最終話 両片思いじゃなくなった日

 あれから俺たちは、二人揃って生徒指導課の体育の先生に捕縛された。


 罪状は、屋上で大声の告白をし合い、風紀を乱したからとか。あれって、みんなに聞こえちゃってたんだ。拍手とか聞こえたし、なんかおかしいと思ったよ……。


「そういう訳で、付き合うのは結構だが、お前達は学生らしく節度を持った付き合いをせねばならん。わかるな?」


「はい」


「慎みを持って、行動しなさい。あんな大声で、喧伝するように告白するなども良くないことだ」


「はい」


「保健体育の教科書などを読み込み、何が良くて何が悪いのかを判断しなさい」


「はい」


「それはそれとして、おめでとう」


「「ありがとうございます!」」


 でも、何か生暖かい目をして、俺たちを見てる先生だった。


 ゆ、許されたみたいだよ!




「あれ、みんなに聞こえちゃってたのね」


「なんか、恥ずかしいね」


「そうね……」


 そんな会話をしつつ、俺たちは手を繋いた。

 下校途中の通学路、俺たち以外人はいない。

 二人だけの世界っぽくて、ちょっとワクワクする。


「私たち、学校公認のカップルなのね」


「言うほど公認されてるかな?」


「拍手されたもの」


「そうだったね!」


 なのに、交わすのは以前と同じような会話。変わり映えしないけど落ち着く、俺たちの距離感。


「……何も変わらないわね」


 それは、菜奈も全く同じことを思ってたみたいで。視線を合わせて、アイコンタクトしてみる。


 菜奈、手の握り方……恋人繋ぎにしてみる? なんて送ってみたりして。


「コタ、そんな可愛い目をしてどうしたの?」


「可愛くなんかないよ!」


 やっぱり、何も変わってない。恋人になっても、アイコンタクトは通じないままだった。


 けれど、そんなのでも菜奈は笑っていた。


「どうしたの、菜奈」


「ううん。変わらないなら、前までも事実上は恋人だったのねって思って」


 それを聞いて、俺も少し笑ってしまった。変わらないことを、そんなポジティブに受け止められるんだって感心して。


「じゃあ、生まれてこの方、俺たち恋人だったのかな?」


「きっとそうね、毎日コタと一緒がいいもの」


 ……その言葉に後押しされて、手の繋ぎ方を恋人繋ぎにしてみた。菜奈は一瞬びっくりした顔をしたけど、直ぐにギュッと握り返してくれて。


「でも、コタはちょっとエッチになったわね」


「菜奈がいっぱい可愛いから……」


「それ、本音だったんだ」


 けど、変わったとこだって確実にあった。


 恥ずかしいところでもあけすけなく、こうして口に出し合えるところとか。それに照れても、二人で赤く微笑み合えるところとか。


「恥ずかしいのに嬉しいんだけど、何なんだろうね?」


「……もしかして、これがイチャイチャするってことなのかしら?」


「これが?」


「そうかも」


 お互いに顔を見合わせる。

 いつもしてることなのに、なんかくすぐったい。

 菜奈もおんなじみたいで、ギュッと強く手を握り合う。


「ムズムズするわね」


「わかる」


「走っちゃう?」


「どこまで?」


「どっかまで」


 そんなことを言いながら、微塵も走る気なんてサラサラない。このムズムズする感触が、心地良いから。突然、菜奈に抱きつきたくなるくらいに、心が弾んでいるから。


「例えば、の話なんだけど」


「何?」


 だから、話題を変えた。

 もう少し、菜奈とこうしてたかったから。


「俺と菜奈が幼馴染じゃなかったら、どうなってたんだろうって」


「お姉ちゃんと弟の想定ね」


 思ってたのと違う想定だけど、こっちの方が俺達らしいし……いっか。


「付き合うことってできたのかな?」


「……難しいわね」


「流石の菜奈でも?」


「ずっと結婚できなくて、事実婚になりそうな予感がするわ」


「お互いが好きすぎて?」


「赤ちゃんは一人だけになりそうね」


「普通に近親相姦してる……」


「我慢して、一人だけになったのよ」


 言うほど我慢できていたのか。その過程だと、血の繋がりがない今は子供は増えちゃうのか。


 尋ねたいことはあったけど、菜奈のふふんって得意げな顔を見ると、まぁ良いやって気持ちになってしまう。可愛い菜奈の笑顔は、おおよそ無敵だから。


「ところでコタ」


「何かな菜奈」


「私のスパッツ、好きなのよね?」


「何で今そんな話題を?」


「気になっちゃったんだから、仕方ないでしょ」


 そう言いながら、菜奈はチラリとスカートを捲った。

 視線が、抵抗できずにそっちに向いてしまう。


「……やっぱりコタ、エッチね」


「菜奈がそんなこと、するから……」


 スカートの中から、僅かに黒色のスパッツと菜奈のお尻の形が見えてしまった。ドキってしてしまう気持ちを抑えられない。


「……私ね、私もなの」


「えっと」


 もう夕日が、そっと顔を覗かせて。

 そんな中で、菜奈はボソリと呟いた。

 茜色に、どこまでも照らされながら。


「わ、私も、コタのこと考えると……エッチになるのよっ」


「菜奈も、なんだ」


 夕日は、多分いま、俺たちの味方だった。

 素面でこんな話、できっこないから。


「だからね、コタ」


「うん」


「……恋人らしいこと、恋人じゃないとできないこと、いつか、して、みたいわ」


「俺も菜奈と……そういうこと、したいよ」


 多分、それが俺たちのできる、恋人らしいことの到達点。何となくの目標が出来て、お互いの手を今まで以上に強く握り合った。


「私たち、これまで通りだけど、まだまだ初心者の恋人ね」


「これから、一緒に色々していこう」


「うん」


「それで、さ。

 ちょっとワガママ、言ってみてもいい?」


「何?」


 夕陽に後押しされるみたいに、俺は歩きながら伝えた。


「キス、してみたい、かな」


 ピタッと、その言葉で菜奈の足が止まった。

 そして、音がしそうな沈黙がして。


「いい、よ」


 菜奈が手を引いて、近くの公園へと駆け込んだ。あの日、菜奈にドセクハラを働いてしまった公園だ。


「ね、コタ、お願いがあるの」


「良いよ」


「もう、聞かないうちにそんなこと、言うんだから」


 ドキドキする、ドキドキが止まらない。

 恋してるって、今、強く思える。


「好きって言って」


「好きだよ、菜奈」


「うんっ!」


 そっと、菜奈と唇を重ねた。

 公園なのに、なんかロマンティックな感じがする。

 どうしてか、ほんのりとレモンの味がした。




 それから、何秒だったんだろう。

 離れた俺たちは、どうしてか息が荒かった。

 結構長い時間、キスしちゃってたんだ。



「こ、コタ」


「菜奈?」


「……なんかいいわね、これ」


「……うん」


 ふわり、ふわふわと言葉を交わした。

 俺たちは無言で手を繋いで、通学路へと戻っていった。


 多分、これからもこんな感じなんだと思う。


 恋人らしいことを探して、やってみたらいっぱい照れて、それでも満足して。そうして、積み重ねた分だけ、もう詰めようがないと思ってた菜奈との距離が、更に近くなる。


 そうやって、恋人上級者になっていくんだ。


「コタ」


「なに?」


「ま、また、するから!」


「う、嬉しいよ!」


 でも、今はまだ、この初心者の距離感で精一杯。

 二人揃って、ドギマギしてるから。


「これからもよろしくね、菜奈」


 だから、この手を離さないように、ずっと一緒にいられますようにって菜奈を見つめながら思って、そんなこと口にした。


「ずっとずっとよ、コタ」


 初めて、アイコンタクトが成功していた。

 菜奈に気持ちが伝わって、それがとても嬉しくて。

 二人揃って、クスクスと笑い合った。


 そんな、夕日が味方だった日のこと。

 俺たちは、お互いのことを少し分かり合えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

両片思いの幼馴染をエッチな目で見てる男の子とわからせたい女の子 ペンギンさん @penguin3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ