第20話 ハイスピード
「あ、こりゃまずいな……」
「え? 陸人、どうかしたの?」
「ふむ? 陸人よ、何があったのか?」
これから世界の塔へ帰還しようと、僕ら三人が歩き始めてまもなくのこと。陸人が急に訝し気な顔をして立ち止まった。
ある方向を見てかなり警戒してる様子。これは今までになかった言動だった。
「……あんだけいなかったのに、モンスターが嘘みたいにぞろぞろとこっちへ来やがる……」
「えぇっ、本当に……!?」
「ほほう。それは俄然面白くなってきたではないか!」
「……」
僕たちの対照的な反応に驚いたのか、陸人は目を丸くしたのち、すぐに警戒心を湛えた顔に戻った。
「逆に言うとさ、今までが少なすぎたんじゃねえかなって。モンスターとエンカウントする確率が収束したんじゃないかって俺は思ってる」
「なるほど。なんとなくわかるような……? 千影はどう思う?」
「ふぅむ。まあありそうな話ではある。しかし、確率なんぞこの際どうでもよい。大いに楽しもうぞ」
「……ほら、あの方向から来る」
陸人がその方角を指し示して、僕たちがその方向を見やる。
「あ……」
その瞬間、僕の手元にあった三つの魔石は全部消えていた。
しまったと思って陸人の姿を探したら、指差ししていた方向の反対側へと駆け出していた。しかもかなり背中が遠くなってる。
す、凄い。いや、陸人が犯人って確定したんだから感心してる場合じゃないんだけど、一切触れることなく三つ全部盗まれちゃったし、逃げるのも滅茶苦茶早い。
これが【盗賊】の能力の一つ、盗みの威力なんだ。モンスター相手にもやってたことだし、わかっていたことではあるけど、いざ自分がやられるとたまったもんじゃないね。
「ぬ……ぬうう、遂にやりおったか、あの男め! 我があんなにもラーメン愛を語ったというのに、そのラーメンを愚弄しおった! それも三杯分を、だ! 主よ、だから言ったであろう? 悪党というのは目が据わっていると。我があれほど、あの男は信用できんと言ったというのに!」
魔石を盗まれたことでラーメンを侮辱されたと思ったのか、目を一層吊り上げた千影が地団駄踏んで怒ってる。怒り方がボスモンスターの割りにちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。まあ見た目はツインテールの女の子だしね。
「確かに、千影の言う通りだったね……」
「当然であろう! 主はお人よしすぎるのだ!」
「……そ、そんなに怒らないでよ。そういう千影だって、陸人が指差した方向を凝視してて、すっかり騙されてたくせに……」
「う……そ、それはそうなのだが……」
「とにかく、陸人の跡を追いかけよう。こっちには『影移動』があるんだし」
「うむ。絶対にやつを殺さねば……!」
「いや、殺しちゃダメだって!」
僕たちは影と一体化すると、陸人が逃げた方向へと一気に進んで行く。通常の二倍の移動スピードなだけあって、すっかり消えていた陸人の背中が早くも見えてきた。
陸人は用心深く時折こっちを振り返りつつ、移動方向をちょくちょく変えていた。手慣れてるもんだなあ。おそらく彼はこうやって、臨時チャットで組んだ仲間から魔石を盗んでは、一目散に逃げるっていうことを繰り返してたんだろうね。
それでも、ボスモンスターのシャドウナイトとその主人兼相棒の僕の追跡から逃れることは絶対にできない。
陸人はそれから何度もジグザクな走り方をして僕たちを撒く行為をやったあと、木陰に回り込んだかと思うと立ち止まった。そこでしばらく休憩するつもりなのかな……?
「……はぁっ、はぁっ、はぁぁ……ここまで来りゃあ、もう大丈夫だろ……」
僕たちがすぐ近くにいることも露知らず、陸人は安堵した表情で三つの魔石のうち、二つを懐へ仕舞い込んだ。あれ? もう一個はどうするつもりなのかな。
「っ……!?」
僕は思わず声を出しそうになった。何故なら、陸人がその魔石を口に当てて齧り始めたからだ。ガリガリと音を立てて咀嚼したのち、ゴクリと飲み込んでしまった。
まさか、魔石を食べちゃうなんて……。あまりのことに僕はしばらく呆然としていた。
『主よ、影の中でなら喋っても大丈夫だぞ。外部には聞こえない』
『え……そ、そうなんだ? っていうか、魔石って食べられるんだね……』
『主よ、そんなことも知らなかったのか……』
『いや、普通は魔石を食べられるなんて思わないし!』
『ふむ。少なくともモンスターの世界では常識であるぞ。少々硬くて無味無臭だが、一日分のエネルギーにはなる』
『へえぇ……』
じゃあ、僕みたいな【テイマー】からしてみたら、従魔用のご飯としても使えそうだね。魔石って結構大きいしかさばるから、陸人が証拠隠滅のために一つ食べてみたら、案外それで魔石の効果に気づいたっていう可能性もあるのかも。
『というか、陸人よ、やつが盗んだ魔石を食したことで、ラーメン一杯分が無駄になってしまった。ぶっ殺……いや、捕まえてよいか?』
『いや、ちょっと待って。陸人を捕まえるのはいつでもできるんだよね。でも、もしかしたら仲間もいるかもしれないし。そこで一網打尽にしたほうが被害も増えずに済むんじゃないかな?』
『……なるほど。あのようなラーメンを侮辱するような不届き者に仲間がおるなら、やつごと葬り去らねばな!』
『だから、ちょっと言い方変えてごまかしてるけど、やっぱり殺しちゃダメだって……』
それ以降、僕は千影がいつ飛び出さないかヒヤヒヤしつつも、引き続き陸人の背中を追いかけることにした。
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