第22話 好きです!

 かじかんだ手を温めるようにしてカップを包み込み、ロケバスに乗った。

 中では数人のスタッフが談笑しながらお弁当を食べている。

「お疲れ様です」

「おー、神崎ちゃん、お疲れ様」

 いかにも肉体労働者といった風貌の男性スタッフが、一斉に私を見た。

 座席シートに転がる複数のインカムを見て、言いたい事がふつふつと沸いてくるが、奥歯でかみ砕いて呑み込んだ。

 そりゃあ、連絡とれないわ。

 こっちは非常事態で大変だったんだから!


 お弁当用に作られたであろう、お弁当箱がすっぽりと平たく置けるように設計されている大きな紙袋を覗く。

 残りのお弁当はあと二つ。

 一つは私の分として。


「あと一人、食べてない人、誰でしょう?」

 近くのスタッフに声をかけた。

「あー、それ、社長だろ。俺、持って行ってくるわ」

 食べ終わったお弁当を片付けて、男性が立ち上がろうとした。


「あ! いいです。私が持って行きます」

「ん? そう? いい?」

 男性は再び座席に座り直す。

「はい。持って行ってきますね」


 実をいうと、もっと傍にいたかった。

 もっと話をしていたかった。

 自分の分もまとめて、ホットワインを片手に、紙袋ごと抱えてロケバスを降りた。


 冷たかった夜風がほわほわと優しく感じるのは何故だろう?

 パンダの姿を見つけながら、心が弾むのは何故だろう?

 早く逢いたいと、足取りが軽くなるのは――。


 私、やっぱり彼に、恋をしている。


 そう、確信した。


 人混みの隙間に目を凝らして、パンダを見つける。

 会場入り口のクリスマスツリーの下で、若い女の子と写真を撮るパンダはすぐに見つけられた。


 撮影が終わるの待って、倫太郎に話しかける。


「社長!」


 パンダはわざとらしく両手を顔の横で広げて、体をのけぞらせ、驚いた風のポーズを取った。


「うふふふふふ。お弁当、持ってきました」


「わざわざ、持って来なくてもよかったのに」

 中からくぐもった声が聞こえる。


「一緒に食べようと思って」

 そういうと、パンダはキョロキョロと辺りを見渡して、手招きをした。

 ステージの方に向かってとことこと歩き出す。

 その後ろをついて歩いた。


「ステージの後ろに目立たなくて、風も遮られる、いい場所があるんですよ」

 そう言ったかと思ったら、両手を大きく振りながらスキップをして見せた。


 かわいい~~~。


 パンダのスキップもかわいいけれど、中身が倫太郎だと思うと、尊すぎて涙がこぼれそうになる。


 辿り着いた場所は倫太郎の言ったとおり、異空間のようにぽっかりとひと気のない場所があった。

 ひっくり返された、古いコンテナが二つ置いてあって、椅子の代用にしてあるようだ。

 倫太郎の休憩場所なのだろう。

 彼はその場所をポンポンと叩いて、パンダの頭を取った。


「ふー」

 と息を吐き、汗だくでくしゃくしゃになった髪をぶるぶるっと左右に振る。

 するすると着ぐるみから抜け出し「ふわー」っと両手を天に向かって突き上げた。


「パンダも大変ですね。はい」

 とお弁当を差し出すと、「どうも」と両手で受け取った。

「お茶かなにか買って来ましょうか?」

「いえ、大丈夫です」

 そういって、ポケットからヤクルトを取り出した。

「お茶はトイレに行きたくなっちゃうから。水分補給は最小限にします」

「プロですね!」

「めんどくさがりなだけですよ」

 倫太郎はそう言ってコンテナの椅子に腰かけ、割りばしを取り出す。


 私も、紙袋から自分のお弁当を取り出し、彼の隣に腰掛けた。


 わずか10センチの向こうに彼がいる。

 体温も息遣いも、体を駆け巡る血流の音さえ聞こえてきそう。

 周りの喧騒が遠くなって、まるで世界は2人っきりになったみたいだ。


 ステージでは静かなクリスマスバラードが大音量で奏でられている。

 声量たっぷりの甘い声が心を揺さぶる。


 ♪街はきらめき 銀の雪が舞う

 温かな光が 窓を飾る

 君と出会った この季節が

 今も輝きを 増していくよ


 星降る聖夜に 願いを込めて

 手を繋ぎ歩く この奇跡を抱きしめて

 二人で過ごす このひとときが

 永遠に続くように 祈ってるよ


 冷たい風が 頬をかすめても

 君の隣なら 暖かくなる

 キャンドルの灯りが 照らし出す影

 ひとつに重なる その瞬間


 星降る聖夜に 願いを込めて

 ぬくもりを感じて ただ君を抱きしめたい

 ひとつひとつの 瞬間さえも

 永遠に続くように 心に刻むよ


 雪が降り積もる街並みで

 君と見上げた空は広がり

 心が満たされてゆくのさ

 二人だけの聖なる夜♪


「今日が、本番のクリスマスイブだったらよかったな」


「え? 本番っていつですか?」

 ミートボールを箸でつまみながら、倫太郎が天然ぷりをさく裂させた。


「本番っていったら12月24日ですよ!」

「なんで今日が12月24日だったらいいんですか?」


「そ、そんな事、女の口から言わせる気?」


「は? はい?」


「何してます? 12月24日」


「12月……24日……ですか」


「はい、12月24日、クリスマスイブの日です」


「うーん。ここでは言えないような事、してると、思います」


「ひゃはははーー。何ですか? ここでは言えないような事って。受けるー、ぎゃはははーー」


 てっきり冗談だと思ったのに、倫太郎は全然笑っていなかった。


 スンと素に戻る私に、彼は気付かない。


 そろそろお弁当は空になり始めて、この時間は強制終了となるだろう。


「あの」

 意を決して声を出した。頼りなく震えて、今にも消えてしまいそうな声で伝える。

 だって、こんな気持ち、もう二度とないかもしれないから。


「12月24日。私に時間をもらえませんか?」


「どうしてですか?」


「その日だけは、一人でいたくありません」


「お友達を誘って飲み会でもしたらいいんじゃないですか?」


「あなたと一緒にいたいんです」


「それは無理です」


「無理でもいいです。私はあなたを思ってここで待ってます。一人で家にいるよりマシです」


「…………」


「とにかく!」


 私は自分の空になったお弁当箱を閉じた。

 倫太郎の空になったお弁当を取り上げて、立ち上がる。


「待ってますから。日付が変わるまで。初めてあなたに出会ったこの場所で、ずっと待ってます」

 そして、彼に背を向けて歩き出した。


 心の中で、今にも飛び出しそうな「好きです」の一言と、高鳴る鼓動をぎゅっと握りしめて、足早にその場を去った。

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極道の休日 神楽耶 夏輝 @mashironatsume

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