最終話 私が主役だ、大統領っ!
「あれ? そういえば……みやびさんは一体どこに行ったんだ?」
俺はみやびさんに言って朱莉の演説を止めてもらおうと姿を探していたのだが、先程までいた場所に何故かみやびさんは居なかったのだ。
トイレにでも行って席を離れているのかな……そう思いつつ、壇上に立って熱く中二病を発症しながらも熱弁している朱莉のほうへ顔を向けたときのことだった。
「あの赤い光は……なんだ?」
何故か朱莉の膨らみを持った胸元、それも心臓目掛けて赤い小さな筒のような光が差しているのが目に入った。
「も、もしかして……っ!?」
俺はその光の正体を考えるより先に簡易的に車上へとかけられた梯子を駆け上り、急ぎ朱莉の名前を叫んだ。
「朱莉っっ!」
「ふぇ……お兄ちゃんっ!? お兄ちゃんが何で上に登っ……て……っ……」
俺に呼ばれ朱莉がこちらを振り向いたその瞬間、ビュッと乾いた音が俺の耳へと届けられると同時に朱莉の胸元には小さな黒い穴が開き、それを中心にして黒いシミのようなものが広がっていく光景がスローモーションとなりながら、俺の目へと映し出された。
それは紛れもなく狙撃によって作られた穴である。朱莉は何者かに狙撃されたのだ。
「朱莉っっっっ!!」
「あ……あ、あ……ああ……っ……」
音もなく狙撃され、朱莉は自分の身に何が起こったのかさえ理解できないまま穴が開いた胸元に手を当てると手の平には赤いものが付着し、そしてそのまま足が震えてその場に崩れるように倒れこもうとしていた。
俺はすぐさま駆け寄り辛うじて彼女の背中に右手を当て抱きとめる形で受け止めることに成功するが、朱莉の体は力なく崩れ落ちてしまい全体重を俺へと預け腕だけで縋りついていた。
「朱莉っ朱莉っっ、大丈夫かっ!?」
「お…兄ち……ゃん……お兄…………ん」
意識が朦朧としているのか、朱莉は俺を見ながら何度も何度も呼びかけてくる。
俺は彼女が意識を失わないようにと必死に名前を呼びかけ、意識を繋ぎとめようとする。だが朱莉の胸元からは赤いものが流れ続け、俺は必死に両手でその穴を埋めようと押さえる。
「死ぬんじゃないぞ朱莉っ! まだこんなところで死んでいいわけねぇだろうっ!! だから、だから……っ」
「ふふっ」
必死に圧迫止血を試みる俺に対して当の狙撃された朱莉は何故か微笑み、そして赤く染まった右手を俺の頬を優しく撫でる。
何故そんなことをしたのか、また何故死ぬ瀬戸際で笑顔を浮かべているのか、そんなことを考えている暇さえ俺にはなかった。
「さい……ご……に……」
「さ、最後ってそんなの……」
「(ふる……ふる)」
朱莉はもう自らの運命を悟ったかのように、掠れた声で最後に“何か”を伝えようとしている。
俺は「諦めるんじゃない!」と口にしようとするが、朱莉は首を小さく横に振ってそれを止めた。
「ああ、わかった! 朱莉の言うことなら何でも聞いてやるからなっ!」
「……うん。嬉しいよ……」
俺は朱莉の最後の頼みを聞いてやることにした。
「そのカメラの前で……好きって……言って欲しいなぁ。あと……ワタシと結婚……してくれる?」
「か、カメ……ラ?」
ふと朱莉が不思議なことに『カメラ』というこの場に似つかわしくない単語を口にした。
そして思わず顔を上げるとそこにはTVカメラと音響マイク、そして何故か今のこの光景が映えるようにとのレフ板を持っているスタッフなど、いくつもの報道陣が俺達の周りを囲んでいたのだった。
「お兄ちゃん……どう……なの? やっぱりダメ……なの? ワタシと結婚、してくれないの?」
「あ、ああ……いいや、朱莉の最後の頼みなら俺は……朱莉と結婚してやるさっ!」
だがそこで“何かが可笑しい”とすぐに気づくべきだったが、その雰囲気と朱莉の最後の頼みという催促によって俺は思わず力強く頷いてしまった。
「……今のほんと? ほんとにほんと?」
「えっ? あ、ああ……もちろん本当だ……って朱莉ぃ~っ!? おおおお、お前、なに普通に喋って……いや喋ってもいいんだけど、怪我っつうか、狙撃されてたんじゃ……」
「あっ……ぐおおおおっ……お、お兄ちゃん……わ、私も……ぷっ」
何故か俺の胸で最後を迎えようとしていた朱莉がまるで何事もなかったかのように〝普通に”話しかけてきたのだ。
そしてそれを指摘してやると、すぐさま苦しそうな呻き声を上げたのだが自分でも無理があると思ったのか、吹き出して笑っていたのだ。
「朱莉っ! これは一体どういうことなんだよ! お前、怪我しちゃんじゃなかったのかよ!」
「お、お兄ちゃん、少し落ち着いて……」
激高する俺を尻目に朱莉は落ち着くようにと両手を突き出して静止しようとする。
俺は差し向けられたカメラと、その様子を見つめる観衆のことをすっかり忘れ、強く朱莉へ問いただしてしまう。そして観念したのか、朱莉は事の次第を説明する。
「じ、実はね、これって本当は一般公開演説じゃなくて、首相としての婚約発表会だったの!」
「……へっ? こ、婚約発表会……朱莉の?」
「うん……私とお兄ちゃんとの……」
朱莉は少し恥ずかしそうにしながらもそう頷いた。
「じゃあ朱莉が狙撃されたっつうのは……嘘、なんだな?」
「うん……ほら、このとおり」
朱莉は胸元を少しだけ開くと、そこには防弾チョッキと左の胸元付近に小さなゴムで覆われた血糊の袋のようなものが確かに存在していたのだ。
「あっ、もちろん演説も本当だよ。それのついで、っていうかなんというか……」
「はぁ~~~っ」
「お兄ちゃんっ!? 大丈夫!? どこか怪我でもしちゃったのっ!?」
そこでようやくこれが全国民を巻き込んだ俺へのドッキリだと嫌でも気づいてしまった。
そして朱莉が無事だったという安心感から、大きな溜め息とともに後ろ倒れこんでしまう。
「……いや、大丈夫だ。朱莉が無事だったんで安心しただけだ」
「良かったぁ~っ。お兄ちゃん、怒ってるのかと思って心配しちゃったよ~」
「ばぁ~か」
「やん♪ もう~♪」
俺達は恋人さながらに互いを思いやり、頭を軽くコツンとしてやると朱莉は嬉しそうにしている。
「朱莉っ……ちゅ」
「わわっ……お兄ちゃん……ちゅ」
そして俺は罰として朱莉を抱きしめ、そのままキスをした。
騙されたし、心配もさせられたし、このくらいはいいだろう……それが間違いの元だった。
「「「おおおおっ!!」」」
「「あっ……」」
パシャパシャパシャ。その瞬間近くに居た報道陣から驚きの歓声が上がり、そして目映いほどのフラッシュを炊かれてしまう。
そう俺も朱莉も忘れていたのだが、ここは秋葉原の駅までありそれも演説に集まった何万という観衆の下、報道陣と無数のカメラに囲まれていたのだ。
むしろ全国民へ向けて、今まさに熱愛しているところを目撃されてしまったのだ。もうこの時点でスキャンダルがどうとかそのレベルにはない。
「ふふっ……お二人とも、おめでとうございます」
「みやびさんっ!? 今までどこに?」
「あ~っ、みやびさんっ! みやびさんのおかげで助かったよぉ~」
「はっ? た、助かってま、まさか……」
「はい。そのまさか、です」
朱莉のことを狙撃したのはなんとみやびさんだったのだ。
先日のホテルで朱莉が泣いて俺の部屋から出た際、その一部始終を見ていたみやびさんは朱莉の部屋を訪ね今回のことを企画・実行に移したとのこと。もちろんそれにはリスクも伴い、雑誌や首相を狙撃するという前代未聞のある意味で暗殺計画と捉えかねないことを平気でしでかしたくれたのだ。
「実は私、以前からお二人のことを知っていたんです」
みやびさんは自分の素性も話してくれた。
もちろん肩書きは第一秘書やらシークレットサービスなどいくつもあるらしいのだが、本当のところは外務官なのだと明かしてくれた。
「それってウチの両親が働いていた……」
「はい。私は月野さん達ご両親の後輩にあたります。もちろん朱莉さんのご両親であらせられる倉敷夫妻とも面識があるどころか、月野先輩達のライバル関係にありましたね」
「お父さんとお母さんともっ!?」
「ふふっ……ええ、ええ」
どうやらみやびさんは俺の両親の他に、朱莉の両親とも一緒に働いていたらしい。
けれども朱莉の両親が交通事故で亡くなり、それから去年俺の両親が共々亡くなってしまい後輩であったみやびさんは両親から生前「何かあったら、娘と息子のことを頼む」と託されていた。
そして朱莉の両親である倉敷夫妻は俺の両親の仕事仲間であり、同時にライバルであったため、その縁で朱莉のことを引き取ったとみやびさんは説明してくれた。
また二人が恋愛関係になり恋人になるようなことがあれば、兄と妹というシガラミを抜きに応援して欲しいとも言われていたらしい。
そして律儀にもみやびさんはその託された思いに報いるため、今回のような大規模な婚約発表を計画したというのが事の顛末になる。
もちろんみやびさんがしていたという狙撃には安全性の面から赤外線だけが照射される仕組みで、それと一対となっているセンサーが射撃を感知するとまるで本当に撃たれたかのような付属品の血糊が出てくるらしい。
また本来なら何かしらの狙撃音やビーッなどと打たれた時に音が鳴るらしいのだが、今回それをカットして事に及んだらしい。
「も、もしかして朱莉があみだくじで首相に選ばれたのも……」
「しぃーっ。それは内緒ですよ」
「ははっ……まったく……朱莉にもみやびさんにもまいっちまうよ……ほんと……」
事情を聞かされた俺はそのスケールのデカさと、杜撰すぎる計画性に呆れるのを通り越して関心してしまっていた。
「お兄ちゃんっ!」
「は、はいっ!?」
いきなり朱莉から大きなことで名前を呼ばれ、俺は立ち上がって朱莉の前へと立った。
そして朱莉は真剣な顔で再び言葉を紡いでいく。
「首相であるこの私と……ううん、ただの月野朱莉として、また兄と妹という家族としてではなく、恋人として私と結婚してくれますか?」
「……はい。こんな俺でいいのなら、喜んで」
「お兄ちゃん……ちゅっ♪」
「朱莉……ちゅ♪」
再度朱莉からプロポーズをされた俺は承諾をした。
そして再び大勢の観衆とテレビカメラが見守る中、誓いの口付けを熱く交わした。
「おめでとうございます、お二人とも……本当に良かった」
「「「朱莉首相、それと……と、とにかく結婚おめでとうございまーす♪」」」
みやびさんや集まった大勢の観衆、そして報道陣から祝福を受ける。
けれどもみんな俺の名前は知らなかったのか、朱莉のことは朱莉首相とは呼んだのに対し、まるでスルーするかのように俺の名前だけ抜いて祝福の言葉を投げかけていた。
「チクショー、最後の最後まで俺の名前、誰も知らねぇのかよ……」
「えーっ。私は知ってるよ、お兄ちゃん♪」
「それは名前じゃなくて、続が……んんっ!?」
「ちゅ~~~っ♪」
俺が続柄だとツッコミを入れようとすると、誤魔化すかのように朱莉から再びキスをされた。
それはキスというか、むしろ掃除機の吸引力を真似しているかのような強引なまでのキスである。
「~~~っ、ぷっはぁ♪ ご馳走様でした」
「はぁはぁ……マジでキスされて窒息するかと思ったぜ」
朱莉は満足そうに俺の唇から離れ、俺は息も絶え絶えとなりながら、ようやく呼吸を開始する。あと数秒遅かったら、意識が飛んでいてもおかしくはなかった。
「さぁお兄ちゃん、私と一緒にこのまま式場へ行こうか! たとえ事前予約があろうとなかろうと、私はこの国の首相なんだから大抵の無理は通せるから何の心配もすることないよ♪」
「……いや、式場とか気が早すぎるだろうし、首相と言えども予約なしには無理だろ。それこそアメリカの大統領でも連れて来ないと……あっ」
「むぅ~~っ。なら、勢いこのままに日本の首相から大統領になってみる? なぁ~に、みやびさんの力を使えば投票数なんて誤魔化せるからさ! ねっ、みやびさん。そうでしょ?」
「はい、畏まりました。朱莉さんはそう望まれるのでしたら、私は……」
朱莉が今度は首相ではなく、アメリカの大統領の座を目指すと宣言した。
そしてその方法はみやびさんに丸投げする気らしいのだが、みやびさんもみやびさんで肯定の意味での畏まっている。
「って、おいおいおいおいおい、みやびさんっ!? アンタ、こんな大勢の観衆とテレビカメラが見てる目の前で不正する宣言するとか大丈夫なんですか!?」
「ふふっ……もちろん大丈夫ですよ、なんせこの私は(他称)次期魔王様ですからねっ! 不可能なことなんてありませんよ!」
「かぁ~っかっかっかっ。次期魔王よ、このようなところにおったのか! それでは(自称)元魔王であるこの我とともに、日本とアメリカを……いや、世界を征服しようではないかっ!」
朱莉とみやびさんはもう
(というか、まさかみやびさんまで朱莉の中二病が感染しちまったのかよっ!?)
そして何故だかみやびさんまで朱莉のような中二病患者が御用達である、魔王様だとのた打ち回っている。
「…………自称とか他称とか、次期魔王に元魔王って……そもそも現魔王はどこいきやがったんだよ……(ぼそりっ)」
「うん? そんなのここに居るじゃない。ね?」
「ええ、もちろんです」
「……はっ? そ、それってまさか……」
俺のその呟きが聞こえたのか、朱莉もみやびさんも『現魔王』がこの場にいると訳の判らないことを口にしている。
そして二人して俺のほうを指差しながら、口を揃えてこう言った。
「お兄ちゃん!」
「祐樹さん!」
「……マジか」
俺は薄々そう言われると判りつつも、真の意味で解りたくはなかったのだが、どうやらこの俺が(他推薦)現魔王様ということらしい。
こうして俺達は(自称)元魔王様のもと、(他称)次期魔王様、そして(他推薦)現魔王様としてこの国を……いいやこの世界を征服しようと目論むことになるのだが、それはまた別のお話である。
『今年中二病を卒業したばかりのウチの妹様が、この国の首相に選ばれちまったんだけど……一体どうりゃいい? ~お兄ちゃん。私、国を操るのは初めてだけど(自称)元魔王様だからきっと大丈夫だよね♪~』 Fin
今年中二病を卒業したばかりのウチの妹様が、この国の首相に選ばれちまったんだけど……一体どうりゃいい? ~お兄ちゃん。私、国を操るのは初めてだけど(自称)元魔王様だからきっと大丈夫だよね♪~ 月乃兎姫 @scarlet2200
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