第2話 入学式バトルロワイアル

外に出た。生憎、天気は気が滅入るほどに良い。すこぶる快晴でやになっちゃうね。


暗澹たる足取りで通学路を歩く。家から程近いところにある為、徒歩での登校。音楽でも聴きたいが、平然と通話アプリを動かして曲に割り込んで話しかけてくるとかいうアンブッシュ通話をされるからだ。心の臓がギュンッってなる。


さてさて…俺が今向かっている高校は、波乱万丈、狂瀾怒濤の末に決まった。


いったい何があったのか。


まずはじめに、俺が進路選択するとき、様々な奴らにアドバイスという名の脅迫や"お願い"を押し付けられる事が多かった。


特にひどかったのは、その高校に在籍している先輩に位置する奴らの猛烈なアピールだろう。


音楽や芸術で名門と呼ばれる高校、金持ち達が集まるエリートの高校、難関で誰もが高みを目指す高校。


色んなところを勧められ、脅迫され根詰めされる日々、精神をすり減らして参ってしまうほどに疲れ切っていた。自殺を考えたが生殺与奪の権利を奴らに握らせるだけだ。どうにもならない。


そんな中、この高校、中高一貫の支世学園を選んだのは俺の身の丈にあった学校…というわけではない。ただ、俺争奪戦のようなものが開かれその末に、支世しせい学園でトップを張っている真宵先輩が俺を勝ち取っただけだ。まぁ最終的な俺の意見も含まれてはいたが…。


この支世しせい学園は、中高一貫でありながら高校入学の受け入れもしている今どき珍しい学校だった。大概が中高一貫だけに絞られるのにな。理由としては高校受験を乗り越えた生徒を受け入れることで、全体的な学力の向上や新しい風を取り込むというものから。


学力に加え、個々の才能を伸ばす教育に力を入れており、普通科、商業科、芸術科、工業科、スポーツ科と様々なクラスがあるのが特徴で、俺が進学することになったのは普通科だ。


ちなみにだが、この受験するクラスでさえ揉めた。学科ごとに2人以上の天才が居たからだ。天才がインフレしてると思うが天才と呼ぶほかない才能やらがある。マジで頭がおかしいヤツばかりだ。


普通科には俺が慕う真宵先輩ともう一人、小説を書いてる人だったかな。割とマトモというか…The 文学者、みたいな迂遠な言い回しと難しい表現を多用する人。ありがたいことにこちらのプライベートを考慮してくれる人だ。よく自作品を送ってくれる。感想を返せば満足してくれるため他よりずいぶんまともだ。商業科には俺に借金をこさせやがった金持ちと高校生にして企業して成功したギャンブラー。二人共カス。俺の事情なんざしっちゃこったないスタイル。前者はまぁひたすら返済催促。後者はガチの賭博に誘ってくるので中指を立てている。芸術科はエゴイスティックでエキセントリックな絵描きと圧が強い音楽オタクとアイドル。この中じゃ音楽オタクが外見のわりに一番マトモ。絵描きはエゴの塊で蟲みたいな感じ。アイドルは周りがうざいし何を考えてるかわからなくて怖い。工業科は発明オタクと…あぁそう、マッドサイエンティスト。どっちもやばい。発明オタクは行動力と体力が反比例して貧弱だし、マッドサイエンティストは人間性が終わってる。スポーツ科は水泳やってる双子とガチの武道家な剣道女だ。もれなく脳筋。


結果として俺は最良の道を選んだことになった。真宵先輩は言わずもがなだし、小説家は適度な餌やりを忘れなければ問題ないだろう。


……女をとっかえひっかえするクズ男の思考であることに目を反らすが…。


イイじゃないか。こんな女性に囲まれてと思うだろう。モテモテだ?ハーレムだって。


毎日、電話で最低1時間以上説得され…

ほぼ毎日、家凸されて学科説明という名の勧誘を受け…

別の学科で鉢合わせれば喧嘩になり仲裁に入らないとほぼ病院沙汰になり…

普通に各自が所属している部活や活動、家に迷惑がかかる…

そのくせ、周りからハーレムかよ死ねって言われるような…


そんな介護生活が羨ましいっていうんなら全然代わってやるよ。いや代われ。代わってくれ。頼む。金払うから。


「はぁ…」


溜息をつくしかない。気分はポケットなモンスターの睫毛から作った人工モンスターだ。誰が生んでくれと頼んだ…そんな気分。


つくづく自分の人生に嫌気が差す。暗澹たる様だ。どうあがいたって絶望しかない。


でも絶望してばかりじゃいられない。なにせ高校生活、花の青春だ。楽しまずにどうする。謳歌しなくてどうする…!

俺の小学生中学生は散々なものだった。なまじ精神が周りより大人びていたから、集ってくるヤツのせいもあっていっそう浮いていた。別に好きで大人びてるわけじゃない。俺の場合、と作られたのだ。精神の成熟に一番手っ取り早い方法はなんだと思う?簡単だ、経験することだよ。経験が早ければ早い程、多ければ多い程精神という真っ白なキャンパスは色に塗られ、汚されていく。大抵の色には驚かなくなる。そういうことだ。どうやって色を知ったか?強いて言うなら、だろう。


そんな灰色の人生を送ってきたが今回ばかりは俺だって我を通させてもらおう。なんせ、高校生活は一度限りしかない。あとは仕事と責任と時間に追われる灰色の生活だ。最も、俺がそんな優しい人生を送れるとは思ってないが。

何が言いたいか。遊べるときはここぐらいしかないということだ。大学に進むにしても、就職するにしても、俺の自由はより制限されるだろう。なにせ、18歳を超えれば成人という扱いになる。もっと言えば結婚できるようになる。誘拐からの脅迫からの人生の墓場ルートだってあってもおかしくない。というかしそうなやつを何人か知ってる。


地獄になることは明白だ。だからここで人生の9割を消費すると言っても過言ではないほど遊びつくさないといけない。のちの人生を集ってくるヤツの誰かに捧げるのならなおさらだ。

伝家の宝刀「俺の後の人生好きにしていいから」を抜いたってかまわない。それを言えばたちまち地獄よりもひどいことになるだろうが…背に腹は代えられない。


「やってやる…やってやるぞ…!」


恋人じゃなくてもいい。せめて友達を作り、放課後に遊びに行ったり勉強会がしたい…。普通の人と…まともな人と…!

固い決心を内に秘め、俺は高校の入学式へ一歩、一歩と力強く進んでいくのだった。


――――――――――


『新入生、入場』


音楽と共に体育館へと入っていく。あの後は集合時間ギリギリを狙ったこととスニーキングで移動したために面倒なヤツ等に関わらなかった。いい滑り出しだ。自画自賛する。

その後は胸になんかの徽章みたいなのを付けた後は担当する先生の話を一つ二つ聞き流し、列に並んで体育館へと向かう。周りの同級生を見やるが、誰も彼もが緊張しつつも誇らしげな顔をしている。この学校割と偏差値高いからな。嬉しさもあるんだろう。この高校から就職するにしても結構な大手に就職できるし推薦だってより取り見取りだ。ここに入って卒業まで持って行けるなら勝ち組街道まっしぐら。その分入るにはイカれた倍率を潜り抜けないといけない。


俺?この高校に進学するって決まったら真宵先輩と工業科の発明オタク、あと商業科の金持ち呼び出して勉強教えてもらったよ。くじ引きで決まった。お前らの取り決めでこの高校になったんだから手厚いサポートしろやって恐喝まがいのことしたら突如として大乱闘が始まったので厳正なる俺作くじ引き戦で勝敗を決した。その後嬉々として教えてくれたけど、他からの連絡が怖い事怖い事…。まぁ、そのおかげで入試は突破できたからいいんだろう。まぁそんなことが周りに知られたら殺されるんですけどね!へっ(諦観と皮肉)


脳裏を過る勉強会と称した圧の掛け合いとナチュラルボーンジーニアス特有の「なんでこの程度を理解できないんだろう」というピュアな疑問が俺を突き刺す拷問みたいな時間は確実に俺の学力を上げたといっていいだろう。真宵先輩が一番まともだったが他二人のストレスがパなかった。二度と頼まん。てかよぉ…!なんで俺を生んだクソババアはそこらへんを教えてくれなかったんですかねぇ!精神を大人にするならついでに知識も詰め込んでくれよ…。えっ?その方が好かれやすいだろうって?はーっ…死ね。…死んでるわ。生き返って死ね!(過激派)


脳内で真顔でピースする自分の都合がいいように生み落としてくれやがったクソババアに中指を立てていると自分が座るらしい椅子に付いた。


さて…


始まる入学式。お決まりの礼やラ校長の話を聞き流しつつそっと周りを見やる。


いる。


ゆっくりと周りを見回してみればやはり当然の如く舞台横に真宵先輩が佇んでいる。生徒会長様だからな。居て当然だろう。落ち着き払った様子で髪を耳にかけながら手元の紙に目をやり…ふと此方を向いた。


「(あ、どうも)」


目が合ってしまったので軽く会釈する。真宵先輩はこちらの会釈に微笑みながらもそっと、人差し指を横に振る。あ、はいちゃんと聞けってことですね…。


わかってますよーといった風に校長に顔を戻すが生憎俺は学ばない人間。横目でちらりちらりと周りを見る。

真宵先輩以外在校生で集る人間は…誰もいないな…。となると…。


何処だって校長先生の話が長いのは変わらないらしい。早速ダレるヤツもいる。まぁ俺にとっては好都合。探させてもらうぜ…。


俺が探しているのは同じく入学生の奴等…まぁ異才鬼才を放つヤツ。俺が此処に入ることになってから同い年のヤツはガッと此処に進路を変えた。おかげでやばい程にレベルが上がったらしいが…そんなことはどうでもいい。大事なのは俺が制御できる人間かあるいは関わらないようにできる人間かどうかだ。


クラスの中にはいなかった。これは確実。なにせ俺を見てもクラスの人間は遅刻ギリギリに来た阿呆という目をしていた。すごくいい。まともな目しかなかった。俺をこう…肉食獣が生肉を目の前にぶら下げられたみたいなエグ目の眼光がなかったというだけで安心できる。つまり俺はさっそくクラスガチャでSSRを引いたことになる。


となると問題は他のクラスだ。居るはずなのだ…どこかに…!いやもしかしたら出席してないだけかもしれない。ちらほら椅子の空きがあるのが見える。入学式をバックレる人間なんて不良かネジが外れたヤツしかいない。


そうやってゆーっくりと見回す。おっと俺を不審な目で見ないでくれよお隣さん。マジで死活問題なんだ。もしかしたらアンタの学校生活も台無しにされるかもしれないんだぜ?一緒に探してくれよ。こう…周りの目なんて気にもせずにこちらをガン見してるヤツとかな。例えば…ほらあそこのヤツなんか……あっ


目が合う。まさしく周りの目なんて気にせずにこちらをただひたすらに見つめる目。首だけがこちらを向いている。見ろよ…後ろに居る子めちゃくちゃ怖がってんぜ。わかるよ。一切の瞬きすらしないで此方を見ているからな。しかもアレ、首の可動域ギリギリじゃないか?少しでも回したら首折れそうなほどだ。イカレてる。奴だろう。


此方を見る女。身長は俺より少し高いぐらいか、セミロングで前髪が顔に掛かっている。第一印象として暗い女、そう感じるだろう。モノクロ、そう形容できるほど黒と白しかない配色の女だ。そんな女がこちらの視線に気づいて、ニタリ、笑った。


バッと目線を下げる。幾ばくかの息を落ち着かせて心の安寧に努める。身の毛がよだつほどの悪寒がした。蛇に睨まれたみたいだ。獲物、そう言われた気分だ。だがしかし、ここで負けてはいられない。俺の高校生活が幕を開けたばかりなのだ。生憎朝は最悪なスタートを切ったものの、ここでも怯んでいるわけにはいかない。


俺はキッと顔を上げ、その女を睨みつける。手がかすかに震えるのを意思の力でねじ伏せてスッと目線を交差させる。気分はオークに抗う女騎士だ。いつから俺は凌辱役になったのだろう…。


女は俺の様子に幾分か驚いたようでかすかに眉を上げつつもしかし笑みは消さず瞬きもせず見つめ合う。


「(ま え を む け。あ と で 相 手 す る)」


見つめ合ってばかりじゃいられない。致し方ないし不本意だが俺という人間はこういうヤバイヤツに対して特攻成りえる。実体験だ。俺は最低限の自由を得るために俺自身を切り売りすることである程度制御させることができるという術を身に付けざるを得なかった。具体的に言うなら仕事みたいなモンだ。絡んでくるヤツに昼遊んでやるから夜は休ませろといい、あるヤツにはお前と一緒に遊ぶために他のヤツを牽制しろと言ったこともあった。ドストレートに言えば、齢4,5歳にして労働時間が発生したといっていいだろう。ちなみに残業はあった。なにせ、この仕事、相手が満足することが終業の合図なもんでね…。付け加えるなら給料は出なかった。無給で無休の残業アリというド級のブラック、ドブラック労働をしていたのだ。


そんな過酷労働はどうだっていい。大事なのはそのせいでイカレポンチ共を顎で使う技術を身に着けたという事。俺の口パク、伝わったかどうかは言うまでもない。なにせ相手はナチュラルボーンハイスペック。平然と心を読み、かすかな動きから「妙だな…?」と推察してくる奴等だ。お前ら探偵向いてるよ。実際に探偵やってるやついるけどな!へっ!(皮肉)


此方の意図を読み取ったのだろう。同じく口パクで何かを喋る。


「(わ か っ た よ マ イ ハ ニ ー)」


たぶんこうだ。っつーか誰がハニーだ!知らん女にハニー宣言されるがそれはともかくどうやら分かってくれたらしく首を前へと向き直してそのまま何事もなかったかのように佇んでいる。ひとまず、目の前の女は対処した。今のところ周りにはこの女以外にいないらしい。見えてないだけなのか、それとも本当にいないだけなのか。校舎だったらいいなぁ。いや絶対見えてないだけなんだろうなぁ…。しかし、見えないという事はいないと同義なので現実逃避気味にほっと一安心する。


このまま何事もなく終わってくれたら…そう思った瞬間に猛烈な嫌な予感がした。


フラグが立った。そう表現できる第六感が激しく警鐘を鳴らす。俺に備え付けられたシックスセンスは俺の身の危険以外でその真価を発揮する。具体的に言うと天才共が危機に陥った時や俺がどうしようもない状況に陥ったとき。いつも手遅れな時に警鐘を鳴らす激遅シックスセンスくんだ。


それが起こったのは、生徒会長たる真宵先輩が壇上に立とうとした時の事だった。


だぁん!!!!


盛大な音共に何かが床へと叩きつけられる。


それはスピーカーだった。体育館のステージを挟むように上に設置された長方形、目算2m弱の音響設備。それが真宵先輩が先程居た位置に落下している。見るも無残な姿となったスピーカーは進行を務めていた先生のマイクから拾った音を不快な音へと変換し繰り返していた。


明らかな事故だ。周りはどよめき少しずつ、少しずつ距離を取ろうともみ合い次第に混乱へと発展していく。スペックが高いとはいえ、まだ子供。冷静な対応を出来る人間なんて極僅かだ。次第にパニックとなっていく。

直近にいた真宵先輩はもっと酷い状況だ。おそらく破片が飛んだのか片腕を押さえている。幸い顔には飛ばなかったのだろうが、苦悶の表情が浮かんでいることから無事ではないことが明らかだ。すぐさま先生へと連れられて体育館を後にした。


だがしかし、俺の嫌な予感がした直後に起きたこと。しかも真宵先輩が怪我をした状況というのがどうもキナ臭い。思わず、此方をじっと見つめていたモノクロ女を見るも女は真顔で此方を見ていた。何か知っているのか、あるいは何か心当たりがあるのか…俺はすぐさま口を開けて手早く要点だけを抜き出した。伝わるかどうかはこの際どうでもいい。


「(ト イ レ)」


相手の反応を見る間もなく人込みへと紛れ込みそっと体育館から抜け出す。体育館に入る時、体育館のはずれには古びたトイレがあったのを覚えている。今は入学式で在校生はいない。屯している人間はいないと判断してのことだ。


トイレの個室へと入り数分。ノックが二回。


「……俺の名前は?」


「篠傘 怜だろう?私をこんな人気のないトイレに誘うなんて…君も獣だねぇ?」


「うるせぇそれ言うなら逆だろ。俺が今までどんな生活してきたと思ってんだ。人生の大半が肉食獣に食われる生肉の気分なんだよ。それも特上のA5和牛のな」


「まぁまぁ…それについて把握している。君の人生がどれだけ犠牲になっているのかもね。そんな実情を理解してこの学校に来たんじゃあないか。君の助けになりに来たんだ。そこだけは間違いようもない事実さ……ところで開けてくれないのかい?」


聞こえの良い事を言ってくれる…。その甘言に釣られてばかりじゃ俺はここまで生きていない。


「わかったよ…変なことすんじゃねぇぞ?」


そう言い含めながらトイレの扉を開く。


そこにいたのは、やはり先ほどこちらを見つめてきた女だった。にたりと笑みを浮かべる様に悪寒が走る。


「やぁやぁ、マイハニー。クラスは違うが君の同級生という光栄を賜った普通科一年B組、黒柳 飛鳥。呼び捨てにしてもらって構わないよ。ちなみに私の才は言うなれば『人身支配』。あの会長とは別ベクトルだがね」


別ベクトル…ねぇ。確かに真宵先輩は人を先導することに長けている。人身支配といってもいいくらいだ。でもあれはあの人の人格によるものだろう。でも此奴は…


「お前はどうやって人を操るんだ?」


「名前で呼んでくれて構わないよ。私のやり方は洗脳や誘導…そういうものに近いかな。相手に気づかないうちに刷り込みを行うような」


「害悪も害悪じゃねぇか」


なるほど。洗脳タイプかよ。


「おやおや…君が言うのかい?私のコレだってもって生まれてきてしまったものだよ。君と同じように…ね?」


はぁ…、そういうってことは俺の事情を知っているらしい。どうやって知ったかは知らないが…いや、今はどうだっていい。聞きたいことがあるんだった。


「アレはお前がやったのか?やったって言うなら金輪際関わらねぇぞ」


「名前で呼んでくれ給えよ。それは酷いな…確かにアレは私にとってライバルが減るというとても都合のいい出来事だが…私ではない…というよりあそこまでやれるほどの下地を作れていない」


「下地?」


「あぁ、私の才はどうやっても時間が掛かる。対話して相手に刷り込みを掛けて、徐々に馴染ませて操っていくんだ。私、君と同じように今日がこの学校初めてだよ?さすがにあの数瞬で仕込めることなんてそうないさ」


なるほどな。ひとまず納得する。というからには多少あるんだろう。警戒は解いていない。


「じゃあ誰だっていうんだ。俺結構怒ってんだぞ。あの人はお前らの中でもマシな方なんだからな」


「名前で呼んでくれたまえ」


「…しつこい。飛鳥、これでいいかよ」


「…うん!OKばっちりさ。録音も出来ている。それにどうせ聞こえてるんだろ…ふふっ私が一歩先んじたね」


何言ってる…と思ったが多分これを奴らだろう。どうせ監視されている。盗聴か…盗撮か…牽制ってことかい。今はそういう場合じゃねぇだろ。


「重畳、重畳。さて…君の役に立てるならそれ以上の幸せはないからね。早速私の推察を語ろうか。間違っていたり指摘できる部分があるなら言ってくれたまえ」


そうして朗々と語り始める。ほんと、そういうとこがある。自分に酔っているというか…自分の世界に浸るヤツばっかだ。とやかく言ったところでどうにもならないから流すけどうんざりするんだよな。


「わーってる。ただ俺も都度挟んでいくぞ。お前の話が合ってるとは限らんしな」


俺の顔を見てチェシャ猫みたいな笑みを浮かべる。気色悪い。そんなにお気に召したかよ。何でもかんでも疑ってかからんと今まで生きていけなかったんだよ。悪いか。


「さて…まず第一に普通科の者ではないだろう。というより、あんなことを仕込めるのは商業科か工業科どちらかだ。それも先輩だね。少なくとも一年生が仕込めるものじゃない」


「理由として、会長があそこに立っていることを事前に知っていなくてはいけない。つまりリハーサルや練習、その会議等であそこに立つことを知っていたということだ。こう考えると入学したての一年生の線は消える」


「次に学校の設備についてだ。此処は一応超名門と言われるところ。金持ちや有名人が多く通っている。あぁいう事故は起こっていいはずがない。もし子供に怪我したら大きな責任問題になる。それほどまでのお坊ちゃんお嬢様が居るわけさ」


「つまり、被害が会長だけに行くようにしていた。そして、最新の設備を態々計算して落ちるように細工した。この時点で君のライバルを蹴落とすためにやったってことが大体確定する。此処まではいいかい?」


言われたことは大体納得できるモンだった。だからそれに俺が思うことを追記する。


「あぁ、あとそれを出来るヤツは設備自体に詳しい奴か、金でごり押しすることが出来る奴か…考えられるならその二つ。だから工業科と商業科の二択だろ」


「うんうん。いいね。やはり君と話すのは実に楽しい」


「そりゃどうも。加えて言うなら俺と面識がある。というか俺が実際に話したことある奴だろう。真宵先輩と俺の仲が良いってことを知っている。それを知っている奴は、盗聴とか盗撮とか面倒な条件を抜きにすれば、先のこの学園に入るための勉強会を知っているヤツだ」


「なるほどなるほど…そこは知らなかったね。いや予想はしていた。君の学力じゃ到底は入れるわけないからね。裏口入学なんかも考えていたが…そうかそうか、君は頑張ったんだね。よしよし…」


「撫でんじゃねぇはっ倒すぞ」


「はっ倒されてもいいよ。君にならね」


頭を撫でられてムカついて叩き落とすも、まるでそれさえも見越したように優しい目を向けられる。なんだって…いや此奴らからしたら俺はガキ見てぇなもんか。とやかく言ったってどうにもなんねぇ。


「…っち、問題はこれからどうするってことだ。正直俺は許さねぇぞ。いや、これを見聞きしてる奴にも言っとく。俺が傷ついたり苦労したりする分にゃ構わねぇけど、他を巻き込むなら話は別だ。真宵先輩はまともだけどそっち側だ。正直2割くらいは信用していない。逆に言えば8割信用してるがな。でもさっきのはダメだ。例え計算で真宵先輩以外怪我しないとしても…まともな人達を傷つけたら俺はお前らを使ってソイツにGOサインを出す。ってかぶちのめしたヤツにご褒美を与えたっていい」


俺は今回の方針を述べた。俺は天才共の行動を抑えることは出来ねぇ。そんなの命がいくつあっても足りねぇ。でも周り、それも普通の人達に迷惑が掛からないように必死になってるのは事実だ。天才共は平気でそういう人を踏みにじる。蹴り落とす。俺を手に入れるためならなんだってするってのは実体験だ。でも、俺が本気で居やがることをする奴はめったにいない。これでもめったにという言葉がつく時点でお察しだ。数えるほどしかいねぇ。まぁそれもこうして俺が意見表明しちまえば共通認識として広まる。


「ほうほう!こんなことした人が明日…いや、午後にでも悲惨な姿で発見されそうだね」


「こんだけばかやったんだ。当たり前だろ」


「なるほどなるほど…肝に銘じておくよ。ただ…それを言うなら私も悲惨なことになりそうだ」


「…あぁそうか。お前人を操るタイプか。うーん…、直接的な被害がなければいい。どうせここで釘差したら裏でゲロほどあくどいことすんだろ?なら若干許容する…仕方ねぇけど」


「うんうん、理解ある彼君で助かったよ…おっと」


突如、目の前の陰険女が顔を横に倒した。瞬間、トイレの扉から刃物が飛び出す。古いトイレといっても結構厚めの扉が貫かれる。刃渡りが十センチもありそうなエグ目の奴だ。その刃は飛鳥の顔数ミリをかすめて、数本の髪をはらりと落とした。


ちなみにいうと俺の鼻先数センチに切っ先がある。ははっ、死ねる…。


刃が抜かれる。飛鳥が後ろ手で鍵を開けたのだろう。ぎぃっと扉が開いて俺を殺しかけた下手人が姿を現す。


袴姿で手に日本刀を持ち、剣呑な目で見つめるポニーテールの女がいる。身長は高く、体感にブレがない。その姿、その雰囲気、その出で立ち…スポーツ科、それも剣道部の奴だろう。にしたってなんで日本刀持ってんだよ。銃刀法違反はどうした…!


引きつった頬で問いかける。


「ど、どちらさまで?」


「スポーツ科2年A組剣道部所属姫咲 立花。やっと会えたな。怜」


親し気に話しかけてくる狂気の女。俺の学園生活は初手からどうも上手くいかないらしい。


なんたってこんな…


ははっはっ…引き攣る笑み、それを見た陰険女が苦笑した。あぁうん…ちょっとだけお前の好感度が上がったよ。


顔すら知らない女が日本刀持って未遂ながら襲ってきたという事実に俺は白目をむいた。

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天才達の生存競争 海月のれん @kuragenoren

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