追放された鬼軍曹、道端のアリを応援していたらいつの間にか最強の軍隊に成長させてしまう。
オーミヤビ
第1話
王国を貫く国道。
常に人々の往来で占拠されているその道であったが、今ばかりは何かを避けるように二つに割かれている。
その渦中にいるのは、ひとりの男。
名はブライルズ。
黒光りで、はち切れんばかりに隆起した筋肉を携え、その肉体美を見せつけるかのような薄地のタンクトップに身を纏っている。
その出で立ちだけでも並々ならぬ威圧感を放っているのだが、今はその表情もまた生物を恐れ干上がらせるほどの気迫が滲んでおり、彼の周りにはまるで何かバリアーでも展開されているかのように人の往来がなかった。
はてさてどうしてここまでキレ散らかしているのか……という問いに答えるには、少しばかりバックボーンを語る必要が出てくるだろう。
まず大きな発端となったのは、長きに渡った勇者と魔王の戦い……つまり人魔大戦がついに集結したということだ。
遥か昔、最低でも3000年も前、大陸を脅かす存在【魔王】と人類側の希望【勇者】の戦いは始まった。魔王は魔物と呼称されている超常的な生物を従え、勇者はその身に受けた奇跡の力で人類を率いた。
その戦いは初代の魔王と勇者が息絶えてもなお、何世代も、何世紀も跨いで繰り広げれ、それはまさに一進一退の様子であった。
勇者が魔王を打倒する世代もあれば、反対に魔王が勇者を退ける世代もある。
彼らがもっていた能力も千差万別であり、千の術を会得した勇者と一突きで地形を激変させてしまうほどの馬鹿力をもつ魔王が相まみえることもあれば、自身の身長よりも何十倍もある大剣を振るう勇者と、あらゆる術を極めた魔王が対決することもあった。
両者の戦いは、連綿と続き、絶えることはなかった。
この戦争によって世界は紡がれ、発展し、滅亡する。
それがこの世の宿命。
そう思われていた。
事態が急変したのは今世の勇者と魔王の特性にあった。
かたやあらゆる負傷も病も治せる回復の奇跡。
かたや不死ともいえる異常な耐久力。
両者とも、戦闘向きと言える能力ではなかった。
そして彼らの性格もまた、戦いには向いていなかった。
どちらも血を嫌い、友好を望んだ。
両陣営のトップがお互いに手を取り合うことを決めると、今まで終わりの見えなかった戦いはあっさりと集結してしまった。
人魔大戦の終結は、世間を賑わせる平和の象徴であった。しかし、それは同時に軍の縮小を意味し、長年戦場で身を張ってきた兵士たちには、居場所を失う出来事でもあった。
そして、誰よりも“鬼軍曹”として恐れられ、数々の戦士を育て上げたブライルズも、その例外ではなかった。名の知れた彼でさえ、結局は「これからの世界にそぐわない存在」と軍から見なされてしまったのだ。
もちろん、彼自身も納得しているわけではない。何十年も共に鍛え上げてきた肉体、身に染み込んだ戦術、部下たちとの絆……。それらが無駄だったとは思いたくない。
だが、時代の流れは冷酷で、彼の中に燃え上がる戦士としての熱を、国は、世界はもはや求めていなかったのだった。
そうして不本意ながら、彼は現在、日銭稼ぎのため銅級冒険者に身を落としている。
「ちっ、薬草採取だと……誰がこんなもんやりたがるってんだッ」
依頼の詳細が記された紙を握りつぶしながらブライルズは吐き捨てる。
解雇を告げられたのはついこの前のこと。
ゆえに冒険者になったのも昨日のことであった。
魔王の統率から外れたハグレの魔物の討伐、あるいは希少な素材の収集などが主な仕事である冒険者であるが、初歩も初歩である銅級だと全員一律で薬草採集の依頼しか受けることはできない。
そしてそれはブライルズも例外ではなく、いかにも戦いのために磨き上げられた肉体を持ちながらも、その筋肉はしばらくの間草むしりにしか適用できないのであった。
依頼されている薬草が自生した森にやってきた。
ブライルズは巨体に引っかかる小枝や草木に苛立ちながら森を進んでいく。
その様子は、彼を知る者から見ればかつての鬼軍曹時代とかけ離れて映ったことだろう。
「……ム?」
しかし、その時だった。
足元にふと目を落とすと、何やら黒い影が規則正しく動いていることに気づいた。
その影は、数匹のアリだった。
ただの虫だ、と見過ごそうとしたが、視線をさらに落としたブライルズの目に入ってきたのは、アリたちがその周りで渦を巻くように動いている姿だった。よく見ると、彼らの進行方向の先には、緑色の鋭い鎌を持ったカマキリの魔物が陣取っていた。
「ほう……」
思わず立ち止まり、見入るブライルズ。戦いとは無縁の薬草採集のはずが、思いがけず目の前で"戦場"が繰り広げられていた。自らの身を守るためか、アリの小さな軍団は規則正しい行進で、徐々にカマキリに近づいていく。
――本能が反応した。
自然と体が動き、ブライルズはアリたちの列の端に腰を落として眺めた。かつての軍曹時代、仲間と戦場を駆けまわった記憶が想起される。
ちっぽけなアリとカマキリの争いだというのに……いや、だからだ。
ブライルズにとって戦場に優も劣もない。
いかなる戦いでも、いかなる状況でも、彼は全力で身を費やし、死力を尽くしてきた。
それが例え虫という小さなスケールであったとしても問題ではない。
そこに生死をかけた闘争が繰り広げられているのなら、ブライルズは決して軽視することはないのだ。
「いけぇ! お前たち、陣形を乱すな! 一匹ずつでも死地に飛び込む覚悟を持て!」
カマキリの前足が、鋭い弧を描き、アリの数匹を薙ぎ払った。
しかし、アリたちは怯まず、次々と前へ進む。自分たちより遥かに強大な相手に対しても、一歩も引かないその姿勢に、ブライルズの胸に熱いものがこみ上げる。
やがて、カマキリはアリたちの規則正しい包囲に気圧されるかのように、徐々に後退を始めた。最初は見下していた相手が、ここまで一貫して攻撃を続けてくるとは予想していなかったのだろう。
「そうだ! そのまま押し切れ!」
思わず声をあげるブライルズ。
その瞬間、アリたちがわずかに振り返り、彼の方向を見た――ような気がした。
そして、不思議なことに、アリたちは再び一斉にカマキリに向かい、最後の猛攻をかけ始める。
カマキリは抵抗するも、数に押され、ついに地面に倒れ込んだ。
「……やるじゃねぇか」
小さな勝利に満足そうに頷くブライルズ。だが、驚くべきことはその後に起きた。
アリたちはカマキリの周囲を固め、残ったアリが一匹、ブライルズの方へと近づいてきた。そして、そのアリはまるで敬礼をするかのように触角を振り上げた。
「……お前たち、もしかして俺の応援を聞いていたのか?」
虫相手に語りかけるブライルズ。その言葉に応えるように、アリたちは一斉に触角を揺らした。
「ふむ、面白ぇ。お前たち、ついてこい。どうせ草むしりの依頼なんてくだらねぇんだ、俺の新たな"部下"として、鍛え上げてやるよ」
なんと荒唐無稽なことを言っているのだ、この筋肉ダルマは。
かつての同僚でもそんなことを漏らしてしまいそうなセリフである。
しかし彼にとって、戦場で鍛え上げた肉体と魂をもてあます今、アリという小さな存在であっても仲間を鍛え上げることに意味があったのだ。
かくして、ブライルズは小さなアリの群れを率いて歩き出す。
やはりその姿は滑稽に映ってしまうのかもしれないが……まさかこれが、魔王や勇者ですら恐れ干上がり、世界にその名をとどろかせる“最強の軍隊”の幕開けであるとは誰も思うまい。
追放された鬼軍曹、道端のアリを応援していたらいつの間にか最強の軍隊に成長させてしまう。 オーミヤビ @O-miyabi
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