第5話:アイドルだって忙しい
「くあ」
とある私立高校の放課後。俺はちょっとだけ欠伸をして、それから帰ろうかと判断していた。今時分の俺を襲っている状況について、俺が理解できていることがそう無い。
「福神漬けでも買って帰るか」
なにやら黒岩ルイに懐かれた。今日は昨日に引き続きカレーを御馳走することになっている。というか、そこまで俺に懐く黒岩ルイが凄い。なんでも同い年らしく、ルイは芸能科のある高校に通っているらしい。とはいえ既にお茶の間に浸透しているアイドルだ。番組への出演はひっきりなしで、お忙しい事だろう。
今までは家に帰ってコンビニ飯だったらしく、俺の手作りはある意味で革命だったらしい。いや、カレーなんて作ろうと思えば誰でも作れるんだが。
「はあ」
途中でマーケットに寄って福神漬けを買って、家に戻る。学業に関してはそこそこ出来ているので問題なし。友人はあまりいないが、それもこれもイジメの影響だ。
「ただいまー」
で、俺が家に帰ると。
「おかえりー」
あっさりとまぁ俺を出迎えたのは黒岩ルイだった。俺の部屋の鍵を勝手に複製して、既に我が家の如く使い倒している。テレビを見るのはいいが、サブスクでアニメを見ようとするとお前の視聴履歴が残るんだが。
「かれかれかれ~。私のかれ~。とっても素敵な今のかれ~」
それはちょっと前に少しだけ流行ったカレーの歌だった。ついでにお前が歌うとシャレになっとらんのだが。
「シャレだぞ? 今カレとかいないし」
「元カレは?」
「いないぞ」
良かった。
「にしてもこのカレー美味しいね。マアジは料理の天才か」
「誰でも作れるこの程度。説明書読むだけだ」
「何書いてるか分かんないんだもん」
「その言い訳が通じるのは昭和世代までだ」
「かれーかれー。今カレー。元カレー。婚姻したのか俺じゃない奴とー」
だからその物騒な歌を止めろ。
「はぐむぐはぐ。お代わり!」
「へえへえ」
俺はこれあるだろうと大目に炊いていた白米を皿に持ってカレーのルーを掛ける。
「うまうま。それでさマアジ」
なんでございましょう。
「趣味何?」
「何でそれを聞く」
別に答えてもいいが。
「いや、深い意味はないんだけど。でもさ。ただで食事作ってもらってるし。そっちの趣味がわかれば応援しやすいぞ」
「趣味ね……」
まぁないではない。
「アイドルの追っかけ」
「……?」
「いわゆるドルオタだ」
「えーと」
それはー、つまりー、と意識の中で俺の言葉を加速させてアクセラレイターの様に他問自答。で、漸く俺がドルオタだという現実に辿り着いたらしい。
「ガチ?」
「嘘でもいいが。まぁガチだな」
「ボク! ボク!」
で、何のアピールをしているのか。血走った目で自分の顔を指す黒岩ルイ。愛らしいマスクに可憐な瞳。花弁のような唇に紫に輝く黒髪。ほぼトップアイドルを僭称しても、僭称にならないという……現状最も輝いているアイドル。
オメガターカイトのセンターといえば、もちろん黒岩ルイだ。
「どこのグループ推してるの?」
「オメガターカイト」
「うちじゃん!」
そう言っている。
「あれ? でも握手会参加してない?」
「してるぞ。欠席はそんなにないと自負している」
「でもボク、マアジに逢ったことないよ?」
「お前の列には並んでないからな」
それだけ。
「…………」
黙るな。怖いから。
「じゃあ誰の列に並んでるの?」
「角夢杏子ちゃん」
「…………つまり…………」
「角夢杏子ちゃん推しだ。俺は」
俺にとってのアイドルとは即ち角夢杏子ちゃんでしかありえない。
「確かに可愛いけどぅ」
「だよな。可愛いよな。なんで事務所は杏子ちゃんを推さないんだ?」
ぶっちゃけ独立したシングルアイドルまであり得る。チームに埋もれていい人材ではない。
「それは知らないけどぅ」
「なので、ルイ。お前から言ってくれ。事務所に。角夢杏子ちゃんはまさに天より現れた最後の女神だから、全力でプロモーションしろと」
「いやだぞ。僕だって頑張ってるんだから」
「しかし俺はルイには興味が無い」
「付き合ってあげるって言っても?」
「付き合うのはいいぞ」
「いいんだ」
「だってスキャンダルになるから杏子ちゃんとは付き合えないし。杏子ちゃんが最推しだが、それ故に俺は杏子ちゃんとは付き合えない」
「代償行為がボクってことだぞ?」
「そう相成るな」
「ふーんだ。つまんない」
まぁ実際のところ、ルイも本気で言ったわけではないだろう。
「カレーお代わり」
「そんなに食って大丈夫か?」
カレーライスって健康の面で言えば、結構ワーストらしい。脂質も糖分もたっぷりとるので、滅茶苦茶太りやすい上に糖尿病の患者になりやすい……とのこと。
「大丈夫。運動はしてるから」
それって。
「アイドルなんだから体形絞るのは普通でしょ」
思ったよりプロ意識が高い。
「ダンスを覚えるにはまず体力づくりしないといけないし。歌っている最中もへばらないように体力維持はアイドルの仕事だよ。で、全部やり終えたら、そんなボクのためにマアジがご飯作って?」
まぁそりゃ構わんが。俺としてはルイのアイドル活動については然程知らん。そりゃセンターなんだから歌とかは聞くし、ダンスも前面に押し出されているのだろうが、俺の興味の対象は杏子ちゃんでファイナルアンサー。
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