あいあいマフラー

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あいあいマフラー

 もうすぐ冬がやってくる。

 登校するにも制服一つじゃ寒すぎる。上着だったりマフラーだったり。そこらへんの防寒具は必須になってくる。


 そのはずなのに、隣の席の小宮さんは何もつけてこない。


「あのー小宮さん」

「ん、なに」


 小宮さんは不愛想に返事をする。感情が薄いといったらいいのか、とにかく鈍い。今だって、私のマフラーを一緒に使っているのに堂々としている。


「いや、あのですね。いい加減マフラー持ってき……って、ちょ! 首、閉まるっ!」

「行くよ、はるか」


 聞く耳を持たず、いつもこうやって引っ張られる。こうなってしまったら身長差も相まって首がきつい。ある意味、主従関係が生まれているのだ。


 こうなってしまうとどうすることもできない。と、とにかく今は早く近づかないと死ぬ……。

 私はなんとか意識を保って小宮さんの隣に着いた。


「お、来た」

「来たってなによ。こなきゃここで死ぬところだったでしょうが!」

「ま、確かに」

「何で笑ってんの!?」


 小宮さんはいつもこう。

 不愛想だし何考えてるかわからないし変なところで笑うし。

 そんな彼女と知り合ったのはつい最近のこと。




 私はいつものように登校をしていた。その日は秋から冬への季節の変わり目ということもあり、朝からとても冷え込んでいた。


 前日の気温を考えればそれはもう地獄。カーディガンを着ていれば良かったのに、急にマフラーと上着まで用意しろと言われる。幸いなことに、片付けをしていなかった私はマフラーやらなんやらをクローゼットに放っておいていたので準備に苦労はしなかった。


 いつも通りの時間に家を出ると、予報通りの寒さ。マフラーをしてやっと凌げるくらいだった。

 登校中に見かける人たちも寒そうにしている。


 それで一際目立っていたのが小宮さん。まわりはマフラーとか手袋とかしてるのに、小宮さんはなにもつけていない。遠目から見ても肩がガタガタ震えていた。


「え、ちょっと大丈夫」

「へ、へーき」


 そう言いながらピースしてくる小宮さん。

 指先は真っ赤だし、さっきから縦揺れと横揺れひどいし。どこからどう見ても大丈夫には見えなかった。


 このままさっさと学校に向かってもよかったんだけど、走るわけにもいかない。そう思った私は、とりあえずで首に巻いていたマフラーを貸した。


「ふごっ」

「え、あれ。ちょっとでかい?」


 私の首に巻いていてちょうどいい長さ、でも小宮さんは顔を覆っている。

 いや、小宮さんが小さいだけだ。身長差があるからそこまで気にするようなことでもない、うん。


「ぷはっ。しぬかと思った」

「え、なんかごめん」

「大丈夫。ありがと」


 実は、この時初めて小宮さんと話した。同じクラスで隣の席なのに。

 私はずっと不思議な子だなと思ってみていたから知ってはいたけど、小宮さんの方はそうではなさそうで。


「それで、誰?」

「……一応、隣の席なんだけど」

「あ、なんかいつも見てくる人……はっ」


 突然、小宮さんが距離を取り始めた。不審者を見るような目でこちらを見てくる。てか、私の事そんなふうに見えていたのか……。


 度重なるショッキングな出来事に頭を抱えていたところ、冷たい風が私たちを襲った。


「うわ」

「うお、さむっ」


 さすがにマフラーがないと寒いな。

 まあ小宮さんの体調の方が心配だから、こんなところで立ってないで早く学校に行ってしまおう。


「ん?」


 私が足早に学校に向かおうとしたら、後ろから突っつかれた。振り向くと私のマフラーを掴みながら私を見てくる小宮さんがいた。


「これ」

「いいよいいよ。学校着いたら返してね」

「違う。一緒につけよ」

「……なぜ?」

「寒そうだったから」


 誰のせいだと思っとるんだ。なんて言えるわけもなく。

 寒いのは本当だったし、なにより早く学校に行きたかったから仕方なく従うことにした。

 そして、当然のことなのだが小宮さんはちょうど良い長さになり、私は少し足りないくらいになった。


「よし、それじゃ、れっつごー」

「何がれっつごー、だ。明日からはちゃんとマフラー持ってきなよ」

「ん、わかった」


 これでその日は無事に終わったのだが。


「それでさ、小宮さん」

「ん、なに」

「なんでマフラー持ってこないの」


 初めてマフラーを一緒に巻いて一週間。まだ一度も自分でマフラーを持ってこない小宮さん。当然その間も一緒に登校してはマフラーを一緒に巻いている。昨日なんか下校も一緒だったし。


 そして今は、放課後の教室でマフラー論争を繰り広げている。


「その質問飽きた」

「飽きたってなんじゃ! 持ってきてって言った時、『ん、わかった』って言ってたしょ!」

「言ったような言ってないような。あ、マフラー借りるね」

「あ、うん。じゃなくて!」


 なんだかんだこうやって話を逸らされてしまう。

 マフラーを持っていないのか聞いても持っていると言うし、持ってくるのが面倒なのかと聞いてもそうではないと言うし。


「ぱふ」


 小宮さんは私のマフラーを枕にして顔をうずめた。何がしたいのかわからないけど、これが一番落ち着くらしい。


 この行為に私も嫌な気はしないし、むしろ小宮さんのかわいい一面を見れて満足……って何を考えてるんだ私は。

 なんだが手玉に取られているような気がして癪だ。ここはなんとかやってみようか。


「小宮さん」

「ん」


 名前を呼ぶと即座に顔をこちらに向ける小宮さん。かわいい。じゃなくて、なんでそんな平気な顔をしていられるんだ。それは私のマフラーだぞ。


「そのマフラー、良かったらあげようか?」


 ……何言ってんだ、私。

 なんとかしてマフラーを奪い返そうしたのに、なんで渡そうとしてるんだ!?


「え、やだ」


 何か断られたんですけど!?

 てっきりマフラーが気に入っていたのかと思っていたんだけど、見当違いか……。


「これは、はるかの」

「そうだけど、そんなに使いたいならいいよ。マフラー買う予定だし」

「……」


 急に黙り始めた。顔をうずめていたマフラーを真剣な目で見つめている。返す気になったのか、また何か企んでいるのか。表情を見ても、何もわからない。


 しばらくして、小宮さんがこっちを見て口を開いた。


「なら、マフラー貰う」

「そっか。けど、新しいの買うまで待ってね」

「いや、新しいの貰う」

「なぜ!?」


 意外過ぎる返しに驚きを隠せない。

 しかし、なんでそんなことを言ってきたのか。理由を聞かないことには言うことを聞けない。


「なんで私が新しいのあげるのさ」


 すると、どうしてか小宮さんは急に恥ずかしそうに口をもごもごし始めた。


「わ…も…」

「ん?」

「私も新しいの買って、交換する……」

「へ……?」


 何を言い出すかと思いきや、ただの物々交換だった。

 あまりに恥ずかしそうに言うもんだから、こっちまで恥ずかしくなってくる。なんだか素直になってくれそうな気がしてたから私から理由を聞いてみた。


「急にどうしたの」

「その、友だちとして、というか……」


 だんだんマフラーに顔が吸い寄せられて小さくなる声。きっと、恥ずかしくなっていた理由はそういうことなのだろうと勝手に察した。


 やっぱり、不思議な子。だけどもなんだか放っておけないような気もする。


「なら一緒に買いに行こうよ」

「え、いいの?」

「そりゃもちろん。友だちなんだし」


 友だちと言われて嬉しかったのか、小宮さんは微笑んだ。なんだかこっちまで暖かい気持ちになる。感情が薄いなって思っていたけど、そんなことはないのかもしれない。


 なんだかまるで猫みたいだな。私のマフラーにくっついてくるし。


「んじゃ、帰ろ」

「そうだね、ってなんで小宮さんが仕切ってるんだ」

「いいしょ。てか、名前で呼んで」


 小宮さんの中で何かが吹っ切れたのか、急に積極的になっているような気がする。仲良くなってまだ一週間ではあるけど、ここまで距離を縮めれるものなのか?


 とりあえずここはそれに従おう。私も名前で呼ばれていることだし。


「りょーかい、鈴音すずね、だっけ」

「おお、名前で呼ばれた。嬉しい」


 両腕を上下にブンブンしながら、子供みたいにキラキラした目で見てくる。そんなに嬉しかったのか。


「よーし、じゃあ帰りながら名前を呼び合おう」

「そんなに呼ぶもんじゃないって」

「いいじゃん。ほら、はるか」


 こうなったらとことん付き合ってやろう。ちょっと恥ずかしいけど、負けず嫌いなので。


 この日も、マフラーを一緒に巻いて帰った。

 そのおかげかいつもよりも暖かくて、寒さなんて微塵も感じなかった。




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