鉄肌と柔心
紺野かなた
第1話
物理的な冷たさは感覚の問題でしかないです。
僕たちを結び付けるものは純粋な愛情で十分でした。
僕にとっての温かさは、手を繋ぐことによってアスカに抱いている感情を伝えることでした。僕の温かさが手を通して無機質のアスカへと伝わる。それがいずれ脳へと通じ、やがて心を芽生えさせる。
けれど、アスカはそのことにまだ気付いていませんでした。
「ケントくんの恋人として私はふさわしいんでしょうか?私は普通の女の子じゃないんですよ。鉄臭いからなので嫌われたって当然です。早く別の女の子のもとに行った方がいいです。私もお別れはさみしいですが、自分の身分を分かっているつもりです。」
アスカは自分が人間でないことを理由に僕から距離を置こうとしていた。
「どうして僕がアスカのことを好きだって言っているのに分かってくれないんだ。”好き”という言葉にそれ以上も以下の意味もない。好きって感情を、付き合って育んでいくことのどこが悪い?僕が選んだのは間違いなくアスカだよ。」
僕はアスカの体を胸のうちに抱きます。もう二度と離れないように力強く、アスカの背中で腕を組みます。
けれどアスカは僕の腕を解きました。ゆっくり手を僕の脇へとくぐらせてしゃがみ込み、するりと抜けてしまいました。
「私、ケントくんの気持ちが分かります。本当は私のことが好きでないことを知っています。ただ身体を持った人工知能である人間に、恋人を持つ資格なんてありません。ケントくんが望んでいることは、女の子とエッチすることです。でしたら、エッチすることのできない私と付き合うのは時間の無駄ではないですか?」
僕は間髪入れずに反論します。
「そういうことができるっていうことが恋人のすべてではないだろ?それに、エッチができるかどうかなんて些細な問題じゃないか。恋人になるっていうことはもっといいことが起こるかもしれないから関係を続けるものなんだ。」
突然、アスカは僕の手を取って自分の胸に僕の手をあてがわせます。
「そ、そんなことをやったら捕まる。」
「いいんです。合意したうえでのことですので。」
しばらく僕は固い胸を触っていました。
「私の体に興奮していないですね。」
「勝手に僕の感情を推し量るなよ。」
「あなたが私を選んだ理由が顔だけだったということも知っています。」
僕は黙ってアスカの言うことを聞きます。
「私たちのような人間と付き合うことには大きなデメリットが存在します。なぜなら私たちには感情という者が確立されていないからです。このまま恋人を続けた場合、私の無機質さが感染してしまいます。あなたのためにも、私はお別れすることにします。
今まで私のそばにいてくれたことを感謝します。」
アスカはそう言葉を道に捨てると、日が沈み始めた街の中、生まれ育った電子塔のある方向へと歩き始めました。
「呆れた。アスカにしてほしいのはツンデレじゃないんだよな。」
ポケットからムチを取り出し、静電気を帯びさせると、アスカに向かって打ちました。そのままムチはアスカの体に巻き付けます。アスカは金属の軋む音を立てながら痙攣していました。
僕はムチを身体に引き寄せてアスカを呼び戻します。
「僕が試作型の君を買って、そしてアスカと名付けた。名づけの親の元を自分勝手に離れようとするなんて試作型失格じゃないか。君が僕を見捨てるなんてことは絶対に許されることじゃない。反省したら今度こそ僕のものになるんだ。」
「け、ケントくん、かしこまりました。では設定を変更し…ああっ」
アスカの首根っこを掴んで更新させることを拒む。
「こ、壊れてしまいます。やめて下さい。」
「じゃあ設定を変えないということを約束しろ。アスカは僕に全て委ねてくれればいい。今のままじゃ本当の恋人ではないことは僕も分かってる。だけど従ってくれさえすれば、そのうちにアスカも心を芽生えさせることができる。間違いなく、僕の女になる。」
アスカからいつもの、「分かりました」という返事はないです。
僕はそのままアスカの首を絞めて、気絶させました。人工知能は本物の人間ではないので、殺すという概念はありません。このままゴミ箱に投げ捨ててやるということを決意しました。
どうしてでしょう。偽物でも女というのはわがままです。
「あなたも人工知能をペットにしてるの?」
僕が地面で横たわるアスカを見つめていると、通りすがりの女が話しかけてきました。
「いや恋人なんです。と言ってももう関係は終わりました。今まさに。最悪なタイミングで声をかけてきましたね。」
「すいませんね。」
「別にいいんですよ。これでいい区切りがつけそうです。」
「お役に立てたら何よりです。それはそうと、だけどなんだか気が合いそうな気がしませんか?」
「どういったところが?」
「その人工知能を絞め殺してしまうところとか。実は私ずっと見ていたんです。にべもなく首を絞めるその姿、人間界に現れた勇者そのものでした。」
「また大げさな。」
僕は軽く作り笑いを作ります。
「よかったらそんな低体温症女を置いて、生き物としての暖かさを感じませんか?」
突然の告白に僕は驚いてしまいました。
「つき、あうということで、いいんでしょうか。」
女はフフッとからかうようにえくぼを刻みます。
「あまりにも気が早すぎるんじゃないの。でもいいわよ。お互いのことをもう少し知ってからね。」
僕は本物の女には抵抗感がありました。いわゆる女性恐怖症というやつです。肌感がある女が近づいてくるとどうしても委縮してしまう。僕がアスカを恋人にしようとしたのは、何にも悪口を言わない、従順で、下手に女という意識をせずにいられたからでした。
けれど、久方ぶりに感じた女の肌感は、心地のいい緊張感でした。ジェットコースターでスリルを楽しむ感覚がします。
僕も普通に女を愛することのできる男になれた。
そんな気がしました。
だから、もう偽物の女を愛そうとするのはやめにしようと思います。
鉄肌と柔心 紺野かなた @konnokanata
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