅子を薙ぎ倒して皆立ち上がる。小刻みに震える者、歯を食いしばり今にも罵声を浴びせて来そうな者もいる。
沖田は歓迎されていない。神社という神聖な場所は重く耐え難い空気に包まれた。
「遅れてすみません！ 地震の影響で移動がうまいこと行かなくて、こんな時間になっちゃいました！」
晴太は場の空気を変えようと爽やかに謝るが、何も変わらない。誰ひとり晴太の言葉に耳を貸していない。言葉が聞こえてこないのだ。
彼もそれに気づいており、言葉を続けた。
「何も言わないで察してくださいの雰囲気。
晴太の挑発とも取れる発言に一体は怒りの感情が湧いたようだ。いつ振り翳してもいいように晴太は一歩は前に出て、後ろに立つ俺たちの前に弓を出す。
睨み合いが続いて進展しないのかと思いきや、遅れて椅子から立ち上がった音がする。
「一言叫ぶだけで大きな鳥居すら倒す。恐れて当たり前です」
声は本殿の奥からだ。慄いていた人々が道を開け、年老いた女性が紫色の装束姿を現した。一目でこの中で1番権力のある人間だとわかる。
刺し殺し殺すごとく鋭い視線で沖田を捕らえ、晴太を押し退き、眠る沖田の上にあの本を置く。
すると沖田は一言声を上げら大量の汗とともに目を開けた。俺の腕から飛び出して外に駆けて行こうとするも、老婆に頭と顎を挟むようにがっしりと掴まれてしまう。
「感情を制御なさい！ 泣くな！ 叫ぶな！」
涙目でんーんーと足掻きながら唸ると、カタカタと地面が揺れた。地震だ。
晴太と俺は老婆の腕を引き剥がそうと覆い被さる。しかし後ろの職員すに加勢されてしまい、俺たちは本殿の外へと投げ出された。
すぐに本殿へかけ戻ると、取っ組み合いになる。喧嘩なんてした事がないのに、相手の襟を掴んで横に投げ飛ばしてしまった。
柄でもない事はしたくないが、敵意をむき出しにされては体が勝手に動くのだ。
そして数が減った頃、晴太が老婆に再び張り付き、沖田の頭を掴む両手を指から剥がしていく。
「落ち着いて話しましょうよ、
晴太の言葉にハッとした表情を浮かべた老婆・義理子は、沖田の手からゆっくり手を離した。地震も収まり、本殿の軋む音が崩壊を想像させる。
すかさず沖田に大丈夫かと声をかけると、ゲホゲホと痰の絡む様な咳を繰り返した。
両手を畳について呼吸を荒あげ、手を這わせて例の本を取り、勢いよく叩きつけた。
言われた通りに声に出さずに、やり場のない感情を本にぶつけたのだ。
いつものお前なら文句を垂れるのに。それが出来ずに苦しそうで、八つ当たりでもいいから感情をぶつけて欲しいと声をかけたくなる。
「答え合わせがしたいだけなのです。本来であれば貴女責められるべきではありません。しかし、今は……貴女は……脅威なのです」
義理子は謝罪を含めた言葉を沖田にかけた。沖田は小さく頷くと、御神体付近に置いてある椅子を目指して歩いていく。
椅子の下にはまるでアニメや漫画で見るような六芒星がかかれ、沖田が良くないものであると象徴している。
Tシャツに短パンジャージという冗談でもきちんとしているとは言えない服装だが、その場所に座るだけで、俺の目には別人に映る。
あれは沖田じゃない、と。沖田が取り返しの付かない程遠くへ行ってしまう気がして恐ろしくなる。体は無意識に沖田を求め、何かを鎮めるための六芒星もお構いなしに踏みつけながら近づき、沖田の手を握っていた。
「なんだよ、土方。らしくないじゃん」
赤く腫れた目。憔悴した表情。握った手はするりと力無く重力に従う。上手い言葉が見つからない。
「どうしたんだよ。お前、なんでそんな顔……」
「その方は呪われているのです」と義理子が絞り出すように言う。
「本がどうってやつか？ ならお祓いでもお清めでもしてやってくれないか、神社ってそういう事もしてくれるんだろ？」
義理子だけでなく、この場にいる全員に問いかけた。しかし、誰1人声を出さない。
ゆらゆらとゆれる蝋燭の火が風に煽られる音がよく聞こえるくらい静かだ。
「何に呪われているんだ。本自体がそうなのか？ 沖田、これはどこから持ってきた？ 元の場所に返せば何とかなるかもしれない。俺が返しに行くから、教えてくれ」
沖田は「家の中」と呟いた。沖田家にこんなものがと疑ったが、流石の沖田でもこんな状況で嘘をつくわけがない。家の中に戻しても、あの家に帰るのは沖田自身。解決には至らない。
「洋ちゃんは
神霊庁での報告はただの言い伝えレベルだったのに、今となっては避けられない事実さ。
洋ちゃんが悲しさや苦しみの感情を表に出すたびに地震を引き起こすトリガーになってる。神霊庁としては、ただの偶然で片付けられないんだ」
晴太はさっきは詳しく話せなくてごめんね、と付け加えた。
「そしてその本に呪いについて記載されているはずなのですが……どんな専門家に解読を依頼しても読む事が出来ず、詳細がわからないのです。
一時期は我々が保管しておりましたが、すぐに持ち主であるべき人間を追って無くなってしまうため、沖田家の保管を許しました。
我々が知る限りは"
晴太と義理子は口々に現実味も神秘も何も感じない言い伝えを話す。
再度、本を沖田へ差し出す皺のだらけの手は震えている。落ち着いてお読みくださいと一言添え、沖田は表紙を捲った。
「まさか、読めるのか？」
「読めるよ……読んだから、こんなふうになったんだろ」
沖田は足を上げて痣を見せながら、古い本を捲った。
沖田は一呼吸付き、縦書きの一文を指でなぞりながら読み始めた。
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