第19話 眼差し


「うし! 魔石二個目いただきっ! 陸人、後は頼む!」


「オーケー」


 陸人がゴブリンから魔石を盗むことに成功したあと、壁役として攻撃を回避していた僕がモンスターの首を刎ねる。


「グギャッ!」


「おおっ、琉生、やるじゃん……」


「ま、まあねっ」


『影移動』をしなくてもゴブリン一匹くらいは余裕だ。これも、千影がスパルタ教育をしてくれたおかげでもある。


 それよりも目を引いたのは陸人の盗みの技術だ。


 今回は一発で盗めなかったみたいだけど、それでも大して時間もかからず盗むことに成功した。


 陸人が黒じゃないなら、本当に心強い仲間になりそうなんだけどね。でも、今は心を鬼にしてそれを試さなきゃいけない。


 モンスターを倒した直後というのもあり、そこまで敵に警戒しなくてもよくなったので、僕はそのタイミングで動くことにした。


【アイテムボックス】から魔石を三つ取り出し、いかにも大事そうに両手で抱えてみせたんだ。


 魔石って結構大きいから、三つでもぎりぎり両手で持てる個数だ。これで陸人の本性を引き出せるはず。


 ただ、これで準備完了かっていうとそうじゃなくて、むしろここからどう動くのかが肝心になってくる。


 なんの意味もなく魔石を持っているだけだと、それ自体がトラップのように見えて相手は逆に警戒するだけだろうしね。


 どうしてこんな風に魔石を取り出し、しかもわざわざ持ち歩くのか、その動機付けが必要になってくるってわけだ。もちろん、今後どういう風に作戦を進めるのか、ちゃんと頭の中でシミュレーションできてるのでまったく問題ない。


「……」


 魔石を手元に携帯しながら歩き始めてから少し経って、先頭にいる陸人が時折振り返ってくるのがわかる。


 うわ、見てる見てる。それも僕の手元のほうを重点的に。


『こいつ、なんで魔石を三つ取り出して持ち歩いてるんだ?』って不思議に思ってるかもしれない。僕は息を大きく吸い込むと、満を持して陸人の本性を暴く作戦を開始した。


「はあ……。いくら魔剣が欲しいといっても、魔石がたった三つじゃどうにもなんないよ。ねえ、千影」


「ふむ? 何を言っておるのだ。三つもあればラーメンが三杯も食べられるではないかっ!」


「千影……」


「う……そ、そんな呆れたような顔で見るでない。確かに、三つ程度では魔剣は買えん。遠い。実に壮大な旅だ。まさに、大海原へと乗り出すも一日目で岩礁に乗り上げてしまった船の如く絶望的な船出である……」


「う、うん」


 千影って結構なポエマー……? 僕の意を汲んでくれたからよかったものの、絶望的とまでいわれると普通に落ち込んでしまう。まあ実際にはあと88個とはいえ、それでも結構遠いんだよね。細かいけど、陸人がオークとゴブリンから盗んだのも入れたらあと86個だ。


「琉生も千影もそう落ち込むなって」


 お、陸人が魔石の話に食いついてきた。どうやら僕の演技力にそこまで大きな瑕疵は見られなかったみたいだね。


 要するに、現時点で魔石が三つしかないことを嘆くために手元に出したんだと、そういう風に相手に思わせるのに成功したってわけだ。これなら、少なくとも魔石を取り出した理由にはなるからね。


「まー、確かにまだまだ魔剣が遠いって思うのはわかるけどよ、これからコツコツ溜めていけばいいだけなんじゃ?」


「……そ、それもそうだね。陸人がこれから毎日ガンガン盗んでくれたら、今は三つしかないけどいずれは魔剣だって狙えるかも。ね、千影もそう思うよね?」


「うむ。魔石も積もればやがて山となるであろう。まさにラーメン食べ放題だ。ジュルリッ……。しかし、もし万が一魔石を一つでも盗もうとする輩がいるなら、そやつはラーメンに対する冒涜として万死に値するだろうがな……」


「ははっ……」


 ラーメン愛が強すぎる千影の言葉にヒヤッとするけど、その中身が人間を殺すことを躊躇しないボスモンスターだっていう事情を知らない陸人にとっては、大袈裟すぎてただの冗談だって思うはず。彼が黒だった場合、好機が来れば恐れることもなく盗もうとするんじゃないかな。


 ただ、今までの芝居が魔石を取り出す理由付けにはなっても、それを持ち歩く理由にはならないかもってことで、僕は念のために魔石をうっとりと眺めてみせた。


「……それにしても、魔石って本当に綺麗だよね。こうしてずっと見てても飽きない……」


「……主よ、もしや頭がおかしくなったのか?」


「千影」


「す、すまん」


 千影のやつ、また僕に向かって主なんて言ってるし。というか今、陸人のほうから棘のある視線を感じたわけなんだけど、それがあまりにも強烈で背筋が冷たくなった。なんていうか、悪意を凝縮したかのような感覚すらあったんだ。


 陸人の視線はすぐ元の場所に収まったとはいえ、今のは肝を冷やした。僕が魔石に気を取られてる間に盗んでやろうなんて考えてたんだろうか。でも、それだけにしては闇が深すぎる感じもした。


 魔石に対する執念も感じるし、やっぱり彼は千影が言ってたように黒なのかもしれない。ボスモンスターの観察力は侮れないわけだから。僕はそう思いたくないけど、陸人の尾を引くような視線の鋭利さと粘っこさに、僕の中で緊張感は否応なしに高まっていくのだった。


「……ねえ、陸人、千影。疲れたし、そろそろ帰ろっか?」


 段々とその重圧に耐えられなくなって、遂にそう切り出してしまった。


「……へ? 琉生、もう帰るのかよ。まだ魔石一個しか盗んでないのに……。てか、今日はやけにモンスターと遭遇しないな」


「そ、そうだね」


「うむ」


 陸人の言う通り、今日はまったくといっていいほどモンスターと遭遇できてない。まるで、僕たちの行く道をパーティーが先回りしてモンスターを倒してるみたいに。もちろん気のせいだとは思うけど、偶然とは思えないくらい不自然にエンカウントしなかった。


「まー別にいいけど。んじゃ、帰るか」


 陸人も渋々っぽいけど納得してくれたみたいだ。ただ、こういう状況だからこそ彼にとっては僕の魔石を盗む絶好の条件といえる。もしここで陸人が魔石を盗めば黒、盗まなければ白ってことになる。


 陸人はずば抜けた盗みの技術だけでなく、【盗賊】として他の能力もしっかりしてるので惜しい人材だ。塔へと帰還する間、彼が白であることを祈るだけだね……。

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