第15話 一般通過鳴海菜奈さん

 今日の空も青い、すごく良い天気。

 そんなお昼時のこと。


「……」


「なんか喋れよ」


「……」


「……鳴海のスパッツ落ちてんぞ」


「どこに!?」


「ねーよ、バカ」


 そんな中で、俺は和也に純情を弄ばれていた。

 なんて酷いことをするんだ!


「和也、本当に菜奈のスパッツ落ちてない?」


「あるわけないだろ」


「今なら俺のパンツと交換してあげるから」


「いらねー」


「ノーパンで来た日とかに、こっそり穿けるよ?」


「こねーよ、そんな格好で」


 どうやら、どこにも菜奈のパンツは無いらしい。


 ちょっと一安心、そんなエッチな物を拾っちゃったのが男子生徒なら、喜びのあまり野生に帰って戻ってこれなくなっただろうから。


「それで、どうしたんだ?」


「ど、どうもしてないがっ!」


「めちゃくちゃ震え声じゃねーか」


「今日は間違えて和也のパンツ穿いちゃったからね!」


「秒でバレる嘘つくな、俺が鳴海に殺されるだろ。

 どうかしてんじゃねーよ、馬鹿が」


 コツンとされるが、微塵も痛くない。

 和也は嘘を嘘と見抜ける男だった。

 インターネットに強い野球部員だね。


「んで、言ってみ」


「……菜奈で」


「鳴海で?」


「……」


「ここまで言ったんなら最後まで言えよ」


「イった!?

 確かにイったよ、俺は!」


「何で急にキレんだよ」


 和也に事実を指摘されて、顔に血が昇る。頭じゃないので、怒ってはない。……逆に、恥ずかしすぎるんだ。


「俺さ、菜奈で……お、おなにー、しちゃったんだ」


 けど、ここまで看破されてしまっているのなら仕方ない。名探偵和也の前に、全てを白日の元に晒した。


「ほーん」


「和也、俺を裁いてくれ……」


「えい」


「ぐえっ」


 和也の弱々パンチを喰らって、コテンと横に倒れる。微塵も痛く無かったので、すぐに起き上がれた。


「ていうか、まだしてなかったのが意外だ」


「どういう意味?」


「お前、鳴海をエロい目で見てるとか言ってたからな。もうしてるって思ってた」


 和也は平然と、そんなことを言った。

 ……もしかして、倫理観ガバガバなのかな?


「菜奈シコは菜奈つの大罪だよ!

 許されると思ってるの?」


「知らねーよ、んなの。

 本人に言わなきゃセーフだろ」


「は?」


 そんなこと言うってことは、和也もしかして……。


「か、和也も、菜奈でしたこと、あるの?」


「ねーよ」


「何でだよ、菜奈可愛いでしょ!」


「めんどくさすぎるだろ、馬鹿小太郎がよ」


 今度は、和也に頭をぐりぐりされる。

 さっきのクソ雑魚パンチと比べて、これ格段に痛いよ!?


「よく聞け小太郎。俺にとって鳴海はな、なぜか俺とお前とのホモ想像をしながら突然ブチギレてくる異常者なんだ。それからNTRは吐くほど受け付けない。わかったか?」


「わかったから、もうやめて〜っ」


 和也に屈服して、俺はその場にへたり込む。もしかすると、和也は伝説のわからせお兄さんなのかもしれなかった。


「ったく、お前は底なしのアホだろ」


「違うが?」


「だから面白い奴でもあるけど」


「面白くないが?」


 そして、何故か和也にすごい呆れ顔をされてる。何だろう、そこはかとない侮辱を受けてるのだろうか。


 もし俺が馬鹿だったりしたら、それは間違いなく和也に脳細胞を破壊されたからだが?


「責任とってくれるの、和也!」


「何だこいつ」


 俺も和也の頭をグリグリしようとして、一蹴される。和也は俺の百倍くらい強かった。


「それで、悩みの種はそれってことだ」


「うん、菜奈の顔、まともに見れなくて……」


「女々しすぎるだろ」


 グサリと、あまりの正論が胸に刺さる。けど、昨日の晩、菜奈は俺の頭の中で素股してくれてたし!


「事実陳列材は重罪だよ」


「惚気られる俺の身にもなれ」


「真剣な相談なんだけど!」


「答えが出てる問いを、延々と考えるのダルすぎるだろ」


「はえ?」


 答えが出てるって、何の答えが?

 もしかしてだけど、それってこういうこと?


「遂に俺、TSして女の子になる時が来たの?」


「こねーよ、永遠に」


「それが答えでは?」


「掛け算の問題を引き算で解こうとするな」


「もっと簡単に言って!」


 和也は、死ぬほど面倒くさそうな顔をしていた。でも、それでも話題を打ち切ろうとはしない。


 やっぱり和也は親友だね!


「例えばお前、鳴海が他の男子と付き合い始めたらどうだ?」


「…………???」


 和也の言葉に、一瞬理解が脳を拒む。

 けど、ふと頭に過ってしまった。



『和也』


『んだよ、菜奈』


『今年でコタの一周忌ね』


『そうだな』


『……私達の子供の名前、小太郎にしようと思うの』


『……そうだな、悪くない』


『寂しいわね』


『早く家に帰ろう。

 お前と……小太郎の身体に触る』


『うん……』



「俺死んでるんだけど!」


「憤死したか?」


「俺が死んだ後、和也と菜奈がくっついてて死にたくなったよ! せめて十年は引き摺って!!」


「やめろ、俺を巻き込むな」


 和也をガクガクと揺さぶる。こんなこと、当然許されてはいけないから。


「菜奈を狙うくらいなら俺にして!

 俺をメス堕ちさせて!!」


「キモいこと言うな、しばくぞ?」


「だったら菜奈を諦めて!」


「元から狙ってねーよ」


 怒りと悲しさでどうにかなりそうだったが、和也のチョップが頭に当たって正気に戻れた。それはそれとして、絶対に許されてはいけない未来だった。


「鳴海が誰かと、嫌な気持ちになっただろ?」


「当たり前だよ!」


「それは何でだ?」


「…………んん?」


 嫌な気持ちになった理由、それは何か。問い掛けに少し考えてみるが、何だか難しい。……だけど、あえて答えを出すのなら。


「俺が菜奈を、世界で一番エッチだと思っているから?」


「そうなんだろうが、微妙にズレてるんだよ。エロとか関係なしに、もう一度考えろ。具体的に言えば、お前が鳴海をどう思ってるかだ」


 再考を促されて、もう一度考え直してみる。俺が菜奈をどう思っているか。


「……菜奈は可愛くて、素敵で、優しくて、ドキドキして、温かくて、頼りになって、守ってあげたくて、エッチで……とっても好きな女の子」


「言えたじゃねーか」


「へ?」


「無意識か、最後のやつだよ」


「……菜奈がエッチってこと?」


「違う、その後だ」


 その後?


『……とっても好きな女の子』


 あ、ああっ!!


「俺、変なこと口走らなかった?」


「変じゃねえよ、純然たる事実だろ」


「やっぱり口走ってた!!」


 恥ずかしくて、頭がおかしくなりそうだ。幾ら親友相手でも、こんなこと口走ってしまうなんて。


「で、でも……や、やっぱりエッチだからでは?」


「無駄に取り繕うな。いや、取り繕うどころか解きに掛かってるのか」


「難しく言わないでほしい!」


「逃げんなってことだよ。

 好きで良いだろ、素直にそう言え」


 そう言われても困るよ!


 そう言いかけて、ちょっと口籠る。

 困ったことに、そうかもと思ってる自分がいるから。

 ……菜奈が誰かと付き合うなんて、死んでも嫌だから。


「べ、別に菜奈のことなんて、好きじゃないんだからね! 大好きなだけだから、勘違いしないでよね!!」


 結局、茶化して口にしてみると、なんか認められそうな気がした。


 好き、大好き、菜奈のことが。

 それは確かに事実だったから。


 それに気がつけたから、和也にありがとうって言おうとした──その時のこと。


「こ、た?」


「え?」


 菜奈が、何故か木の影から現れたのだ。

 忍者か何かだったのかな?


 …………ん?


「謀ったな和也!?」


「流石にこれは冤罪だ!」


 そう言いながらも、和也は俺を拘束して菜奈へと突き出した。どう足掻いても、逃げられない状況だ。


「後は、若い二人でやってろ!」


「ふ、ふざけるなよ和也!

 同い年のくせに、中学留年でもしてたのかよ!!」


 俺の罵声は届かずに、和也には逃げられてしまった。残されたのは、俺と、俺の手を握っている菜奈だけで。


「……コタ、お話ししましょう」


「クゥン」


 菜奈の顔は真っ赤で……多分、俺も同じ顔色をしていた。

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