散歩
椿生宗大
こんばんは
他学部の先輩と散歩に行った。先輩はお疲れなのか人気のない道を選択し続けた。僕は並べるところでは先輩の横の位置を歩いて、二人でくだらない会話に花を咲かせていた。僕の通う大学は海辺にキャンパスを構える地方の大学で、日没後にだらだらと歩いていると、街灯一つないやたら暗い道に遭遇することが多々ある。一人で歩けば感情的な気分に没入でき、複数人なら肝試し的な冒険に変わる好立地である。先輩と僕は同郷でもなく、また所属する学部も違う。僕たちは某SNSを介して出会った仲なのだ。元々繋がった経緯は何だったろうか。きっと僕の合格ポストに反応してくれて、僕からフォローしたはずに違いない。先輩は浪人を経験していた。初めて会ったときに当時の話を色々と聞けたのだが、実家から出て安い部屋を借りてバイトで生活費を稼ぎつつ宅浪していたという話だった。僕は元々浪人経験者へのリスペクトがあった人間だが、実際に浪人した人と話すのは初めてで、特殊なパターンであっただろうこの先輩のことに特に尊敬の眼差しで見ている。だからこそ、先輩が僕のなよなよした、女々しい態度に喝を入れてくれることなどがあれば毎度背筋が伸び、先輩のように男らしく逞しく生きていかないといけないという気持ちを持てるのだ。
漣の音が迫ってくる、砂浜近くの一本道で先輩と地元の話になった。僕は秋田出身で、先輩も同じく東北の出身なのだが、先輩は秋田に何があるのかあまり分からないらしい。お得意の地元トークである。僕は秋田の食、観光資源を列挙していった。そして、先輩が「横手焼きそばなんて目玉焼きのせただけだろ」など口を挟んでも続けて、秋田の良さを納得させたのだった。僕は親のお金で大学に通ってる身であるが、魂だけはずっと地元に残している気でいる。先輩が加えて質問してきた。「君は、秋田に戻りたいと思うの?」と。うーん、と考える素振りをしつつ、「戻りたい」と言うのには多少の葛藤があった。秋田には働き口が少ないのが問題であるからだ。僕はいつかは商社マンになりたいと淡い希望を抱いていて、中の中の地方国立大学に来て望み薄になった今でも尚、その夢に拘泥しているのだ。秋田に本社を置く商社などないし、目指したい企業で秋田に支店を置いているところなどもない。ただ実際、お金など生きていくのに十分なだけあれば良いと思う。年収にだけ囚われて激務を熟し、金に使われる人生なんてクソ食らえだと中指を立ててやりたい。そういう意味では地方で公務員をしてスローライフを送るというのは幸せの形として想像し易い訳である。僕は「先輩は地元に帰らないんですか?」と聞き返した。先輩は僕と同じ働き口の数に触れて帰るつもりはないと言った。なるほど東北人と言えど地元愛がそこまでの人がいるのだなと思った。そしてまた、学部卒で就職するつもりだし、と付け加えた先輩はやはり堅実な人間だなあと僕は感心しながら見ていた。
右に曲がれば直ぐに海に着くところを反対に進み、学内を通って集合場所にした正門に向かって歩いた。理学部棟と工学部棟には案の定ちらほら明かりが点いていて、数年後の自分は遅くまで実験に追われているのだという想像のは容易かった。この頃は全てに対して悲観的な感想しか持てない自分がいる。先輩はどうだろうか。2年分長く生きて、確かに僕より大人に近付いているように見える。僕は彼を後追いする必要がないことも知っている。だが、先輩のような尊敬できる人の形跡をなぞっていけばそれなりに明るい人生を歩めるのではないかと脳死で思い込みたくなるのだ。僕は本当に考えなしの臆病者である。
道中では何組かのカップルとすれ違った。僕の理論上では、愛すべき人を手に入れるには、安心して結婚できるような経済基盤を僕が有していて、お互いが愛によって適切な距離感にいることが必要なのだ。ただし、愛を育む前に恋を経由しなければならない。合理家的な考えを変に導入したがるからか、恋と軽視し、恋に落ちない自分の心を幾度となく恨んだ。そもそも僕が勝手に条件付けしているのが恋の妨げになっているのだと思い当たらない筈もない。しかし一向に態度を改めないのはやはり、自分の描く綺麗な世界に心酔したい気持ちなのからだろうか。僕はずっと自分の世界に囚われてしまうんだろうか。夢想家以上に夢の世界に取り憑かれてついには頭から意識が戻って来なくなるような気分がしてくる。先輩は僕がこんなことを考えてるのに気付かずに淡々と前へ歩いていく。時々独り言のように僕に話を振りながら、散歩を楽しんでいた。僕は羨ましかった。この星空の下を何にも邪魔されることなく歩いて見える先輩がどうにも絵になって、敵わないと思っていた。先輩とのお別れは近付いていた。階段の先には正門前の広場があって、そこに着いたら解散することになっていた。
広場では陰になっているところで寝転んでいる学生がいた。僕はそんな人間にも羨望の眼差しを向ける習慣があった。キョロキョロして世界の至る所に存在する綺麗な場所を探しているうちに、人の充実してそうな雰囲気を見つけるのも得意になってしまった。或いは幸せそうだと決めつけるのだけはやくなってしまった。僕の解釈する世界で他人の動きに意味付けするのは僕の頭の働きに依るから誰も文句は言えない。すれ違った若い女学生も、夜遅くまで研究に励む工学徒も皆幸せに違いなかった。僕にないものを持っている。羨ましい。僕は常に無いものに目を向けて、目の前のことが疎かになりがちだ。先輩が時計を見て口にした、「じゃあ」という言葉に会釈し、僕の家とは反対方向に去っていく背中を思い描きながら味気ない帰路についた。
散歩 椿生宗大 @sotaAKITA1014
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