第25話 彼氏!?

 警察署の建物を出ると、目の前に豪華な馬車が停まっていた。

「お待ちしておりました」

 そこにいた人物に、リカは驚きを隠せなかった。

「ジャン、さん……!? なんで、ここに」

 顔を半分隠した謎の青年に従っていた大柄な男、ジャンがここにいる。貴族の従者のように綺麗な格好をして。

「俺だって、来たくて来たわけじゃないんです」

 ジャンが小声で、しかし鋭く言い放った後、はっとしたように言い直した。

「すみません、あなたが嫌いなのではなくて」

「大丈夫です。わかっています」

 以前会ったジャンは、主人である青年と共に何かから逃げている様子だった。留置場にいたせいで月日の間隔が希薄になっているが、おそらくそんなに日にちは経っていないはずだ。ジャンと青年の姿を見なくなってから日が浅いのに、ずいぶん会っていなかった気がする。

「乗って下さい。あなたを待っているかたがいらっしゃいますが、まずはご休息なさいませ」

 馬車に乗せられ、揺られるうちに、リカは眠くなってしまった。どこへ向かっているのか、誰が待っているのか、訊ねる余裕もなかった。

 馬車を降り、意識朦朧としながらどこかの屋敷に案内される。風呂にいれられ、真新しい湯上り着に袖を通し、充てがわれた寝所のベッドに横になった途端に、突き落とされるような深い眠気に負けてしまった。

 目が覚めると、見知らぬ部屋に陽光に満たされていた。充てがわれた部屋の質の良い寝具に包まれ、前後不覚に寝入ってしまっていたのだ。

「姉貴!」

「ミシェル……?」

「なに無茶してんだよ! たまには自分の身を守れよ!」

「……ごめんね。心配かけたね」

 リカはベッドから体を起こした。傍らの椅子に腰を下ろしたミシェルは、深く息を吐いた。

「俺は何ともないし。まあ、なんか、違う意味で騒ぎになってるけど」

「あたしのせい?」

「偶然、姉貴の件と重なったというか……」

 ミシェルは腕を組もうとしたが、思い出したように腰を浮かせる。

「というか、姉貴! いつ彼氏ができたんだよ! 働いてばっかいないで彼氏と遊んでこいよ!」

「待って、ミシェル。彼氏なんて、いないよ」

 食ってかかりそうなミシェルを落ち着かせようと、リカは疑惑を否定する。

「この屋敷、姉貴の彼氏のものらしいじゃん。姉貴と彼氏で協力して、ミシェルおじさんを町から連れ出そうとしたって、村で噂になってるぜ」

「彼氏……根も葉もない噂です」

「え、だって、彼氏だって、婚約してるって、屋敷の人が話してくれたけど。とりあえず、姉貴が起きたって伝えてくる」

 ミシェルは杖を使わずとも滑らかに立ち上がり、杖をついて部屋から出ていった。

 その後が、嵐のように目まぐるしく、あれよこれよと色々なことが進んでゆく。

 リカは半ば拉致されるように、貴族の侍女のような女性達に別室に連れてゆかれ、今まで見たこともなかった上質な布地のドレスを着させられた。

「なぜ陛下は、このような一級品を差し上げるのでしょう」

「嫌味でしょう。似合わない色で仕立てさせたのよ。陛下の執心には頭が下がるわ。陛下も、しょせん、女なのよ」

 リカと、陛下という女性への悪口が、リカの目の前で繰り広げられる。

 リカが着させられたのは、熟れた木苺フランボワーズの色をした鮮やかなドレスだ。派手過ぎて一生縁がないと思っていた。似合わない。自分でも、そう思う。

 ところが、黒く癖のある髪を結い上げ、顔に化粧を施し、口紅ルージュをさすと、侍女達が驚いた。

「嘘でしょう。冴えない田舎娘だったのに」

「陛下に似ていらっしゃるなんて」

 姿見で自分の姿を確認したリカは、この場から逃げ出したくなった。まるで自分ではないみたいだ。化粧で肌理きめを整えた顔に、口紅とフランボワーズ色のドレスが映える。ドレスは胸元が開いているわけではないが、鎖骨が綺麗に見えるデザインになっている。首元のチョーカーは、金色のレース糸にゴールドのビーズを編み込み、細くても存在感がある。絹の手袋とヒールの高い靴を着用すると、上流階級の娘が完成した。

「やめないか、弟君よ。僕が彼女をエスコートするなんて百万年早いってば」

「あ? 杖をついた弟に姉をエスコートさせろってか? いびるのもほどほどにしろや、義兄上」

「ミシェル!? アル……!?」

 もつれるように転がり込んできたふたりは、リカの姿を見て口をあんぐり開ける。

「きみは、あの、妖精のようなリカか……?」

 アルベールはアーモンド型の目も見開き、ドレスアップしたリカに釘付けになった。

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