3勝手目 11年ぶりの"せばだばまいねびょん"
「沖田を追う理由はなんだ」
感情は剥き出しにせず、努めて冷静を装った。弓を持っているのに対し、疲労が溜まった沖田を庇いながら走り出すのは無謀だと踏んだからだ。
男は艶のある黒髪に長めのセンターパート、中性的な顔立ちの中に幼さを感じさせる。
パッと見は害のある人間には見えないのだが、追っ手の1人である事や物騒な持ち物から危険人物だと判断するのが妥当だろう。
「えっと……理由があるから……だと思うけど」
理由があるのは知っている。それがなんだと聞いている。自分は関係ありませんみたいな顔しやがって。意味も解らず追って追ってたってか。
今日は質問するとイライラする日だ。聡さんといいまともに返事をする奴が居ない。
男は俺たちの前に屈み、膝に頬杖をつきながら沖田を見つめた。沖田は気を失ったように眠っている。
「せばだばまいねびょん、懐かしいね。ねぇ、僕の事を覚えててくれてるって思っていいのかな? わざわざ青森弁Tシャツ着てる時に再会なんてまさに運命だと思うんだけど、守はどう思う?」
「――ん?」
男は俺たちを知っている素振りを見せる。
「わっきゃ普通さ話すちゅだげなのになぁ」
普段馴染みのない方言は青森弁だ。不思議と懐かしさを感じる。昔流れていたCMの曲が思い出せない感覚と同じで、思い出せないとひっかかる。頭の中にある記憶を刺激している気がするのだ。
「もしかして一般的には11年ぶりの再会は他人と同じなのかい? 子供から大人に変わったからとか?」
男は寂しそうに口を尖らせて拗ねた。
「僕にとっては守は親友、洋ちゃんはフィアンセなのは変わらないのにさ。忘れちゃったなんて、守の中で僕って大した存在じゃなかったのかい?」
守だの洋ちゃんだの、下の名前で呼ぶ人間はそう居ない。
11年ぶりというと俺たちが11歳。小学生である。その頃の記憶を掘り返すと、小学4年生の時に青森から転校して来た奴がいたことを思い出す。
5年生になると同時に青森へ戻ってしまったが、それまでの1年間はそいつも含めた3人で行動していたのだ。
偶然にもそいつの苗字も新撰組繋がりだったもんだから、沖田が珍しく人に興味を持っていた。その時だけは3人でセット扱いをされていた男の子――
「もしかして、晴太か?」
携帯のライトを点けて顔をよく見るとあの時の転校生・
「当たり! 全く気づくの遅いなぁ、不安にさせないでくれよぉ!」
名前に相応しい、夜の暗闇をも照らす屈託のない笑顔。突然の再会に内心は戸惑いまくっているが、晴太も追手だとすれば安易に信用出来ない。
子供の頃に仲が良かったとしても、互いを知らぬ年数が長ければ長い程信頼関係は薄れていくものだと考える。
ここはどうするのが先決か。晴太を上手く丸め込んで見逃してもらいたいが、洋の身に何が起こっているのかを聞かなくてはならない。
段階を踏んで刺激しないようしたいが余裕がないと見て、いざとなれば沖田を担いで走れるよう、膝裏に右腕を入れた。
「相変わらず洋ちゃんにべたべたしてるのかい? 僕は君のそういうところは嫌いだったんだかんな! 幼馴染だからって特権みたいにさぁ、僕もお姫様だっこ出来るくらいには筋力ついたんだかんな!」
「は?」
晴太は俺の右腕を指を指して怒り、そして頬を膨らます。何言ってんだこいつ。べたべた触っているとは人聞きの悪い。
お前を信用出来ないからこうしてるんだろと言いかけた時、テンポが速い三味の着信メロディが流れる。
不満気に電話を取ると、プンプンしていたのはどこへやら、"仕事モード"な声色に早変わり。
情報は貰ってるだの、青森から仙台に到着したばっかりだからわからないですだの、探してるけどわからないだの、見つけたら連絡しますだの、沖田が関わっていることを匂わせるセリフばかりが並ぶ。
それだけ聞けば味方寄りであると思う。が、安易に信頼してはならない。
「単刀直入に聞く。沖田が何をした」
電話が切れ、直ぐに訊ねる。
「賛否あるけど、僕は何もしてないと思うよ。洋ちゃんは、ね」
意味あり気な言い方が心臓の鼓動を速める。晴太はざっくり教えるねと言って、その場で足の裏同士をくっつける様に座り直した。
「どうせ守みたいな現実主義者は信じないだろうけどさ、洋ちゃんは洋ちゃんの先祖のせいで呪われてるんだよ。その呪いは日本昔話程度で誰も本気にしていなかったんだけど、昔なんかあってこうなったってカンジ」
何が教えるね、だ。説明へたくそか。
「ざっくりしすぎだ。もっと現実味のある話をしろ」
「だぁかぁらぁ! そもそも普通に生きてる君みたいな人には嘘にしか聞こえないだろって言ってるんだよ! 僕はそういう所にお勤めしてるからこういう話の方が現実的だけどね……僕の言ってる事が信じられないならもう一回追われる? それなら現実味、少しは増すんじゃない?」
「バカ言え。当の本人も状況を理解出来ていないんだぞ」
「そう思ってるのは守だけだと思うけど」
晴太は沖田の足元に目線を落とした。膝下まで広がる痣、これがその証拠と言いたげだ。
「君は状況が掴めてないから全部が敵に感じるかもしれないけどさ、僕は味方だよ。呪いの大きさで言えば粛清されるべきであるとは思うけど、それが洋ちゃんなら話は別。”
「何一つ理解し難いな」
沖田が地震を起こしている、と言われたら腑に落ちてしまう。
沖田ほ感情が不安定になる都度地震が起きているとしたら、晴太の言う呪いは事実なのではと摩耶かしすら信じてしまいそうになる。
「聞いてたと思うけど、僕も青森から来たばかっかりなんだ。状況を全部知ってるわけじゃないんだよね。守も何もわからない、信じられないなら神霊庁に行って話を聞こうよ。いざとなれば僕がなんとかするからさ――出来る限り、ね!」
晴太は立ち上がり、俺たちにも"神霊庁"へ着いてくるよう提案してくる。
俺の知識が無いため"神霊庁"とやらの存在は知らない。怪し気な宗教団体かと怪しみながらも、晴太を信じるまでとは行かないが、逃げ回るばかりでは何も解決しない訳で、賭けとわかりながらもアクションを起こすしかないのだ。
「怪しいと思ったら帰るからな」
寝ている沖田を担いだ。晴太は僕が担ぎたいと騒いだが、目を覚ました時にお前を覚えていなかったらさすがの沖田でも恐怖だろうと言って宥めた。
納得しつつも不満そうに「びょ〜ん」と口をとがらせて肩を落としながら、懐中電灯で夜道を照らし歩き出す。
停電する街は世界に3人だけのような静けさを生む。そして建物が崩れて、荒れ果て、日常を一瞬で破壊する直下型地震の恐ろしさを悲しく際立たせた。
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