エピローグ

食器やグラスの触れ合う音、店員の声、客のざわめき。多種多様な雑音が入り乱れる店内は、陽気な雰囲気に満ちている。


 そんな中、緊張した面持ちの若い男女がパブ『フォンド』のテーブル席にいる。

 両者の知人であるサットンに間を取り持ってもらい、あえて人の多い時間帯に会う約束をしたモニカとイーノクだ。変に悪目立ちしないための対策である。


 簡単な自己紹介とランチの注文をした後で、尋問の口火を切ったのはモニカだった。


「ーーそれで、嫉妬ですか」


 疑問形なのに断定口調で言い切るモニカ。


「嫉妬です」


 対面する騎士は無駄にハキハキとして潔い。


 王都生まれ王都育ちの都会っ子。騎士のイーノク・ウォールデンは18歳、今年叙任されたばかりの新人騎士団員らしい。よくあんなことをする暇があったな……、とモニカはある意味感心してしまった。


「ところで、ホワイト卿からカイさんへの贈り物なんですが、イーノク卿が届けたということで間違いないですか」

「はい。間違いありません」

「メッセージカードが付いていなかったようですが、それについては?」

「俺は付けましたよ、ちゃんと。バジル様からの貴重な依頼なんですから、そこは絶対に手を抜きません」


 イーノクは毅然として言い放つ。


 嫉妬から意地悪をした可能性もあったが、どうやら彼は私情を挟まなかったらしい。なんせ市場のパン屋で頭を下げてまで包装にこだわった男だ。きっと嘘はついていない。

 となるとやはり猫の仕業だろうか……。


 モニカは話を切り替える。


「あの、カイさんは髪に触られたことを根に持っているみたいなんですが、心当たりあります?」

「……あります」

「理由は?」

「出来心というか」

「出来心」


 モニカは思わず復唱する。


「すみません……。反省してます。もうしません」

「今度カイさんと会う機会も用意するので、きちんと謝罪してくださいね……」


 とは言ったものの、これは会わせて大丈夫なやつだろうか。詳しくきいた方が良いだろうか。若干の不安がモニカの頭をよぎる。


「念のため確認しますが、ストーカーじゃないんですよね……?」


 モニカが恐る恐るきく。するとイーノクは、まさかと言いたげな顔で大きく首を振った。


「そんな風に思われるなんて心外です」

「でも実際思われてたんですよ、カイさんに」

「あれは! バジル様に害がないかどうか素行を確かめようとしただけで……」

「あー……はいはい。わかりました。了解です」


 嫉妬じゃないかと予測を立てていたものの、こうも本人から予測通りの回答ばかり返ってくると気が抜ける。それに、彼のように単純で感情的になりがちなタイプの扱いに慣れていないのだ。

 モニカは困ったように眉を下げた。


 そこはかとなく微妙な空気が流れたところで、ちょうど2人分の日替わりランチがやってきた。今日はカレーだった。


 ほかほかと湯気を立てるランチを、2人はしばらく黙々と減らしていく。

 その途中でモニカの顔がナチュラルに歪んだのは、付け合わせがピーマンのピクルスだったからだ。

 苦手だからと言って残すのは忍びない……と思いながらふと向かいを見ると、イーノクも彼女と同種の表情を浮かべていた。

 ピクルスを口に入れて、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「もしかして、イーノク卿も苦手ですか。それ」

「ああ……、もしかして、ブリッジズ嬢もそうですか」


 お互いに顔を見合わせると、謎の親近感がわいてくる。それはイーノクも同じだったようだ。ぽつぽつとたわいのない話をしているうちに、やがてお互い気軽に呼ぶのを許容するくらいまでには警戒心が解けた。


「そうだ、ついでにもうひとつ。イーノク様がカイさんをつけ回したのって、贈り物の話をきいた時からですか?」


 食事を終えて、グラスビールを飲みながらモニカが問う。


「そうですよ、それ以前は存在を知らないわけだから」

「じゃあ実質1か月間くらいですか」

「いや、毎日じゃないですよ! 何回か素行チェックしても問題なかったので諦めるしかなく……」


 若干くやしそうに自分で放った言葉を噛みしめるイーノク。まるでカイの素行に問題があって欲しかったような口ぶりである。

 それはそれで気になるが、確かに騎士団の新人ならそこまで暇じゃないだろう。


「やっぱりおかしいな……」

「何がです?」


 カイは依頼時に『2カ月くらい前から視線を感じた』と言っていた。モニカは首を傾げる。


「うーん……。イーノク様が付け回すより前に、カイさんは視線を感じていたようなんです」

「どれくらい前から?」

「田舎から王都へ出てきてすぐだそうです」

「ああそれなら……」


 イーノクはすぐに思いついたようで、あっさりと教えてくれる。


「綺麗で可愛いからじゃないですか? 王都でもなかなかいない逸材だと思いますよ」

「あ、なるほど」


 単純な理由だが、カイの容姿に関してはいつも説得力がすごい。


 美少女だか美少年だかもうどちらでも良くなってくるが、とにかく目を惹く容姿で、なおかつピュアで親しみやすそうな雰囲気のせいだ。初めて田舎から王都へ出てきたカイに不特定多数の視線が集まった。


 モニカが調査している間、イーノク以外に不審人物がいなかったことを考えると、現状はその結論で片づきそうだ。


「田舎では周りに暖かく見守られて育ったんだろうけど、王都は違いますから」


 騎士らしくまじめな表情でイーノクが言った。


 故郷の田舎とは違って王都にはさまざまな思惑を持つものが大勢いるのだ。

 モニカは納得してうんうんと頷く。


「そうそう。強欲な者の集まりですからね」


 ーー私も含めて。

 モニカは残りのビールを飲み干すと、当たり前のように微笑んだ。

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白と灰の不確定要素 雨庭モチ @scarlet100

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