第21話 自業自得


「……ふう。さて、やつらのおかげでパワーがついたことだし、そろそろ行くとすっか」


 魔石を食べたばかりの【盗賊】の陸人が、生まれ変わったかのように血色も良くなり勢いよく進み始めた。


 僕たちから逃げるのにあれだけの距離を走ったこともあり、疲弊困憊した様子だったのに……。なるほど、千影の言う通り一日分のエネルギーになるっていうのも頷ける。


『主よ、やつを絶対に逃してはならんぞ』


『千影、わかってるって』


 まったく。僕のほうが命令されちゃってるし、どっちが従魔なんだって。


 僕たちがぴったりとついてるのも知らず、陸人は険しい顔つきのままいずこへと無我夢中で走っていた。


 って、あれ、いきなり止まった……!?


 立ち止まった陸人は、僕らの後方で何やらブツブツと呟いていた。勢い余って通り過ぎたこともあって戻ってみる。何を言ってるのか聞き取れるかもしれない。


「……何も、あんなやつらから盗まなくてもよかったのかもな。千影はともかく、琉生は普通にいいやつそうだったし……」


『……』


 なんと、陸人は僕たちから魔石を盗んだことを反省してるっぽい。


『うぬ。盗人猛々しいとはこのことだ。しかも、我はともかく、とはなんだ! こやつ、やはり生かしてはおけぬ……!』


『ち、千影、落ち着いてって! というか、陸人がまだ何かボソボソ言ってるからよく聞き取れないし、静かに!』


『ふ、ふむ……』


「……いや、騙されるな。人間なんて、結局みんな同じだって。どんなに人の好さそうな顔をしたって、どうせ最後にはみんな裏切るに決まってる」


『……』


「やっぱり誰も信用できない。できるもんかよ。唯一、この世で信用できるものがあるとしたら、それはこの盗みの腕だけだ……」


 陸人は人間不信だったのか……。でも僕には彼の気持ちが痛いほどわかる気がした。僕自身、いじめられているときに誰も助けてくれなかったから。だから彼の猜疑心に満ちた言葉が心の悲鳴のように感じて胸に沁みるんだ。


 もしかしたら、彼も過去の出来事をきっかけにして僕と同じように心に深い傷を負ってるのかもしれない。ただ、だからといって盗みが許されるかっていったらそうじゃないんだけどね。


「――チッ、どうやら張られてるみたいだな……」


 ん、陸人が一層厳しい顔になって舌打ちしたのち、後戻りを始めた。ということは周辺を索敵してみた結果、彼をに気が付いて踵を返した格好らしい。


 つまり、僕たち以外にも陸人を狙ってる存在がいた……? もしそうだとしたら、あれだけモンスターと遭遇しなかったのも偶然じゃなかったのかもしれない。付近のモンスターを掃討することで計画通りに動きやすくなるからだ。


 もちろんこれは僕の推測にすぎないけど、陸人は色んな人たちから魔石を盗んで恨みを買っているだろうから、その可能性もかなり高いように感じた。


「くっ……!?」


 ありゃ。陸人がまたしても立ち止まって顔を引き攣らせた。どうやら挟み撃ちのような状態に遭ってるみたいだ。相手にも盗賊がいて索敵できるもんだから、徐々に陸人の行動範囲が狭まってるといった印象だった。


『ぬ……』


『千影?』


『四方から来る。モンスターじゃなく、人間だ』


『やっぱり……陸人は嵌められたんだ』


『何? 陸人が嵌められただと? 汚い泥棒には敵が多いだろうからな。それはめでたい!』


『……』


『主よ、どうしたのだ?』


『いや、なんでもないよ。とりあえず様子を見てみよう。これも陸人が招いたことなわけだから』


『うむ。これぞ自業自得というものだ。我らは高みの見物といこうではないか。もちろん、最後は我らがあの泥棒にとどめを刺すとして』


『いやいや……って、来た!』


 一人の【盗賊】っぽい格好の男が見えてきたと思ったら、彼が手を挙げたのを合図にして四方からその仲間らしき四人の男女が姿を見せた。おそらくパーティーメンバーだろう。その服装を見ると、【魔法使い】、【僧侶】、【戦士】、【武闘家】っぽい。


 その時点で、陸人はもう逃げられないと観念したのかじっとしていた。リーダーらしき【盗賊】の格好をしたバンダナの男が前に出てくる。


「よう、陸人さんよ、久々だなあ。また犠牲者を出したのか?」


「お前は、たけるだったか……。てか、犠牲者だって? 魔石をちょっと盗まれたくらいで必死だな」


「おーおー、コソ泥が居直りか。おい、お前知ってるか? このときのために、お前は今まであえて泳がされてたんだ。それも知らずにお前は呑気に次の被害者を募集してたってわけ」


「……それで、俺をリンチするためにケチな仲間を募ってたってわけか。狩りでもしてたほうがよっぽど有意義だし効率もよさそうだが」


「黙れよ、陸人。お前が盗んだのは魔石だけじゃない。信頼も盗んだんだ。わかるか?」


「はっ、綺麗事を抜かすなよ、猛。何が信頼だ。魔石を盗んだくらいで崩れるような信頼なら、そんなもんクソ食らえだ」


「それで結構。陸人、俺たちはお前に反省してもらうために来たわけじゃない。死んでもらうために来たんだ。お前みたいなクソ野郎は、この異世界からも爪弾きにされるのがお似合いだ……」


『……』


 予想できてたことではあるけど、陸人とパーティーの話し合いはどうやら決裂に終わったらしい。どっちが悪いかっていったら陸人が悪いのはもちろんだけど、それでも殺すのはやりすぎだ。


 あのパーティーが陸人を叩きのめすか、それともこの状況から陸人が勝つか、あるいは逃げ切るか。どう転ぶかわからないけど、状況によっては僕たちが助ける必要がありそうだ。

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