第6話:昨今のアイドルは頭も使う


 たとえば自分がラブコメ系の主人公であったなら。そんなことを考えることはまぁあって。こんなドルオタが主人公というのもどうなんだという話だ。ただ仮にそんな主人公がいたら、理解者かお調子者の友人がいて、窓際最後列の席に座っているのが普通なのだろう。


 だが甘いな。


 俺の席は教壇の前だ。別に後ろの席が嫌いというわけでも、目が悪いわけでもないのだが、席替えをするのも面倒なのでこのポジションを維持している。勉強に苦慮しているわけでもなければ、学年一位というわけでもない。本当に単に席替えをするのが面倒だというだけ。


 そんな俺は学校の食堂できつねうどんを食べていた。授業は昼で一旦途切れ、昼休みに入っている。別に弁当を作ってもいいのだが、節制するほど懐が寂しいわけでもないので、俺の昼食は学食だ。


「対面の席。いいですか?」


「……………………構わないが」


 俺が返答に苦慮したのは理由がある。俺の席の対面に座ったのが俺の想い人だったからだ。


 角夢杏子。


 人気アイドルグループ『オメガターカイト』所属のアイドルさん。ただグループ内での人気は低い方で。もちろんオメガターカイト自体の人気は高いし、それに角夢杏子ちゃんも貢献はしている。だがやはりどうしても、オメガターカイトと言えば黒岩ルイというイメージが強い。


「そのアイツが俺の……」


 部屋に入り浸っているのはなんなんだろうな?


「アイツって誰?」


 そんな俺の独り言を、あっさりと拾う杏子ちゃん。


「なんでもにゃ」


 きつねうどんをすすりつつ、俺は話題を打ち切ろうとする。


「教えてください。ね?」


 ね、が半音高かった。最推しのアイドルにそんなことを言われると有ること無いこと喋りそうになるが、鋼の意思で口をふさぐ。


「ていうか角夢さんはアイドル活動とかしなくていいので?」


「していますよ?」


 ライブとかもしているのは知っているが。ていうか常に行っているが。


「学業と並列くらいは斟酌してくれますよ。一応うちの事務所は優良企業なんですから」


「芸能科がある高校とかじゃなくていいのか?」


「大学は出るつもりですし。そういう意味では偏差値は少しでも高い方がいいかなって」


 頭の悪い天然アイドルは目指さない腹積もりらしい。誠実にして可憐というのはアイドルの基礎能力。けれど、それでも杏子ちゃんはあまり人気が出ない。


「この前の握手会も来てくれましたよね。嬉しかったです」


 まぁそりゃ推しなので。


 チラリと杏子ちゃんを見る。金色の髪に、青色の瞳。どう見ても異国の血が混じっているが、それも含めて魅力的。だがアイドルとしてはどうしても色物になってしまう。黒岩ルイも濡れ羽色の髪だが基本は黒。正統派アイドルとは常に黒髪であるべきかもしれない。けれどもそんなことは関係ないぜ。俺の推しは杏子ちゃんだから。


 胸元を押し上げる質量が……健全な男子としては目に毒だ。黒岩ルイにはさすがに負けている。多分Bくらいだろう。いや、見ただけでバストサイズを測れるような強者ではないのだが。


「…………」


 そんな俺の視線をどう思ったのか。クスクスと杏子ちゃんは笑う。


「昨日公式チャンネルが動画アップしたんですけど」


「もちろん見た。角夢さんが映っていてエモかった」


 杏子ちゃんは学校でも微妙な立場だ。なんというか、かの有名なオメガターカイト所属アイドル。でもいたっけ? みたいな。俺のように激推ししている人間は少ない。実際に教室でオメガターカイトの話題になると真っ先に上がるのは黒岩ルイだ。


「ちょっと緊張してた? カメラ向けられるのまだ慣れないのか?」


「あはは。分かります? もしかしてアイドル向いてないのかな?」


 とは言わんが。もうちょっと堂々としていてもいい気はする。角夢杏子は間違いなく可愛い。それは俺が保証する。


「やっぱりルイちゃんとかの方がいい?」


「俺を試しているのなら無用だ。俺は角夢杏子ちゃんのファンで居続ける」


 ズビビーとうどんをすする。


「じゃあソレを信じるとして。勉強教えてくれない?」


「俺は然程成績良くないぞ?」


「いや、学内で十位以内に入っていたら十分だって」


 それこそアイドルに勉強を教えたい生徒なんていくらでもいるだろうに。


「オーライ。じゃあ放課後図書室で。分からないところをピックアップしておいてくれ」


 俺はうどんを食い終わって学食を離れる。そうして教室に戻ると愛すべきクラスメイトがオメガターカイトの話をしていた。


「やっぱ黒岩ルイ一択だって。あんな可愛い子他にいないし」


「いや、自分は臼石泡瀬を推すね。黒岩ルイは可愛いけど、臼石泡瀬は純情可憐って感じであれこそアイドルの鑑」


「いやいや僕は」


「俺ならば」


 そんな感じでクラスメイトは好き勝手にオメガターカイトのメンバーを物色している。その中に杏子ちゃんの名前も出た。


「角夢さんね。可愛いけどパッとしないというか」


「でもコクられたら付き合うだろ?」


「当たり前じゃん。アイドルやるぐらい可愛いんだから。たださぁ。オメガターカイトに金髪のアイドルは必要あるのかっていう問題はあるじゃん?」


「わかるー」


「難題だな」


 好き勝手言いやがって。俺の最推しである杏子ちゃんがオメガターカイトの足を引っ張っているだと? あんなにも可憐で魅力的で頑張っている杏子ちゃんを、お前らに論評する資格があるのか?


「いやでも可愛いよな。角夢さん」


「わかる。結構可愛い」


「握手会ではちょっと悩むっていうか」


「うちの学校だしなー」


「いや自分はルイちゃん一択」


 やはり好き勝手言っていた。まぁいい。俺は教壇前の席に座る。俺としては杏子ちゃんのファンは多いに越したことは無いが、多かったら多かったで忸怩たる思いもある。そりゃアイドルを応援しているのだ。自分だけの特別感と、大勢に認知されたい承認は互いに矛盾しながらも並列する。


 春も終わり。中間テストは終わって、これから期末テストに向かって授業が始まる。勝手に言い合っているクラスメイトには何も声をかけず。俺だけは角夢杏子のファンであることを、俺に誓う俺だった。

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