師弟で稽古
ダリウスとの鍛練を終えたリオネルは、数分ほど休憩がてらにオルディーネが剣を振っている様子を眺めていた。
その際に「力が入り過ぎてる」「前より剣筋がブレなくなったね」などと指摘したり、褒めたりしながら、地面に描かれた円の外で「大剣を振るなら——」と、自身の持つ剣でレクチャーしつつオルディーネに指導する。
そして、オルディーネが一息ついたところで「さあ、やろうか師匠」と言ったので、リオネルは剣を手にしたまま円の内側に足を踏み入れた。
「俺は騎士を辞めたから、もう殿下の師匠は名乗れないと思うんですが」
「関係ないわ。リオネルが騎士を辞めようが、私の剣の師である事に変わりはない。いつもの調子でやってくれ」
「あとで不敬罪だとか言わないでくれよ? オル」
「やっとその名で呼んだな。では、始めようか。遠征で鍛えた腕、とくと見るが良い」
「期待しとくよ」
そう言って、オルディーネが両手で持ち上げた大剣に、リオネルは軽く剣を合わせた。
カチンと音が鳴り、始まる師弟による稽古。
大剣を振るオルディーネの剣速はリオネルやダリウスに比べるといささか緩慢な物だったが、その速度差を埋めるために、オルディーネは一切動きを止めなかった。
体を軸に回転を多用して、大剣の手数の少なさを補っているのだ。
相手がリオネルでなければ、受けるどころか、避ける事もできずに刃の嵐に巻き込まれて刻まれていた。
そのリオネルにしても、真正面から受けては剣が折れると判断し、刀身を傾けてオルディーネの剣を滑らせ、いなしている。
しかし、やはり実力差はあって、オルディーネが剣を薙ぎ払ったのを跳んで避けたリオネルは、隙のあったオルディーネの頭頂部に手刀を叩き込んだ。
「あいったぁあ!」
「薙ぎ払う時に力を込めすぎると次への攻撃に繋げられないって言ってきただろ? ほら次、掛かっておいで」
「言われなくても、やってやるわよ!」
とは意気込むが、オルディーネが隙を見せるとリオネルは容赦なく弟子の頭に手刀を見舞ったり、背中を引っ叩いたりしていた。
それを見ていたフィオナが「あの。お姫様にあれは大丈夫なんですか?」と、リリアを挟んで向こう側に立ち、稽古の様子を見ながら苦笑しているダリウスに聞く。
「殿下とリオネルはいわば師弟の関係です。殿下が強くなるためにそうするように言っているので、一向に構いませんよ」
そう言って、フィオナに聞かれたダリウスは微笑むと、フィオナではなく、リリアに視線を落とした。
幼い少女がリオネルの手捌きを真似しているのが見えたのだ。
速度などは全く比にならないが、リオネルの剣を真似しているというのが、分かるくらいには正確にリオネルの手の動きをリリアは模倣していた。
「お嬢さん、剣に興味があるのかい?」
「分かんない」
「そうか」
リオネルが剣を教えれば上達しそうに思うがと、口には出さず、ダリウスは視線を稽古中のリオネルとオルディーネに向けるが、丁度その時、オルディーネが剣を振り上げた。
その攻撃はリオネルからしてみれば致命的。
もちろんオルディーネが、である。
「はい、死んだ」
呟きながら、リオネルはオルディーネの振り上げを半身になるだけで避けると、臀部に蹴りを入れた。
致命的な隙を見せた時の、いわゆるお仕置きみたいな物だ。
側から見れば確実に王族への不敬罪で死罪になりかねない。
「ぐおぉ。貴様。いや、私が悪いな。すまない」
「振り上げはどうしても隙が出来る。使うなとは言わないけど、使うなら敵の反撃は絶対考慮しないと」
「はい」
素直に返事をするオルディーネに「じゃあ、もう一度」と、容赦なく戦闘続行を促すリオネル。
そんな二人を見ながら、ダリウスはリオネルやオルディーネが城の練兵場で稽古していた頃を思い出していた。
そして「この子がいなければ、まだアイツは騎士でいたのだろうか」と、僅かな寂しさを感じながら、ほんの微かに殺気を込めて、リリアの座っている椅子の背もたれに手を掛け、同時に腰に差していた剣の柄に手を掛け、剣を抜いた。
その剣で、ダリウスは先程までオルディーネと稽古をしていたはずのリオネルの、自分の首を狙った強烈な刺突を受け止めた。
「どういうつもりだ、ダリウス」
「すまない。試すような事をした。お前がどのくらいの覚悟で父親をやっているのかと思ってな」
「あ、あれ⁉︎ こらダリウス! 邪魔するな馬鹿タレ!」
先程まで剣を合わせていた筈のリオネルが、瞬き一つの間に目の前から消え去り、いつの間にやら離れた位置に立っていたダリウスに剣を向けていたのを見て、オルディーネが怒号を飛ばす。
その声を聞きながら、剣を納めると、ダリウスはリオネルが剣を向けたと同時にリリアを両腕で抱きかかえたフィオナに向き直って頭を深々と下げた。
「私の僅かな殺気にこうまで反応出来るとは。貴女も随分な修羅場をくぐっているようだ。申し訳ありませんでした。本当に、ただ私は——」
焦ったような、恐怖に慄いたような、そんな表情でリリアを守ろうとして抱きしめているフィオナに向かっても、ダリウスは深々と頭を下げて謝罪の意を示す。
この時、ダリウスはリリアと目が合ったのだが、リリアはただジッとダリウスの目を見つめていた。
感情はないが、どこか怒っているような目付きだった。
「ダリウス! お前がそんなんでどうする! 私は師匠に別れを言いに来たのだぞ!」
「殿下。申し訳ありません」
「はあ。すまなかったな、リオネル、フィオナ。此奴には私がキツく言っておく。許してやってくれ」
「殿下に免じて、今回は許すよ。だけどダリウス、君だろうと、俺の家族を害するなら戦う。覚えておいてくれ」
「今後一切、このような事はしないと誓う」
そう言って、ダリウスは再びリオネルに頭を下げた。
こうして稽古は終了。
ダリウスとオルディーネは一夜を過ごすために村の宿へと向かっていった。
次期騎士団長候補でしたが、子供を拾ったので騎士団辞めて子育てします リズ @Re_rize
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