急
僕らは徒歩でエデンの園へと向かっていた。ヘレーネが先導し僕が後ろをついて行く。
町はジャングルのようになっていた。ビルの部屋からは木が生え、アスファルトに根を張り、本当に終末世界といった感じだった。
「ねぇ。ヘレーネ。コールドスリープとかって出来なかったの?」
「はい。実際に試したようですが、うまく機能しなかったみたいですね」
「そうなんだ……。じゃあやっぱり生きているのって僕とイブさんだけ?」
「そうなりますね」
それってつまり子作り確定だよな。それが使命みたいなものだし。それにしても自分の命が人類最後の希望って考えてみても、あまり想像つかないなぁ。イブさんって子と上手くやっていければ良いのだけど。
「ヘレーネ。イブさんについて知っていることってある?」
「はい。あなたと同じ18歳です。身長は163cmで体重は51kg。血液型はB型で」
「ちょっと待って。そう言うのは聞いてないかな」
「では一体どのようなことを知りたいのですか?」
「ごめん。やっぱり聞かなかったことにして」
ヘレーネが不思議そうに首を傾げている。別に僕はイブさんの身長とか体重が知りたかったんじゃない。そうだ。名前だよ。彼女の本名でも訊いたら良いじゃないか。
「なら教えて。イブさんの本名」
「イブ様の本名は黒川梓咲です」
「そうなんだ。ありがとう」
「いえ」
「僕はもう前の名前は捨てようかな」
「どうしてですか?」
「だってもうこの世界に知り合いなんていないし、実質僕があたらしい世界のアダムになるんだもん。もうアダムでいいやって思って。それにヘレーネがアダムって呼んでくれるから」
「そうですか」
僕らはひたすら歩いた。まさにコンクリートジャングルの中を淡々と。天気は晴れ。季節は初夏らしくとても暑い。喉が渇いてきた。
「ねぇ。ヘレーネ。喉が渇いたんだけど」
「エデンの園につけばありますが、今用意はできませんね」
「そっかぁー。我慢するよ」
そうだよな。人類が滅亡しているんだから水道なんか通っているわけもない。エデンの園だけが唯一人の住める場所なのか。そういえば部屋に閉じ込められていた時は食欲も無かったし喉も乾かなかったけど、部屋を出てからそういった機能を取り戻しつつあるようだ。ヘレーネの用意してくれた料理は豪華で美味しかった。
「そうだ。ヘレーネ。エデンの園に着いたらまたご飯作ってよ」
「はい。かしこまりました」
「それと、エデンの園ってあとどれくらい?」
「もうすぐですよ。ほら、見えてきました」
ビルの狭間に白い壁が見えた。とてつもないほど巨大な施設のようだ。野球ドームよりも大きそうに見えた。直近まで歩くとその大きさに度肝を抜かれた。
「中へ入りましょう」
そう言ってヘレーネは壁に手を当てた。すると忽ち何も無いただの白い壁だったところに通路が現れた。どういった仕組みなのだろうか。まぁ考えても仕方ないけど。
「すごいね」
中は最先端の施設といった感じで真っ白で綺麗だった。少し歩くとどこからかピアノの音が聞こえてきた。ピアノ!弾きたい!
「ねぇ。ヘレーネ。ピアノのあるところへ行ってもいい?」
「いいですよ」
ピアノの音が聞こえるということは演奏者がいるということ。もしかしたら黒川さんかもしれない。施設を音の方へと進むと開けた場所に出た。
中庭のようだ。とても広く、草花が気持ちよさそうに太陽の光を受けて辺り一面を覆い尽くしていた。楽園と呼ぶに相応しい場所だった。そして中央に巨大な木が1本ある。そしてその木の下にグランドピアノが置かれていた。
ピアノを弾く黒髪で長髪の女性が一人と、その横でその旋律を聞いている女性が一人いた。近くでピアノの音を聴くと酔いしれそうになる程上手い。
「来たようですね」
「そのようね」
ピアノの音が突如途絶える。演奏者が立ち上がってこちらへやって来た。
「初めまして。アダムさん。私はイブ」
「初めまして。イブさん。よろしくお願いします」
イブが右手を差し出すので僕も合わせて握手をした。
「ピアノ凄いね。聴き惚れちゃったよ」
「冗談でしょ」
「いや、本当に思っているよ」
「あなたに分かるの?」
「きっと」
そう言って僕は彼女が座っていた椅子へと腰掛け、ピアノを弾き始めた。僕があの部屋で完成させた曲を。
「すごい。なんて曲?」
「僕が作ったんだ。名前はまだないけど」
「もったいない。そうねぇ。大自然を彷彿とさせるから、ガイアとかどう?」
「いいね。それ」
僕はそよ風に身を躍らせながらガイアを弾いていく。音が鳴るってこんなに素晴らしいんだ。いつもは想像や幻聴のようなもので聴いていたけれど、実際にとなると違った。
「あなた、やるわね」
「それ程でも」
とても楽しかった。とても気持ちよかった。ガイアを弾き終わると、拍手が起きた。ヘレーネとイブともう一人の女性からだった。
「そちらの方は?」
「私専属のロボットよ。名前はアデル」
アデルと紹介された女性が一歩前に出てお辞儀をする。
「アデルと申します。よろしくお願いします」
「僕はアダム。よろしくね」
「私はヘレーネ。アダム様専属のロボットです」
一頻り自己紹介が終わるとイブが言った。
「これじゃあハーレムね」
「あはは。そうだね」
こうして僕らは邂逅を果たした。そして新たな人類の神話がここから始まるのだった。
フリーズ36 愛なるEを越えて
No.36 愛なるEを越えて 空花凪紗 @Arkasha
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