気が付いたらゲームの主人公になってたから悪役令息に全部押し付けようと思う

こんぽ

プロローグ

「勇者よ、よくぞここまで来た!」



 広大な魔の森の奥深くにある魔都ベルナキア。その中央に聳え立つ魔王城の最奥で待ち構えるのは魔を統べる者、魔王。

 青黒い肌に見上げるほどの巨体に蝙蝠のような羽、耳の上には曲がりくねり大きく前に突き出した角。右手に長大な剣を携えるその姿は、各地に残る壁画から飛び出したかのよう。


 それに挑むは人族最強の勇者が率いるパーティー。

 先頭に立つのは、長剣を手にした目つきの鋭い男、ノワール・ワイヤック。魔の森に隣接するエピナント王国ワイヤック公爵家の嫡男で、その黒髪と好んで使う闇属性魔法から『黒の勇者』と呼ばれている。


 そんな彼の傍にいるのは彼と縁の深い三人の女性たち。彼女たちもエピナント王国でそれと知られた強者である。



「ふむ……」



 おもむろに辺りを見回した勇者が魔王に声を掛ける。



「……貴様が魔王か?」

「いかにも。この私が魔王シャウラム。この世界を統べる者だ。下等種よ、我が前に跪くがいい!!」



 名乗りと同時に威圧するように魔力を放出してみせる魔王。その圧倒的な魔力に勇者の仲間たちが怯む。



「こ、このプレッシャーは……」

「さ、さすがに緊張しますわね」

「こんなに強いなんて……!」



 そんな彼女たちの様子を横目で見ながら勇者が呟く。



「……なるほど。が来ないわけだ」

「ほぉ……。逃げ出した者でもいたか?賢明な――」

「拍子抜けだ」

「……なに?」

「わざわざ森を抜けてきた先に待つのが貴様のようなだと?馬鹿にしているのか?」

「……この私を小物だと?」

「千年前の勇者ですら滅ぼすことができなかった魔王。どれほどのものかと思ったが……。所詮は王家の権威付けに脚色されただったか。いや、或いは長い眠りの中で弱体化したか。いずれにせよ、がかの魔王とはな」

「き、貴様っ!この私を愚弄するかっ!!!」



 激高する魔王だが、その反応も当然だろう。


 勇者は勘違いをしている。

 千年前の物語に誇張はない。千年前の勇者は歴代の勇者の中でも頭一つ抜けており、その彼と互角以上に戦った魔王の実力も本物。

 そして、復活した魔王の力は全盛期のそれと変わらない。


 だが勇者は気付かない。彼にとっての強敵は魔王よりもに存在するのだから。

 勇者の物差しは魔王と出会うよりも前にぶち壊されていた。






「チィッ!!」

「…………」



 勇者が剣を振るうたびに、魔王の身体に無数の傷が刻まれる。傷は瞬く間に再生するが、そのたびに魔王の魔力が失われていく。



「貴様っ、このは――」

「フンッ、みすみす身体を奪われるような間抜けのことなど知らん」

「……っ」

「そのような間抜けの身体で満足するとはな。魔王が聞いて呆れる」

「……貴様ぁっ!」



 動揺を誘おうとした魔王の言葉に返ってきたのは、より鋭い言葉の刃だった。険しい顔で睨みつける魔王に、勇者はさらに追い打ちをかける。



「それにしても無様なものだな。羽虫のように逃げ回るばかりではないか」

「……っ!」



 戦いが始まって数分。勇者の初撃で右腕を吹き飛ばされた魔王は魔法主体の戦いに切り替え、勇者を近付けさせないような立ち回りを続けていた。


 勇者の煽りに顔を歪める魔王だが、なんとか冷静さを保つことに成功したようだ。口の端を吊り上げながら自慢げに語り始める。



「勇者よ、たしかに貴様は強い。かつて私を封じたあの者よりもはるかにな」

「…………」

「だが、貴様が強くても他の者はどうかな?」

「…………」

「それはどういうことですの!?」



 魔王の含みのある言葉に、たまらず勇者の仲間たちが反応する。



「貴様らがここにいるということは、貴様らが人族の最高戦力ということであろう?つまり、国に残るのはそれ以外の者たち」

「…………」

「「「……っ」」」

「不思議に思わなかったか?この城まで労せず辿り着けたことを」

「「「――まさかっ!?」」」

「…………」



 魔王の言う通り、ここまでの道中では散発的に現れた魔族や魔物と戦うのみで、苦戦するような場面は数えるほどしかなかった。魔王の本拠地に向かっているにもかかわらずだ。



「勇者というのは厄介な存在でな。強敵を打ち倒せばその度に強くなる。そのような相手に主力をぶつけるなど愚の骨頂」

「…………」

「今頃、我が配下どもが貴様らの国を襲っていることだろう!!かつての大侵攻を超える史上最凶のスタンピードの始まりだ!!!」

「「「――そんなっ!?」」」

「…………」

「もらっ――ごふっ!?」



 勇者パーティーが動揺する隙を突いて魔王が勇者に襲い掛かるが、勇者はそれに合わせて魔王の腹部に剣を突き込む。

 勇者の剣が魔王の腹部を貫くと同時に、勇者の影から無数の黒い腕が伸びて魔王の身体を拘束する。



「こ、これはっ!?」

「何を言うかと思って黙って聞いていれば、姑息な真似を……。貴様、プライドというものがないのか?」

「……っ」

「プライドのない王など王に非ず。ただの魔族として死ね」



 魔王は必死に黒い腕を振り払おうとするが腕の数は増え続け、遂に魔王の身体を完全に拘束した。

 身動きの取れなくなった魔王に対して冷酷に告げる勇者。


 だが、魔王も事ここに至ってようやく覚悟を決めたようだ。勇者の目をまっすぐに見つめ返す。



「勇者よ、貴様の勝ちだ。だが、私を討ち取ったところでスタンピードは止まらん。貴様らの国はもはや滅びるのみ。誰も残らぬ国で自らの勝利を誇るがいい」

を……」



 そう呟く勇者に魔王が笑みを深くする。



「フッ、どうした勇者よ。助けに行かぬのか?」

「ノワール様、すぐに戻りましょう!」

「急ぎますわよ!」

「今戻れば間に合うはずよ!」



 しかし勇者はそれに首を振って答える。



「その必要はない」

「諦めてはいけませんわ!」

「そうです!」

「そうよ!」



 勇者の仲間たちが勇者に声を掛けるが、勇者の態度が変わることはない。



「……その必要はないと言っている」

「フハハハハ……!!勇者よ、民を見捨てるか!!勇者がきいて――っ!?」



 魔王の言葉が終わるのを待たずして、勇者が壁に向かって愛剣を一閃する。その剣圧を受けて外壁に巨大な穴が開く。

 そこから見えたのは……。



「「「――えっ!?」」」

「な、なんだあれは!?」



 彼らの目に入ったのは遥か北の方角――勇者たちの国のある方角にいくつもの星が降る光景。

 魔王と勇者の仲間たちはそれを呆然と眺めることしかできない。



「チッ。やはりこれが目当てだったか……」



 勇者の脳裏によぎるのは、めんどくさいと言って此度の遠征への同行を拒否した彼の従者の顔。

 経験値ヒャッホー!とはしゃいでいるであろうその顔を思い浮かべながら吐き捨てた言葉が他の者の耳に届くことはなかった。



「さて魔王よ。史上最凶のスタンピードだったか?あれでどれほど残るか楽しみだな」

「……っ、な、なんだ!何なのだあれは!!??」

「ここで死ぬ貴様にそれを教える意味があるのか?」

「――っ!!」



 実力で圧倒され、最後の切り札すらも無力化された魔王。彼にはもはや生き残る道はない。


 千年に亘る封印から復活を果たした魔王はこの日、新たな勇者によって完全に滅ぼされることになる。

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