天才達の生存競争
海月のれん
第1話 作られた男
天才。
それは人間という種が世界に台頭し始めたときから存在する一種のバグだった。
毛や爪、牙や筋肉が退化し、引き換えに知恵と数を手に入れた人間が有意的に無作為を引き起こすことで生み出すことができる最高点や特異点を指す。
現代で親ガチャや才能ガチャと呼ばれるソレは、人間が今まで所持していた生き物としての強さを引き換えに獲得したバグの一つであった。
人類間で生み出された最高種の生き物、思考回路や身体能力、理外の運にジャンルを超えた才を持ち、果ては説明することもできない埒外の力さえ持ってしまう。人間を次のステージへと進めるスイッチとなり、共通して役目と思われる偉業を残すと死んでしまうという特性をもつ。
しかし、天才とは人類種の最高点であり、つまるところ、常人が1を知るところに、10や100を知ることができるということだ。
天才達は自分達の存在意義を容易に理解し、自分達の運命を超越しようとした。これこそが人類種の2つ目のバグであり、人類種を次の人類へと進化するトリガーとなる。
天才は孤独であり、理解されることはない。
天才は不幸であり、幸せを求めたがる。
天才は天才であり、思考に対する蓋然性が極めて高い。
天才は人間の枠の中で生み出された化け物、そのものである。
しかし、彼ら彼女らはどこまでも人間の枠にしかいないからこそ、人間としての生活で孤立することに心が耐えられない。そのストレスが、人間を次に進めるキーとなる。
天才はどこまでいっても、人類種を進化させるという役目から逃れられないからこそ、その役目内で自身の欲を満たそうとする。
天才はヒトである。
天才は………
――――――――――
ppp、ppp、ppp、p(バンッ
「うっせぇなぁ〜…」
目を開ける。目覚まし時計を掴んで見やれば、針は両方6を指していて、月曜の朝というこの世で一番かったるい一日の始まりであることを知らせていた。
「あ"〜、ねむっ」
欠伸をしながらベッドを出る。まだ肌寒さが残る朝、春の入り始めたるこの頃は、どうにも暖かさの中に妙な寒さがあって嫌になる。まるで冬が足を引っ張ってるようだった。
けだるさを堪えて、学校に行く準備を進める。つっても、ただバッグに昨日のうちに詰め込んだものがあるかを確認して、持っていくだけなんだがな。
廊下に出て、玄関近くにバッグを投げて、洗面所に入る。顔を洗って、歯を磨いて、ひとしきり眠気を飛ばしてリビングに。
誰もいない部屋、部屋の隅には遺影が飾られていて、無表情の女がダブルピースをしている。ロクな写真じゃねぇ。
「おはよーさん、クソババア」
そんな写真に中指を立てて、くたばってしまったクソッたれな母親に挨拶をした。
――――――――――
そういえばと、ゴキゲンな朝食を食べながら、充電しっぱなしで放置していたスマホを思い出す。
どうせ、たまってんだろうなぁ…返すの億劫なんだよ…。返さねぇと後がねぇのは俺のほうなんだが、毎度のことで嫌になる。
俺は朝食のトーストを咥えながら、暗憺なテンションで自室にスマホを取りに行った。
トーストから漏れる息は沈み切っていて、食んでるパンに塗られたイチゴのジャムの味すらわからないほどだった。ただ機械的に口に運んで栄養と化す。そういうマシーンだといっても遜色ないだろう。
そんなくだらない思考で頭を染め上げても、テンションが上がるわけもなく、ただ自室のコンセントの横に放置されたスマホが、ぴろんっ、ぴろんっと鳴り続けるのを自室の入り口から半目で見ていた。
手に取る、ロックを解除して、画面下へスワイプして通知を見やる。
一人目は案の定、紫桜 染華だ。どうせ、俺の借金がどうのという話なのだろう。それを盾にアレコレ言ってくるのがデフォルトだからもう慣れた。まぁ借金を返せる目途は立っている。今度こそは…な。
内容は、まぁ予想通りの借金完済の催促と融資、あと借金を減らす事ができる”お願い“がのっている。
無視してもいいが…正直、無視すると面倒臭いタイプの人間なのでテキトーに返す。というか俺の周りに居る人間で、無視して面倒にならない人間の方が少ない。
『返せる目処はある。それはそれとして”お願い“についてはわかった』
『今週日曜な』
テキトーに返す。爆速で既読がつく。待機してたのかよ…そう思いながらも、返済の目処が立ってることに関して、追求のメッセが届くも俺は無視した。言うつもりはないし、言ったら荒れそうだしな。
雑に放置して次
二人目は、千導寺 真宵だった。珍しいな…この人が連絡を残すなんて…俺はタップし、ログを見る。昨日の11時過ぎに送られてたらしい。昨日は少し疲れることがあったもんだから、普段は起きてる時間だったのを眠っちまったのだ。そこから、数分おきに連絡がきていて、12時半の『すまない、起きたら返事してくれ』というメッセを最後に終わっている。
手早く、寝ていて気付かなった趣旨のメッセージを返してから、要件に対する返答を考え始めた。要件は至ってシンプルで、明日、つまりは今日の入学式の後で時間があるなら、案内がしたいとのことだ。案内してくれるのはありがたいが、他の奴らに見られる可能性がある…というか十中八九見られるだろう。そして、揉め事になる。確実に。
俺に関わる人間なんてホントに面倒臭い連中ばかりで、世界は自分の思い通りになるという迷信を馬鹿正直に信じていて、それをできるだけの力を持っているという、驕りと能力が噛み合ってしまった最悪の人種ばかりだ。真宵さん…先輩か、真宵先輩はその中で比較的まともであり、ちゃんと話し合いをすれば理解してくれるタイプの一人だ。だからこそ、俺はこの人に対して、他の奴らよりいくらか対応がまともであり、それが他の奴らにとって気に食わないからこそ、真宵先輩と一緒にいるとキレたり不機嫌になるヤツは多い。ガキかよ…
俺は数分唸ってから、案内をお願いするメッセを飛ばした。そのメッセージを飛ばしてからものの数瞬で既読が付き、感謝の返事と入学式が終わり次第迎えに行くというメッセージが飛んできた。
「ちょっ…迎えはマズい…!」
俺は焦って、誤字りながらも迎えはいらないことを伝える。せめて、どっかで集合ってことにしません?そう言って…いくばくかの言葉の掛け合いの末、入学式が終わったら、職員室に向かって欲しいということで落ち着いた。
俺に拒否するという選択肢はないに等しい。それは俺がこの家に産まれた限り逃れられないもので、俺はこうして様々な厄介者に集られるのを耐えるしかない。
俺は鈍感じゃない、真宵先輩が俺に好意を抱いていることは理解している。いや、好意を抱いていないと微塵も思っていなかった。
真宵先輩が、ソレであるなら、俺に好意を抱かないはずがない。自身に満ち溢れてた言葉だと思うだろうが、そんな生半可なものじゃない。そんな明るく言えたらどれだけよかったか。
こんなの、ただの呪い以外の何物でもない。冒涜的で、人知を超えた、狂気の果ての産物によるものだ。
死にたいと思ったことなど、両手指では数えられないくらいにある。それも、思春期拗らせたようなものじゃない、本気の自殺願望で、実際に死のうとしたこともある。
まぁ、俺が今生きてる時点でお察しの通り俺は死ねなかったし、あんなことになるとは思わなかった。危うく両手足を奪われるところだったのだ。まさか両手足でオークション始まるとは思ってもみなかったしな。オークションに出そうとするな。何が公平だ。金を出すも出す方だ。価値を見出すな。何に使うんだ。てかまだ皮算用だろ。ぶった切る前提で話すんじゃあない。
「はぁ………カス」
心の底から出た罵倒が誰に対して言ったのかなんて決まっている。俺を生んだ母親だ。父親は知らん。顔も見てない。名前すらもな。ただ俺には、母親しかいなくて、ただあのクソババアを恨み続けるしかないのだ。
気を紛らわせるために、片手に持っていた食べかけのトーストを詰めこむ。頬一杯に詰め込んで、無理やり飲み込んでから、次の通知に目をやった。
三人目、雷堂 寧莉 キラキラネームで、ねいりと読むらしい。大量のメッセが飛んでいて、それは今も続いている。
『やっほーやっと見たね』
『そんな口に詰め込むと喉詰まらせちゃうよ~』
『いやなことを思い出したなら慰めてあげましょうか?』
ぴろんぴろんじゃない、ピロンピロンピロンとひたすらにメッセージを送り続けている。俺は怠くなって文字を打たず、口を開いた。
「うっせ、気にすんじゃねぇよ。てかプライベートを侵害すんじゃねぇ」
そういえば、即座に
『いまさら~?』
『もう諦めちゃいなよ~』
『ボクだけじゃないんだしさ~』
なんて、言葉が立て続けに返ってくる。俺はため息をついて、心底嫌そうな顔で頷き同意した。もう諦めるしかないからだ。どれだけ言ってもコイツ等は治す気配はないし、俺の人生を平気で踏み荒らす。そのくせ、俺がコイツ等の意にそぐわない行動をすれば、烈火のごとく怒り出すか、自分の思い通りに動かそうとしてくるか…はたまた…なんてのが日常茶判事だ。
「その点はいいんだよ…。通知音とかどうにかしろっつってんの。俺慣れちゃって、大事な連絡着たときとかに反応できなくなっちまったんだからさ。せめて、大量にメッセ送ってくるヤツの通知音は切ってくれよ…」
俺は懇願した。正直、スマホを俺が触りたがらなかったり、ベットの近くに置かないのは、近くに置けば通知音で起きてしまうからだ。例え寝てても来る大量のメッセージに悪夢に魘され、一時期発狂起こして、メッセージ送ってくる奴らを全員ブロックしたら、一人はブロックを解除され、一人はド深夜に家凸され、、一人は電話でたたき起こされ、一人は後日大量の高級贈答品を手に土下座しに、他数名が世間に大打撃を与えるレベルのことを唐突にかましたので、俺はコイツ等に下手に出るしかないのだ。俺を犠牲にしないとダメージを受ける社会を恨む。
『んふ、よろしい。君のその情けない顔に免じて、睡眠時間をみんなに知らせて、極力メッセージを送らないことを伝えておこうじゃないか』
「……あぁ、本当に頼む」
俺は胸に渦巻いている抱えているモンに蓋をして、スマホに向かって頭を下げた。これから新しく高校生活が始まるってのに、これからも俺の人生を食い潰されたらたまったもんじゃない。せめて、高校くらいは…自由を謳歌させてほしい。ただただそれだけだった。
『ふへ、うんうん、殊勝殊勝~』
「へいへい、ご命令通りに、お姫様」
俺は適当に相槌を打ってから……油断していたのか、いや…心に渦巻いていたものが漏れたんだろう、失言してしまった。
いままでぴろんぴろんうるさかった通知音が止む。いやな空気、俺は咄嗟にスマホから手を放して、耳を塞いでうずくまる。
『やめてよ』
『怒るよ』
通知音が鳴った気がした。
直後、大音量で騒音をまき散らすスマホ、自室に置いていあるパソコンが勝手に起動し、大きな音を立て始める。エアコンも起動し、遠くでテレビがついている。自室にいるのについていることがわかるほど大音量で番組が流れていた。
パソコン、スマホには大量に『怒るよ』という文字が羅列し、パソコンの別ウィンドウが表示され、そこには俺がうずくまって耳を塞いでこちらを見ている映像が流れた。
「わかった!わかったから!ごめんって!謝る!謝るから!今すぐこれをやめてくれ!」
必死になって叫んだ。見られている。理解はしていたが、こうして改めて突きつけられると、俺に自由なんていないことが淡々と見せつけられてるようだった。
俺は音に弱い。というより、幼少期のトラウマで大きな音が入り乱れる場所が苦手になったのだ。それも全部アイツ等のせいなのだが…あれは俺も悪い点があったからだと無理やりに納得している。
俺が怯え切った顔がパソコンに映し出されているのを見て十秒かそこら、電子音で構成された『一回で理解してよね~』という言葉に内心歯噛みし、渦巻く感情が喉まで出かかってるのを必死にこらえて、俺は謝罪の言葉を口にした。
「悪かった。俺は凡人だからな。過ちは繰り返しちまうんだ。だから、もし、もし次も同じことしたら、そのときは無能な俺を教育してくれ」
心にもないことを言う。ただその言葉を言うだけで、心が軋んで顔が歪みそうになる。それを必死でこらえて、これは必要なことなのだと自分に言い聞かせる。
いつものように、通知音が鳴る。
『しょうがないなぁ~』
『まったく世話が焼けるよね~君は』
「ははっ、すまんね。頼む」
俺は引きつった笑いを浮かべながら、ただ首を掻いた。癖になってしまい、もはや癒えなくなってしまった首のひっかき傷、それを手で押さえつけてから、俺は改めて学校に行く準備をした。
時刻は7:12。
俺の高校生活は、最悪なスタートを切った。
――――――――――
スマホを見つめる。
返事はない。既読も付かない。
「誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰」
誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ、わたくしのものに手を出した女は。彼はわたくしのものであることは理解しているはず。それを承知でわたくしの領分に立ち入った塵芥がいる。
わたくしが縛り付ける枷を外そうとしている人間がいる。それだけは許せない。許さない。彼が自力で返済することに意味があるのであって、誰かが代わりに返した金に価値はない。意味がない。
彼がわたくしのために時間を使い、労力を対価に得た彼の結晶ともいえる金銭にこそ、無類の価値が発生する。
つまりはわたくしが彼の時間を買ったということ、彼がわたくしのために時間を割いたということ、それ自体に意味がある。
それを他人が肩代わりした時間、金で解決しようだなんて許せない。そんな泥を塗るような真似をわたくしは許さない。
彼の行動は把握している。
彼はアルバイトなんて出来ない。何故ならアルバイトをしようものなら、身勝手な羽虫達が誘蛾灯に群がるように集まってきて、アルバイトどころではなくなるからだ。
彼は金銭を稼ぐ手段を持てない。絵を描けば台無しにされるか自分を描けと迫られ、文字を書けば酷評されるか的確なアドバイスと共に陳腐なものへと貶される。
物を作ればそれは奪われ、動画投稿なんてしようものなら羽虫達に群がわれ大炎上する。
他の稼ぎでもそう。彼は金銭を受け取る一切を妨害される。だからこそ、彼がわたくしに返済する手段なんて、わたくしが用意した“お願い”しかない。
それなのに、彼は払える目処がたったと言った。つまりは羽虫達の中の誰かに援助を求めたということだろう。まさか、この期に及んでアルバイトをしようとも思えない。
あの時のことを思い出す。彼が年齢を偽ってアルバイトしていたときに起こったこと。
スーパーのレジ打ちをやれば、モデルや話題の女優、バレーの逸材と呼ばれる羽虫が態々、たかだか一つ数百円のお菓子を1万円札で払い、レジの彼にダル絡みをする。
コンビニで働けば上記に加え、神童と呼ばれテレビにも出演する羽虫が買うものがあるわけでもなくコンビニに居座り業務の妨害をする。
倉庫のピッキングをやろうものなら、その倉庫を運営する会社のトップの羽虫に、視察と称して話し相手にされた。
カフェの店員をやれば、アイドルの羽虫やタレントの羽虫が店員を巡って喧嘩し週刊誌に抜かれたこともあった。
飲食店なんて以ての外。彼が作ったものが食べたいとごねだした羽虫達によって彼一人でキッチンからホール、お会計までやらされる始末。
彼には絵の才能があったために、絵を描いて収入にする用意をしたが、絵の道においてトップの羽虫に目をつけられ、挙げ句には彼自身と共に絵を貶され、彼はその羽虫のケアもしなければ状態となった。
他にも可哀想なほどに、そういった羽虫達によって無惨にされたエピソードに事欠かない彼のことを思うと怒りでどうにかなりそうになる。
「許せませんわ……わたくしの…わたくしだけの……」
それは彼が諦めて、援助を対価にナニカを差し出したということだ。彼のすべてに金にも勝る価値があるのにそれを差し出したということ。
わたくしだけの時間に泥が塗られる。わたくしだけのものに手垢がつく。今だってわたくしが忌々しくもしょうがなく認めた羽虫達が彼に触るのだって耐えているというのに…。
彼にはお仕置きをしなくてはいけない。どちらが上か今一度理解させないといけない。彼はわたくしや羽虫達と違って普通の人間で、過ちを繰り返す人だから。
そこが愛らしく愛おしいのだけれど、今回ばかりはオイタが過ぎますわ。だからこそ、これは教育ですわ。
わたくしはすぐさま、部下に連絡を取った。
「もしもし、地下、開けときなさい。あと今週の日曜は予定を入れないで。いつものよ。」
「えぇ、彼のことよ。口出ししないで、これは教育ですわ」
「えぇ、えぇ、わかりましたわ」
「それじゃあ……くれぐれも羽虫にバレるんじゃありませんことよ」
通話を切る。これでいい。これで、彼は従順になってくれる。
わたくしは来る日曜日のことを思い、上がる口角を必死に抑える。
抑えた手から漏れた言葉には、どうしようもない喜色が籠もっていた。
「彼ならわかってくれますわ。何故なら彼は……」
「わたくしのものなんですから…」
どうしようもなく歪んだ愛に溺れている。
――――――――――
スマホを一瞥し準備を進める。
朝、食卓に並ぶご飯と味噌汁、サケの塩焼きという少々味気ないものであるというのにとても美味しく感じられる。
ただ、箸を進め口に運んでいく作業にすらこれから考えられることを思うとどうにも頬がほころんでくる。
私、先導寺 真宵にとって彼が誘いに乗ってくれるということはすごく喜ばしい反面、とても申し訳なく感じてしまうから、私は必ず拒否してもいいという趣旨の文言を付け加えるようにしている。彼の時間が優先されるのであって、それを邪魔していいわけがないからだ。
だから私は彼がこうして我儘に付き合ってくれることにどうしようもないほどの喜びを感じているし、舞い上がってしまったからこそ彼にとってあまりよろしくない状況にもっていこうとしてしまった。
失格だ。人の上に立つ人間として、相手の気持ちを理解することは初歩の初歩であるし、相手の行動予測や思考予測くらいしなければ、先導寺家の名折れ。
私は緩む頬を両手で叩いて気合を入れてから、朝食を食べ終え朝の準備を入念に行う。
彼は私にとって必要な存在であり、お母様が残した言葉のためにも必ず先導寺家に迎え入れなくてはならない。迎え入れるとはいかずとも、その血だけは世に残していかないといけない。
悍ましくも愛おしい彼を想う。人でありながら人の枠から外れてしまった彼を想う。
可哀想な人、生まれる前から運命を弄ばれた人、この世で唯一生まれるべきではなかったと言われてしまう哀れな人。
篠傘 怜。篠傘 翠という化物から生まれてきてしまった化け物の子。
どうしようもない波乱の人生を生きる彼の手助けをしたい。そう思ったのは初めて彼に出会った日のことだ。
――――――――――
「いいかい、真宵。今から会う人間を人間とは思ってはいけないよ」
開口一番、そう言ったお母様の目はどこか焦っているようだった。
「あの理外のカスが、私を訪ねるなんてろくな事じゃないが…私達先導寺家にとってあのカスの動向を知るというのは治世のためには必要なことだ」
一体何を言っているかわからなかったが、とにかくこれからとんでもない人と会うことになるのは理解した。
「お母さま。今から会う人はどんな方なんですか…?」
気になって聞いてみたとき、応接間のソファ、隣に座った母は顔を覆って唸っていた。幾ばくかの後、言葉が紡がれる。
「……これから会うカスの名前は、篠傘 翠。世界にとって三つの偉業と二つの禁忌を犯した倫理観のない正真正銘の化け物だ」
私はその言葉にひどく驚いたのを覚えている。何故なら…
「篠傘 翠と言ったら、医学や生命工学において名のある方でしたよね…確か」
「あぁ。三大疾病の一つである癌の画一的治療法の確立、肉体年齢の延命治療の開発、そして、人間の心に関係する遺伝子の発見」
「それが、あのカスの偉業だ。癌の治療法はいわずもがな。癌は個人差が激しく、抗がん剤に対する耐性を持てば治療の確率は絶望的なものになるし、他の場所に転移する可能性もある。それをあのカスは治す方法を確立した」
篠傘 翠の話をする母は、その内容とは裏腹にとても忌々しく感じていることが容易に読み取れた。
「肉体年齢の延命治療、これは肉体の全盛期の年齢を伸ばすことが出来るというもので、老化が進んでも一時的に老化を抑制することが出来る。条件が揃えば若返りに似たようなこともできるらしい」
母はまるで自分が今話していることが、犯罪行為というような顔で、私に篠傘 翠の話を続けた。
「最後……人間の心を構成すると考えられる遺伝子の発見。これがカスの三つ目の偉業であり、一つ目の禁忌だ」
「禁忌…ですか?」
私はものすごい不安に駆られた。この先を聞いてはいけない。本能がそう囁いた。だが私はそれを無視してその先を望んだ。望んでしまった。
「カスが言うには、人間の心はおおよそ7つの特性から説明できるらしく、それに当てはめて考えるなら、その遺伝子の構成が変わることで、事実上人の心を変化させることが出来る……らしい。私はカスみたいに遺伝子学に長けてはいないし、そもそも得意とするジャンルが別だ。だが、カスがどういう事をしたのかは理解できる。それを知るための非道なこともな。別ベクトルで私と同等レベルだからこそ、私にはそれがどうやって生み出されたのかを背景を読み取れる。読み取れてしまう」
「心の変化……私達の家に伝わる秘術に関係するんじゃないのでしょうか?」
私は家に代々伝わる人心掌握術を思い出した。あれは特殊な方法で人間の心を読み解き、操ることが出来るもの。もしそれに関連するものが暴かれるなら、それは家の優位性が失われるということになる。私の懸念を母は一蹴した。
「違うな。あれは人の欠陥、信用と呼ばれる人類が必要と判断されたバグを使ったグリッチみたいなものだ。ヤツが言ってるのはシステムそのものに関わるコードの一つを読み解いてしまったということだ」
「……お母様の悪い癖です。私にはわからないことで説明する…」
私はぶすくれた顔をした。母はたまによくわからない言葉で説明する。それは母が趣味でやっているゲームのものらしく、幼いころから人の上に立つために勉強をしている私にとって、とても羨ましいものだったからだ。
「ははっ、すまないな。真宵も今の勉強を終わらせれば趣味に割く時間が与えられる。私の時は小学5年生で終わらせた。このままのペースだと…大体中学生になるあたりで、終わるだろう。それまでの辛抱だ」
母はそう言って私の頭を撫でてくれた。その手の温かさに、ぬくもりが心地よく、ずっと撫でられたいと思うが、母は私の頭をひとしきり撫でた後、私の頬を挟んで、真剣な表情で言った。
「話を戻す。いいかい。あのカスの二つ目の禁忌は、それらの偉業を成し遂げるために自分自身を使って実験したことだ。そして、その過程でカスは最悪な人の殺し方を編み出した」
「最悪な殺し方…?」
「他者の癌を他人へと転移させることが出来るもの。本来拒否反応が起こるはずのものをあのカスは拒否反応を無くす方法を編み出し、自分自身に転移させた」
「人にガンを移すことが出来る方法を編み出したのだ」
「そんな…ことが……」
「あぁ、だが実験に失敗はつきものだ。現にカスはその実験によるもので余命が幾ばくも無い。持って10年というところだろう」
「今から出会うのははそういう人間だ。どうしようもない、倫理観を持たない狂った人種」
「私達のような天才と呼ばれる人間の中でも一際異常な、ヒトの形をした化け物。それが篠傘 翠という人間だ」
「気を強くもて。カスは心の遺伝子を発見するために自身で実験を行ったことで、感情を表に出すことが無くなった。感情の伝達経路に異常が出てしまったらしい。ヤツの表情から読み解こうとするな。声だけを、内容だけを頭に入れろ。理解できなくていい。一語一句記憶しろ」
「わかりました…お母様」
私には一抹の不安がよぎった。いったいどんな人間なのか、そんなにも人から外れた人間がいるのだろうか。疑問さえ感じた。その人の顔を見るまでは…
「久しぶり、元気?」
無表情の女がいる。あの話から少し経って、応接間に案内された女性は私と同じ位の子供を連れ立っていた。
そこで私は初めて、人間に対して恐怖した。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
人間なのか?本当に人なのか?こんな『モノ』が人なのか?
無表情、それだけならただ愛想がない人、あるいはそれほど感情を表に出さない人という風に映る。
だが、目の前にいる人間にはおおよそ、その人達には存在する感情の些細な表出が感じられなかった。
何も感じない、何も伝わってこない。
今まで会ったことない人種、これまでの知識が通じない存在を前に私は固まるしかなかった。
同じく母も黙っていたが、それは私と同じ理由ではなくもっと別の理由からだった。連れ立っている子供に目を向け絶句している。手が震えていて、隣で感じられるほど喉の鳴る音が聞こえた。
「……ソレは《三つ目》か?いや《四つ目の禁忌》を犯したのか?お前はソレを見せに来たのか?お前は一体何を…」
母がここまで動揺するなんて珍しい。それほどまでに子供に対して衝撃を受けているらしかった。
「うん?…あぁそう。よく気づいたね。三つ目と四つ目。私も長くないから次代に託そうかなって。だからお披露目」
「託す…?ソレを…?お前はカスだカスだと思っていたが…まさかお前がそういうことをするなんてな…あぁいや、お前らしいのか…」
母はソファに身体を預けて、天を仰いだ。どうやら母にとってこれは許容できなかったことであるようだった。
私はようやく立ち直って、隣にいる子供、男の子を見て絶句した。
《わからない》
なにもわからない。違う。人である特徴もある。感情が表出する動きもある。どこか退屈そうで、この部屋にあるものが新鮮であるらしくきょろきょろと見回している姿は愛らしいものを感じる。
だが、《知らない》。
幼子がしていい仕草ではない。幼子がしていい表情ではない。細部に至るまでの動きがどこか機械的で、『大人』だ。
こんな人間今まで見たことなかった。無表情の女が人の枠から外れた化け物なのだとしたら、その男の子は初めて見た新人類という印象を受けた。今までの知識と会わない。初めてであるタイプの人。
子供の形に押し込めた大人、一番近い印象がそれだった。でもそれだけでは説明もつかない違和感がある。喉に引っかかるような違和感が。
彼はいったい何者なのだろうか。そう思っていると、母は私を紹介し始めた。
「はぁ…紹介しよう。私の子だ。真宵、挨拶なさい」
そうして、目線が私に集中する。私は二つの未知の視線に緊張しながらも、なんとか自己紹介をした。
「は、初めまして。先導寺家長女、先導寺 真宵と言います。よ、よろしくお願いします」
「うん。《劣るね》」
私に向けて放たれた言葉は毒が含まれているはずなのに、それを感じさせないほど無機質なものだった。まるでそれが当たり前のような、雨が降っていることをただ呟いたような。そんな声色だった。
「……一応、私と同レべルに育つと思っているがな」
「そう?そっか…得意だもんね。舞は」
「…それが私達が得意とするジャンルというだけだ。人の上に立つのはその副産物でしかないからな」
母と女は淡々と会話を進めている。私はそれよりも目の前の男の子に興味を持った。どこか惹かれる、その男の子に。女が男の子を見ていた私に気付いたのか、男の子の頭をポンと撫でた。
「………はじめまして、篠傘 怜です」
淡泊な言葉。妙に大人らしかったその言葉。口を開いて感じたのは、やはりちぐはぐということだった。大人をそのまま子供にしたような、見た目と思考が一致していないその姿はどこか歪だった。
その男の子は、目の前に用意されたお茶を飲んでから口を開く。
「コイツの代わりに謝罪するよ。噂でアンタらの事は聞いていた。急に合わせたい人がいるなんて言葉を聞いて有無を言わさず連れてこられてね。勝手がわからないんだが…人間として欠陥を持ってるってのは…ってそっちの女性はわかるか。だから、コイツのガキとして代わりにな」
「申し訳ない」
歪。大人としか感じられないほど流暢に言葉を話し、非礼を詫びるということをした。母はそれを見て、ため息をついてから…
「…わかった。わかったよ。すまんね、ソレ呼ばわりして。随分と大人じゃないか。どこで学んだんだい?」
「……強いていうなら《胎教》かな」
「へぇ、皮肉も言えるのかい。後悔はないのかい?」
「ないよ。というかできないが正しい。俺は生まれた時からこうだから、この境遇に疑問なんてない。よく言うだろ。欠陥を持って生まれた人間にとって、正常と呼ばれる人間もつ常識を理解することはできない。生まれた時から欠陥が正常なのだから、欠陥であることに気づけない。そういうことだろ」
「へェ…なるほど。気に入った。困ったら家に来な。どうせ理解しているんだろう」
「あぁ、そのときが来たらありがたく頼るとするよ」
私はまるで蚊帳の外だったが、それでも断片的に読み取れたことをつなぎ合わせて、焦る思考と少しでも会話に混ざりたいと思った私はこう口走ったのだ。
「お姉ちゃんって呼んでね!」
その言葉に三人ともあっけにとられ…直後彼は笑った。
「ははっ、そっか。そうだよな。あぁ年下だからな。お姉ちゃんか。そうだよ、お姉ちゃんになるよな」
「あぁよろしく頼むよ。姉さん」
ひとしきり大人のように笑ってから、彼は私に手を伸ばした。
「長い付き合いになりそうだからな。握手だよ」
「……うん!」
私はまだ子供で、彼は大人だった。私と彼では精神的な年は離れていて、どちらが年上か逆転しそうなのに、彼は嬉しそうに私の手を握ってくれた。私を姉だと認めてくれた。
「へぇ……、面白い子だね」
「あぁ…自慢の娘だ」
彼と女が帰ってから、私は応接間に母と二人きりになった。心底疲れたような、でも誇らしげな顔で母口を開く。
「あのカスが人に興味を示すなんてめったにない。その点で言えばお前は才能があるということだろうな」
母は眉間を手で揉んで、思案にふけっているようだった。数分経って口を開いたその言葉には後悔と不安、覚悟の声色が込められていた。
「…先導寺家の特技は理解しているな?」
「は、はい。人を見抜く審美眼です。その人の外見や口調、声や動きといったことから相手を読み取り、本質を見抜き、かつそれを他者からの文言からでも推測することが出来る。一度見聞きした人の個性や本質を忘れず、初めてあった人でも今までの情報から類推し、的確に読み解くことが出来るものです」
「あぁ、それを試して、あの子供はどうだった?あぁいや、女の方はいい。ただの化け物だ」
私は彼の初見の反応を思い出す。どう言葉にすればいいかわからなかったが、そのままで伝えることにした。
「わかりません…わかりませんでした。初めて見る人で…まるで最初に生まれた新しい人類ような存在と感じました」
「あと…」
「なんだ?」
私は言うべきか迷ったが、それでもいう事にした。母は私よりも経験があって思考が回る。こういう時は母を頼るべきだと思った。
「すごく惹かれました。どこか…愛おしく感じました」
あのときのあの感情。なぜだか感じたその感情は嘘偽りないもので、初対面の相手に感じるということを世間では運命の相手なんて言うがそういうものではなかった。あれはもっと…
「そうか……」
母は私の言葉を聞き終えて、一呼吸置いてある話をしてくれた。
「デザイナーベビーという言葉を知っているか?」
「デザイナーベビー…ですか?確か…遺伝子組み換えによって望んだ赤子を作ることが出来るSFの産物…だったと思います」
「あぁ、もうSFの産物じゃなく現実のものになってしまったがな」
「彼が……それだと?」
「あぁ、あのカスは三つ目の禁忌、遺伝子の組み換えによるデザイナーベビーを作り出した。それも完璧な知性や身体能力を持つ人間なんてものじゃない。もっと悪辣なものだ」
「悪辣…ですか?」
「あのカスは……」
「《私達のような人種を致命的なまでに惹きつける人間を作り出した》」
「私達のような…?」
なにをいっているかわからなかった
「ヤツは次代に託すといった。自分の血を後世に遺すためだろう。だが、アイツは人間として破綻していて、人間というより昆虫のような思考をする」
あたまからことばがはなれない。はきけがこみあげる
「アイツの行動理念は人類種の進化だ。アイツは次代に進化の種を託すことにしたんだろう。自分の寿命がもう長くないからな。自分の代では達成できないから次代に継承しようとしている」
こんちゅう、じだい、けいしょう…それがひとのかんがえること…?
「そのためにヤツは自分の血を遺すための選別を始めた。アイツは自分の子供に一定の条件を付けて生み出した」
せんべつ…
「自分と同じような才を持つ人間にとってあの子供は劇毒となるように。天才という血を、天才という存在を、人類のデフォルトとなるように」
てんさい
「アイツはやろうと思えばもっと早くやれたのだろう。だが今やった。つまり今の時代にヤツは遺すべき血があると判断した」
いま
「いいかよく聞け、真宵。お前が生きる世代は私達のような天才がそこらへんをうろつくような奇跡的な世代ということになる。それを機にヤツは実行したんだ」
「あのカスは現代でとんでもないことをしようとしている。古くにあり現代へと伝わったあることをしようとしている」
「アイツは、あの子供を生贄にした天才達の蟲毒を行おうとしている」
いけにえ
「いいか真宵。気を強くもて」
「これよりお前に拷問を行う」
「ご…うもん…?」
「あぁ、お前に篠傘 翠という人間の全てを教える」
「私が残したアイツに関する言葉や体験をすべてお前に伝える」
「役立て。生かせ。お前が生きる時代は地獄となる」
「天才達による生存競争が始まる」
「あの子供を手に入れた人間が次代の頂点に立つことになるだろう。いや…もしくは」
「あの子供の血が、篠傘 翠の血統が世にばら撒かれることになる」
「そうなってしまえば世界がどうなるかなんてとっくのとうに予想できる」
「あの天災が世界にばら撒かれ、その子供は篠傘 翠の遺志を継いで、同じことをするだろう。そうプログラムしていてもおかしくない」
「もし、お前があの子に少しでも同情するなら…」
「真宵、お前があの子の助けになれ」
「……わ、わかりました」
私は発せられた言葉、そのほとんどをその時は理解できなかったけど、声は震えていて泣き出しそうだったけど
「私はあの子を助けたいです」
それでも私は覚悟を決めた。きっと、それが彼の為になるのだと直感したから。
――――――――――
私は高校生になり母の言葉の意味を知った。
確かに、彼の周りには異常と呼べるほど稀代の天才と呼ばれる人間たちが集まっている。それは彼ら彼女らが、天才であるから引き寄せられたのだろう。
ただ一つ疑問があった。
「四つ目の禁忌」
呟く。三つ目はデザイナーベビーを指すのなら、母言った四つ目の禁忌とはなんなのか。母はそれに触れなかったが、一体何が禁忌だというのだろうか。疑問に思ったが、今はそれを置いておく。
大事なのは、今日、彼に学校の案内をするということだ。
私はひとしきり沈んでいた思考を浮上させ、学校に向かう準備を手早く済ませる。
さぁ、彼に会いに行こう。
―――――――――
「ふへっ、ホント…学ばないよねぇ…君は」
画面の中、ひどく怯えて引きつった顔をしている男がいる。
ボクの愛しい人で、同じ過ちを繰り返す愚かな人だ。
ボクは一度言ったことを二度も言わされるのが嫌いだけど、彼なら許せる。それくらいに彼に依存している。
初めてであったのはいつだったか。
あぁそう、彼の出生情報が何故かネットの奥底に眠っていてそれをサルベージした時だったかな。あれはたぶん彼の母親、ボクが敬意を払う人、篠傘 翠さんが仕込んだものなのだろう。
ボクは彼のスマホから盗聴しつつ、彼の情報をまとめたものをタブレットで閲覧した。
篠傘 怜
年齢 15歳
誕生日 6月16日
性別 男
………………
…………
……
つらつらと表示されていく情報の中から異色を放つものを見つける。
遺伝子の構造、これが普通の人間と違うこと。そして彼の出生情報の裏に仕込まれた情報は、ボクのような人間をあぶりだす手段の一つ、きっと他にも色々仕込んでいるのだろう。
そうした隠された情報を読み解いてわかること、それは彼がボクのような逸脱した人間にとって極上の甘露になり得るということ。彼はボク達ような人間の為に作られた人間だ。そうあれかしと作られた人為的な子供。いったいどうやってやったのか、その分野に詳しくないボクでも、それがどれだけすごいことか理解できる。どれだけ冒涜的なことかも。
彼はボク、いや…忌々しいことに天才という人種全体に対して極めて弱い。抵抗はできるものの、最終的には押し負けるように、負けるように作られている。
可哀想な人。それが篠傘 怜という存在だ。
ボクが尊敬する翠さんはなぜ彼を生み出したのか。そんなの決まっている。
《ボク達が世界で孤立している人間だからだ》
ボク達は人間社会で馴染むことが出来ない人達だ。それでも、人の枠であることに変わりはない。どれだけ偉才を持っていても本質的には人なのだ。
だから、ボク達は孤独でそれを癒すための存在を欲している。
でも、ボク達のことを理解してくれる人間なんて、同類であってもいないのだ。天才は天才に共感できない。それはボク達にとってとても絶望的なもので、ボク達が同族嫌悪する由縁でもある。
だからこそ、彼の情報を見た時、一目でわかった。
彼は彼単体でボク達の孤独を埋めてくれる存在ということに。
彼はボク達の為に作られたようなものだった。性格や思考、苦手なものから、異質な共感性、彼は人社会では生きていけないけど、ボク達の中では生きていける凡人。
ボク達に頼ることでしか生きていくことが出来ない破綻した人間。
それが彼だ。
彼を手に入れるためなら何だってするし、彼がボク達を置いていくなんて絶対に許せない。
なんたって、彼はボク達のためにいるんだから。
ため息を吐く音が耳を揺らす。少し前に彼に助けを求められた時のお礼に数十分囁いてもらったものを鬼リピ設定し、ボクは恍惚の表情で彼が生きる足跡を監視する。
ヘッドホンから伝わる甘い声に下腹部が疼く。
漏れる吐息は熱くて、重い湿気を纏っていた。
彼がボク達から離れないように。
彼がボク達を捨てないように。
彼の人生をボク達のものするために。
ずっと見てるよ。
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