第22話 スティール


「お前らなんかなぁ、俺一人で充分なんだよ!」


 陸人が大声で挑発的発言をした直後だった。彼はパーティーに向かっていこうとして、すぐにバックステップで引き返した。


『あやつ、逃げるつもりか!』


『……みたいだね』


 なんとなく予想してたけど、やっぱりその手で来たか。相手が五人もいるのに陸人が好戦的な態度だったのは、最初から戦うと見せかけて逃げようっていう魂胆があったからだね。


「陸人おおぉっ、その手は食わねえぞおぉっ……!」


「くっ……!?」


 あ、あれは……。相手パーティーの猛っていう【盗賊】が、迅速なバックステップで陸人にあっさりと追いつき、回り込んでしまった。どうやらそれが彼の特に秀でた点みたいだ。同じジョブ系スキル持ちでも、人によって色々と個性があって面白い……って、呑気に感心してる場合じゃなかった。


「陸人、食らいやがれっ!」


「あんたなんかに盗まれた魔石の恨みよ!」


「こいつ、ふざけやがって。ぶっ殺してやる!」


「うごおぉっ、ぐはぁっ……!」


 これも予想できたことだけど、猛に捕まった陸人がその仲間たちによってリンチを受けていた。既にもう、意識を失っている様子なのに。本当に殺すまでやるつもりなのか。


『大変だ。陸人を助けなきゃ……』


『よいぞ、もっとやれ!』


『って、千影! 相手を応援してる場合じゃないって!』


『主こそ、何ゆえあのような泥棒を助けようとするのだ? 盗み癖のあるやつなど、助けても良いことなど一つもなかろうに』


『確かに、人の物を盗むのは許されないことだけど、それでも命を奪われるほどじゃない。千影、お願いだから協力してほしい。このまま傍観してるわけにはいかないんだ。それじゃ、僕のいじめをただ見てただけのやつらと一緒になるから……』


『……ふむ』


『千影が行かないなら、僕が――』


『――いや、我がやる』


 おお、千影が本来の姿――シャドウナイトに戻ったかと思うと、その姿を大きくしてみせた。


「「「「「なっ……!?」」」」」


 猛のパーティーが驚愕した様子で声を上げたけど、僕もその一人だった。


 こりゃ、凄いや……。まるで巨人の影みたい。『変化』を使ってるんだろうけど、こんなこともできるんだね。大きくなった分スピードが半減してそうとはいえ、迫力は十分すぎるものがあった。


「な、なんだこいつ!? 鑑定が効かないだと!? じゃあ、ボスだっていうのか!?」


【盗賊】の猛がそう叫んだことで、彼を含むパーティーは戦意を喪失したらしく我先にと散り散りになって逃げだしていった。


 まあ普通はこんなもんだよね。アグレッシブすぎた【黄金の牙】パーティーが異常だっただけで。もちろん、もし仮に向かってきたところで千影が一瞬で片づけちゃうんだけど。


 パーティーが去り、千影が元の少女の姿に戻ったことで、僕も影の中から姿を現した。それにしても、この格好にすぐに戻ったってことは、結構気に入ってるのかも。ツインテールもそのままだし……。


「ふぅ。主よ、あっけなかったな」


「……そ、そうだね」


「もし彼奴らが向かってくるようであれば、褒美として皆殺しにしてやろうと思っていたのだがな」


「いや、だから皆殺しはやりすぎだし、褒美って……」


「ふむ? 褒美とは名誉ある死であり、戦場における勲章のようなものだ。さて、そろそろこの男に地獄を見せてやろうではないか」


「いやいや、待ってよ。地獄を見せるって、どういうこと?」


「な、なぬ……? もしや、この男を殺すのではないのか!?」


「いや、違うから!」


 千影ったら、助けるっていう僕の言葉を一体どんな風に解釈してたのやら……。まあ殺すことを名誉ある死とか言っちゃってるから、認識のずれがかなりあるのは間違いないね。


「――うっ……?」


 やがて、気を失っていた陸人が起き上がる。


「……お、俺は、助かったのか……? って!」


 陸人は、僕たちを見て目を見開いた。


「ま、まさか、俺を助けてくれたのか……?」


「うん。殺すのはやりすぎだと思って。ね? 千影」


「……うむ。ラーメンを侮辱したことは許せんが」


 僕たちがそう返したことで、陸人はしばし戸惑った様子だった。それもそのはず。人間不信の彼にとっては、魔石を盗んだ相手が助けてくれるなんて絶対に思わなかったはずだから。


「……なんでだよ。なんで泥棒の俺なんかを助けた? 馬鹿なのかよ。俺がやつらにリンチされるのを見届けて、ざまあみろって思ってりゃよかっただろ……」


「そういう人もいるだろうけど、僕たちは違うってことだよ」


「……」


「君はこうして、仲間から魔石を盗んだら逃げて、募集のチャットを立てるってことを繰り返してたんだね」


「……あぁ、そうさ。俺は人間なんて大嫌いだから、生きるために、そして嫌いな人間を裏切るために、ない知恵を振り絞った結果さ」


「でも、それで君も殺されそうになった」


「……そうだよ。だから俺もその嫌いな人間の一人で、要するにどうしようもない馬鹿なんだよ。見りゃわかんだろ!」


「そこまで人間が嫌いな理由を教えてほしい」


「……理由って。なんでそんなのが聞きたいんだよ?」


「一応、仲間だったから。助けてやったお礼としては悪くないって思うんだけど」


「……別に、助けてくれなんて頼んでねえけど……」


 僕の言葉に対し、考え込んだ表情になる陸人。しばらくして口を開いた。


「まあいいや。教えてやる。人間がなんで嫌いかって……俺は自分を含めて、人間を見てるとむかむかするんだ。中身はどす黒いのに、表面だけ良い人みたいな面しやがって。どいつもこいつもみんな勝ち馬に乗りたがり、弱い者を徹底的に見下し、叩く。それが人間だ。俺は実際にそういう連中からいじめを受けたが、全員叩きのめしてやった。力こそ全てだ。人を苦しめる技術こそ正義。だから、どんな手を使ってでも人間どもを苦しめてやるんだ。それで、自分も苦しんでるんだから最高じゃねえか」


「いや、それは違う。君が一番欲しかったのは、人の痛みじゃなくて信頼なんだと思う」


「……は? 信頼? どういうことだよ?」


「君は信頼が欲しいから、盗みを繰り返したんだ。それでも自分を許してくれる人が欲しかった。君は人間を憎みながらも、人間を捨てきれなかった。君が本当に盗もうとしていたのは……欲しかったのは、人の誠実な心なんだ」


「……な、なんなんだよ、お前……」


 陸人は明らかに動揺している様子だった。そのことが、僕の言葉の証明になっていた。


「僕も、君と同じだ。毎日のようにいじめられてきたからわかる」


「……だったら、そいつらを徹底的に苦しめてやろうぜ。やり返さなくて悔しくないのか?」


「もちろん、僕は彼らを許せないと思ってる。でも、人をいじめる人間っていうのも、その根本にあるのは弱さだ。彼らは自分に自信がないから、自分より下の存在が必要になる哀れな人たちなんだ。そう考えたら、少しは怒りも消える気がする。人間ほど嫌な生き物はいないのかもしれない。けど、そんな人ばかりじゃないのは君もわかってるはず。人間ほど素晴らしい生き物もまた存在しないんだ」


「……」


「さあ、僕たちと一緒に行こう、陸人。この世界でやり直すんだ」


「……る、琉生……本当に、俺なんかと一緒にいていいのか……?」


「もちろん」


 僕が差し伸べた手を陸人は握ってくれたけど、彼の視線は泳いでいるかのように一定しなかった。感情が揺れ動いたことを悟られたくなかったのかもしれない。僕たちの真の挑戦はここから始まるってわけだね……。

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異世界に召喚されて【テイマー】スキルを手にした僕、自分だけボスモンスターを従魔にできる能力を持っていた 名無し @nanasi774

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