第30話 王配ローラン殿下

 良かったね、とは、リカは言えなかった。マドロン本人が良かったと思ったちしても、他人のリカが気持ちを決めつけるのは何か違うと思ったからだ。

「さて、お開きにしましょう。お時間を取らせてしまって、ごめんなさい。『看病の魔女』アンジェリカ、その衣装と装飾品は差し上げます」

「え、でも」

 女王イレーヌは、かつては同じ家で育った姉。でも、さすがは女王陛下。金の使い道が違う。

「今後、社交的な場に出ることもあるでしょう。良かったら、お使いになって」

「ありがたいですけど……」

 リカは、自分の首元のチョーカーに手を当てる。

「このチョーカー、お手製ですよね? もしかして、女王陛下の?」

「なぜ、そうお思いで?」

 逆に、訊き返された。

着用つける前に見たんですけど、あたし達が小さい頃に教わった編み方をひと工夫しているように見えました。あたし達、王族の血を継ぐ女子だけに伝わる編み方です」

「……覚えていて、下さったのですね」

「あなたは着用つけないんですか?」

「もう、わたくしには必要ありません。つくってみたいと思ったから、つくりました。編んだ後で、そなたにふさわしいと思っただけです」

「あたしに、ふさわしい……?」

「長話をしてしまいましたね。さて、おいとま致します。ごきげんよう」

 女王イレーヌは侍女を伴い、広間から退出しようとした。

「言い忘れていました。そこのジャンは好きに使って下さい。ジャン、あの子達を守って差し上げて」

 かしこまりました、とジャンはかしこまった。

 イレーヌが出ていった後、マドロンが床にしゃがみこんでしまった。

「緊張したー……っ!」

 そんなマドロンを、ジャンはあえて立ち上がらせようとしなかった。

「まさか、女王様から呼ばれて、抱きしめられるなんて、思ってもみなかったわ! 女王様は気高くて庶民なんか目もくれない人だと思っていたけれど、どちらかというと、儚げで繊細なのね」

「仰る通りです」

 ジャンが答えた。

「女王陛下は、いつも気を張っていらっしゃいました。立場上、責任が重くのしかかり、若いのに苦労していらっしゃいました」

 ジャンの言い方は、以前から近くで女王陛下を見ていたような口ぶりだった。そして、その内容を、リカは他の者から聞いたことがある。



 ――妻は……人の上に立つ立場にいました。若いのに責任が重くのしかかり、いつも気を張っていました。



 カミツレの香をまとう、あの謎めいた男性からだ。別れた妻の素性は話さなかったが、内容は同じだ。

 ジャンはここにいるのに、あの男性はどうしているのだろうか。そもそも、彼は何者なのだろうか。

「女王様ね、泣いていたわ。演技でないと思いたい」

 イレーヌに抱きつかれていたマドロンは、気づいていた。

「演技ではありません。陛下は誰にも気づかれぬよう、隠れてよく泣いていらっしゃいました。気づかれていましたが」

「ジャンさんは、以前から女王陛下と知り合いだったんですか?」

 リカは、ようやく訊くことができた。

「ええ。とてもとても、直接話すような間柄ではありませんでしたが、面識はありました。俺がお仕えしていた旦那様は、王配おうはいローラン殿下……もう、隠す必要もありませんね。俺と一緒にいたのは、ローラン殿下でした」

 誰、と言いたそうなアルベールに対し、マドロンもリカもぽかんと口を開けて驚いてしまった。マドロンはしゃがみ込んだ床から、リカは椅子から立ち上がる。

「うちに来てたあの人、ローラン殿下だったの!?」

「ちょくちょく見かけた王子様みたいな金髪の人、ローラン殿下だったの!?」

「……ローラン殿下は、1年以上前に亡くなったのでは」

 アルベールが冷静に指摘した。確かに、世間では、ローラン殿下は他界し、女王イレーヌは喪に服すようになったのだ。

「色々あって、亡くなったことにしていました。女王陛下にも、そうお伝えしました。世間的には、その方が良かったのです。俺は旦那様を連れて、各地を転々としていました。そのうち、女王陛下には内緒で王宮の手の者が秘密裏に我々を探していることを知り、逃げ回る生活になりました。この村に来たのも、追っ手から逃げるためです。しかし、村を出たところで捕らえられてしまい、旦那様は……」

 ジャンは口をつぐんだ。

「すみません。あたしが余計なことを訊いたから」

「そんなことはありません。また会うようなことがあれば話さなければならないと思っていましたから。それはそうと、これからはよろしくお願いします。俺のことは、普通にジャンとお呼び下さい」

 ジャンは屈曲な体を屈め、従者らしい礼をした。

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