第16話 屋上で

菜奈に連れ出されて、屋上までやってきた。


 ここに来るまでに、色んな生徒に手を引かれてるところを見られて恥ずかしかったけど、菜奈は無敵モードに入ってるのか微塵もそんなこと気にして無かった。


 俺も、目の前が菜奈だけになると、それ以外を気にできなくなった。だって……聞かれたから。


『べ、別に菜奈のことなんて、好きじゃないんだからね! 大好きなだけだから、勘違いしないでよね!!』


 ふざけ倒してたけど、ちゃんと本心を混ぜてた言葉を聞かれちゃったから!


 ど、どど、どうしよう……。


 俺、ここで無惨にも菜奈から、"ごめん、コタ。私は弟としてしかみてないから、近親相姦できないの"って言われちゃうのかな。


 それとも、"コタの亀さんは元気すぎるから、私の家のペットにするわ"って言われて、去勢されちゃうのかな。


 ……どっちも嫌だよぉ!!


 振られたくもないし、去勢もされたくない。欲張りって思われるかもしれないけど、俺にも基本的人権くらいはある筈だから!


「菜奈、大切な話があるんだ」


「……うん」


 菜奈の顔は赤くて、ウルウルとしている。もしかすると、今から去勢される未来へと傾いている俺を、憐れんでくれているのかもしれない。


 同情するなら切らないで……。


「俺は、さ」


「うん」


 だから、その思いの丈を菜奈へと伝える。菜奈に振られたくないし、去勢もされたくないと。


「さっきの言葉を聞かれて、大切なものを無くしちゃうかもしれないって思ってた」


「うん」


「俺、今がとても大切で、ずっとこのままで良いって思ってたから」


「……うん」


 真剣に話を聞いてくれてる菜奈に覚悟を決めて、一息吸ってから俺は提案した。


「だからさ、菜奈。

 ──俺を去勢せずにいてくれないかな?」


「何の話してるのよっ、違うでしょ!!!」


 菜奈に肩を掴まれて、ガクガクされる。毎度恒例のやつだけど、今日の菜奈は目が据わっていた。俺は何かを間違っちゃったみたいだ。


「何だったっけ?」


「コタがっ、私のことっ、好きじゃなくてっ、大好きだって話!!!」


「そっちかぁ」


「それしかないでしょ、バカ!」


 本当に俺は馬鹿だった。何で俺、去勢がどうとかって頭が囚われちゃったのだろうか。でも、混乱してたらパニックになって、誰でもこうなるよな。


 ……どうしようか。


「菜奈、本当に聞こえてたの?」


「き、聞こえてたわよっ!

 コタは確かに、大好きって言ってたの!」


「……うん」


 もう、誤魔化せない。誤魔化しようがない。

 ……なら、本音で話すしかないな、かな。


 ガクガク揺さぶる菜奈の手を、そっと握る。その瞬間、手が止まって菜奈は困惑したみたいに手と俺の顔を交互に見て。


「俺、菜奈のこと、好きだよ」


 照れることなく、その言葉を伝えられた。


「──え?」


「ずっと菜奈と一緒にいたし、これからもずっと菜奈と一緒にいたいんだ」


 臆することなく、自覚した気持ちを口にできる。


 多分、菜奈にドキドキするのも、嫌われたくないのも、一緒にいたいって思うのも、全部前までと同じで。


 だから俺は、ずっと前から菜奈のことが好きだったんだ。インターネットの、もしかして恋? ってサジェスト、間違ってなかったんだ!


「さ、さっきまで、そんな雰囲気じゃ、無かったじゃない……」


「そうだね」


「何で急に真面目な顔、して……っ」


「心を決めたから、かな」


 去勢されない、誤魔化せない。

 その確信が、背中を押してくれた。

 今だけは、頑張りどころだぞって。


「菜奈は、どう?」


 だから、大胆にも聞ける。

 この気持ちは、俺のものだけなのかって。


 本当は、断られたら怖いって思うけど。それでも、思いの丈を喋っちゃったからには、もう我慢だかないから。


「……私、は」


「うん」


 いつの間にか、立場が逆になっていた。尋ねる俺と、答える菜奈に。


 気持ちを伝える時は全然大丈夫だったのに、どうしてか、言葉を待つ立場になると、急に怖くなってくる。


 なんて言われるんだろう、嫌がられないかなって。不安で心臓が、バクバクと動いているのを感じてしまう。


「私、コタのこと……」


「うん」


 それでも、余計な口を挟まなかった。菜奈が真剣に、答えを出そうとしてくれてるから。


 俺たちの間に、僅かな沈黙が降りる。


 辺りから聞こえてくる、他の生徒たちの声ばかりが過敏な耳に聞こえてきて。落ち着かずに、けれども動けない時間が僅かに過ぎて……。


「──よ」


「菜奈?」


 小さくて、過敏になった聴覚でも拾えない声。聞き返すと、菜奈の視線がキッと強くなった。それに比例するみたいに、顔も真っ赤で。


「好きって言ったのよ!!」


 思いっきり叫びながら、菜奈は逡巡していた言葉を告げてくれた。


 ドキって高鳴る心臓、背中に走る衝撃。

 気が付けば、一歩前に歩み出していた。


 でも、菜奈の言葉は、それだけでは終わってなかった。堰を切ったように、近づいた俺に次々に言葉を投げかけてきた。


「コタの優しいところが好き! 一緒にいて落ち着くところも、可愛くて表情がコロコロするところも! 私のために一生懸命になってくれるところも、話すとおバカで愛嬌があるところも!!」


 止まらない。大きな声で、聞こえなかったなんて言い訳、許さないって言わんばかりに。菜奈は堂々と、俺に伝えてくれてる。


「変な勘違いするし、考えすぎると変なコタになるし、幼馴染暗黒四天王になろうとするし、エッチなコタ過ぎるけどっ!」


「してないよ!」


 色々なものに対しての言い訳、してないって言葉を発する。けど、菜奈はそれをまるっきり無視して。けど、と紡いだ。


「そんなコタも可愛いから、全部全部良いかなって思うからっ!」


 菜奈の方から、俺の方へと近付いてきた。そして、どこにも行かないように、ギュッと手を握られる。……俺の方からも、菜奈の手を握り返した。


「コタ、私の恋人になって!!」


「俺も、菜奈の恋人になりたいよ!!」


 お互いに真っ赤になりながら、ギュッと硬く握り合った手は離さない。

 そんな相互告白を、俺たちをした。


 二人で真っ赤に笑い合って、でも照れてそれ以上は、今はできなくて。


 たくさんの拍手に祝福されながら歩み始めた、俺たちの新しい関係性の第一歩目だった。

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