2勝手目 直下地震と八幡様(2)



 夕方も夜に差し迫る頃、携帯の着信が鳴った。相手は星。

 沖田でないことに落胆しながらも応答する。


「あー、副長? 地震大丈夫だった?」

「ああ。家の中はめちゃくちゃだけどな」

「俺んちもだよ。それより、家追い出されちゃって困ってんだよぉ。副長ん家行ってもいいかな?」

「なんだ、半壊したのか?」


 星はとても困っている様子で、避難所も高齢者や幼児のいる世帯が優先のため、パンパンで受け入れてもらえなかったとぼやいている。

 地震県として不名誉にも名高い宮城に建つ住宅が、耐震対策を怠るはずもない。


 星住むアパートは特別古いわけでもなく、多少の地震は気づかない程の地盤の硬さを誇っている。


「アパートは全然よ? いやぁ、ウチって八幡はちまん様が近所じゃん。八幡様の被害がまずいらしくて、近隣数キロに住む住人はみんな追い出されんだ。

入口も白い布みたいので隠されてて異様なんだよね。今度なんか奢るからさぁ......あ、でも沖田ちゃんがいるなら邪魔になるんで諦めます」

「沖田はいないが……」


 困っているという星の話を両親にすると、二つ返事でOKが出された。


 八幡様というのは仙台市に鎮座する大崎八幡宮という大きな神社のことだ。相当被害があるのだろうか。住人まで追い出す必要がある程のニュース、世間では一切報道されていない。


 八幡様の話を聞いた父親は、興味があるから見に行きたいとやる気を失った目を輝かせる。散乱した家から車の鍵を意地で探し出し、星を迎えに行くために父親の運転で車を走らせた。


 そして道中、父親が沖田家の状況を知らないかと尋ねてきた。余計な事は言わず、沖田が病院にいることだけ伝えると、腑に落ちた声を出す。


「朝方にあおいさんが荷物を持ってたのは洋ちゃんの入院の準備だったのか。元気な声が聞こえないから寂しく感じるなぁ」


 葵さんとは沖田の母親のことだ。その時に何があったのか叔母さんに聞いておけよと突っ込んだ。 

 父親はどうせ俺へ連絡があるだろうと思って聞かなかったと言うが、ぶっちゃけ自分もそうだと思い込んでいた筋なので何も言い返せない。


 地割れや排水管が破裂して水浸しになった道路を走ると、八幡様の近くにあるスーパーの駐車場で星と落ち合うことができた。


 星は最小限の荷物だけ持って「規制解除までよろしくです」と父親にヘコヘコ頭を下げ、父親もまるで鏡のように「こちらこそ」と頭を何度も下げる。


 挨拶も早々に、八幡様はどうなっているのかと野次馬気質な父親は嬉々として神社方面へと歩きだし、星は気に入られようと他所行きの顔で横についていく。

 俺は沖田からの着信やメッセージの既読、沖田がやっているゲームのログイン情報などを確認しながら後を追って歩いた。


 歩く事数分。八幡様の鳥居の下に着くと、誰も入れないように鳥居の上から垂れ幕が下げられ、本殿へと向かう参道も見れない状態となっていた。


「あんな大きな地震があったのに、こんな大きな垂れ幕をねぇ」


 鳥居はそこそこの高さがあるが、余震があり、混乱している中で垂れ幕を掛ける意味があるのか謎だ。

 異常事態をわかりやすく知らせるその様子は市民の不安を煽るには十分で、心の頼りがなくなったと静かに絶望する老人もいる。


「まああれだね。神様みちゃいけないって言うから、本殿ごっそり倒れちゃったのかな」と父親が言う。


「なんで見ちゃいけないんすか?」

「なぁんでかはわからないなぁ。でもよく言うんだよ。神様を見た人は死んじゃうとか、連れ去られるとかさ。興味本位で見たら取り返しがつかなくなるかも」

「なるほど、もしかしたら見ちゃうかもしれないから俺も追い出されたんすかね」

「かもねぇ」


 父親と星の会話に妙な引っ掛かりを感じた。取り返しがつかなくなるという父親の発言は"パンドラの箱"を思い出させる。


 沖田は読んではいけなかった本を読んでしまった。だから痣が出来て、地震が起きて、沖田はいなくなって――? 

 こんな想像はバカバカしい。現実的でないことを想像して、発想が父親と同じじゃないかと自分のことを鼻で笑った。


「そういや沖田ちゃんは? 無事?」

「怪我して病院にいるらしい。」

「え!? 病院に行ってやらないの? 待ってるんじゃない? 副長って割と薄情なんだ」

「沖田のお父さんが教えてくれなかったんだよ! 俺が人でなしみたいな言い方するな!」


 星は「お父様に認められてないんだね」と茶化す。


「女の子の父親は彼氏に来られると複雑なのかもしれないぞ。ま、父さんは洋ちゃんが娘になるのは歓迎だけどもね」

「そんな仲ではないがな」


 また始まった。しかし強く否定する気にもなれなかった。正直に言えば心配で、こんなに顔を見ない日はなかったから不安で仕方がないのだ。普段は煩わしく聞こえるワガママがないのは胸を強く締め付けられる。


 父親は気長に連絡を待とうと言って、車のあるスーパーへと引き返す。俺は神に沖田の怪我が治るようにと祈りを込めて、鳥居へ会釈した。

 どんな具合かわからない。が、もし聡さんの話が本当ならば世話ならなんぼでもしてやるから、戻って来いと。


 沖田は煩わしくて厄介なヤツだとは思うが、居なくなってほしいとは思わない。沖田まみれの人生が終わってしまうかもしれないと摩訶不思議な感情が頭と心を覆い、あんなに煙たがっていた自分が別人のように感じた。


 すると、それに答えるかのようにわやわやと布の向こう側から声がする。まるで複数人のマラソン選手が走り迫るような足音付きで、確かに参道の階段を走る音だ。何を言っているかわからないが、日本語も消える。

 その声の中に沖田にそっくりな女性の声がある気がした。幻聴まで聞こえるとは、俺も末期か。


「沖田?」


 思わず幕の中へ入り、名前を呟いてしまう。もう一度耳を澄まし、声を聞く。


「アタシは家に帰るんだよ!」


 はっきりと聞こえた悲痛な叫びは、昨夜のものとほとんど同じだ。思わず白い布を捲り、巫女や宮司、法衣、それに混じるスーツ姿の人間が平仮名の書かれたTシャツ姿の女性を追いかけている。足には青紫の痣。

 その叫びと共に再び地鳴りが聞こえ、地面は揺れ出した。


「沖田!」


 大きな揺れの中、両手を広げて沖田を捕まえる。背丈、服装、俺が沖田を間違えるはずがないんだ。息を切らしているが、怪我をしているようには見えない。

 沖田は離せともがいていたが、すぐに顔を見上げて俺を認識する。


「土方!? なんでここに?」


 22年も一緒にいるからか、神の導きか。沖田の所に辿り着いてしまう。


「たまたまだ! たまたま!」


 何故沖田が追われているのか検討もつかないが、追われたら逃げるのが本能であり、彼女の手を引いて父親らとは別な方向へ走った。


 増える追手に沖田が「来ないで!」と怒りをあらわに叫べば、雷鳴が轟き、大きな鳥居に直撃して倒れてしまった。


「今の沖田がやったのか!?」


 まるで能力でも手に入れたかのような聞き方をしてしまう。沖田はよくわからないと息を切らし、揺れに躓きそうになりながら走る。

 神社から少し離れた広瀬川の橋下へ身を潜めると、沖田の落ち着きと共に揺れも収まり始めた。


 何があったのか状況説明を求めるが、沖田は眉を顰め、「何が起きてるのかアタシにもよくわかんない」と首を振る。

 何はともあれ沖田の安否が確認できて心底安心した。起きている状況とこれからのことはもう少し沖田が冷静になってからだ。


 言葉は多く交わさず、疲労が溜まった様子の沖田を自分の体に寄せて休むように促す。昼間こそ暑いが、陽が落ちれば夜は冷える。出来るだけ寒くないように俺が着ていたアウターを羽織らせ、手で腕を摩り摩擦で温める。

 沖田も疲労に襲われウトウトし始めた頃、河川敷の石を踏み鳴らす音と共に次なる禍が近づくいてきた。


「あ、居た」


 しかし休息も束の間。スーツ姿で弓を背負った俺たちと同じ歳頃の男にあっさりと見つかり、懐中電灯で照らされる。

 相手は1人だが、絶対絶命である。



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