破
「失礼します。こんにちは、アダム様」
「ヘレーネ!」
入ってきたのは肖像画にそっくりではないにしろ、どこか面影のあるボブヘアーの少女だった。というかどんな容姿でもよかった。きっと少女である限り、僕は彼女のことをヘレーネと呼んだだろう。
僕は少女のもとへ駆け寄り抱きしめた。抵抗はされなかった。少女は抱き返してくれるが、永らく人と触れ合わなかったせいだろうか、心なしかその体は冷たく感じた。
「愛してる。ヘレーネ」
「ヘレーネ?私の名前ですか?」
「違うのか?」
「いいえ。私はヘレーネです」
「そうか。ずっと会いたかったんだ」
もう二度と離してやるかと思ったが、流石にずっと抱き合ってばかりもいられないのでしばらく抱き合ったのちに体を離した。
「ごめんね。急に抱きしめて」
「大丈夫です。ずっとあなた様のことを待っていましたから」
どれだけヘレーネは可愛いのか。こんなに人を好きになったことはなかった。僕は片腕をヘレーネの腰に回して体を引き寄せ、キスをした。こちらから舌を出すと向こうも応じてくれる。初めてのキスだったが、かなり気持ちの良いものだった。僕はそのままヘレーネを部屋のベッドまで優しく連れて行く。
「ヘレーネ。いい?」
「どういうことでしょうか」
「服脱がしてもいいかな」
「構いません」
僕は興奮していたが、ヘレーネはそういった様子は見えなかった。彼女はクールな印象だけど、強がっているのかな?僕はヘレーネの服をゆっくりと脱がして行く。僕も服を脱ぐ。二人とも一糸纏わぬ姿となった。
ヘレーネの裸体は美しかった。優しく愛撫から始めて反応を見る。やはり依然として興奮している様子は見られなかった。僕のやり方が下手なのかなと少し自信をなくす。
「もしかして、気持ち良くない?」
「いえ、多分気持ちいいんだと思います。すみません。よく分からなくて」
「ならいいんだ。今度は舐めてもいいかな」
「はい」
僕は左右の手でヘレーネの両胸を揉みながら、片方の乳房を舌先で舐める。味はあまり感じない。てっきり甘いのかと想像していたが違ったらしい。
「お気に召しませんか?」
ヘレーネが首を傾げながら訊いてくる。どこか心配そうである。
「いや。全然。あと、どうして敬語なの?」
「私はあなた様に仕える身ですから」
「仕える身?」
「はい」
そう言うとヘレーネは自身の右手を胸元に当てて続けた。
「私はアダム様をイブ様のいるエデンの園へと導く案内ロボットです」
「え?」
アダム?イブ?エデンの園?なんの話だよ。それにロボットって。
「君は人間じゃないの?」
「はい。私は人に作られたロボットです」
「そ、そうなんだ。ごめんね。服着ていいよ」
僕はロボット相手に発情していたのか。驚きで一気に萎えてしまった。そして罪悪感に襲われる。
「君の本当の名は?」
「名前はありませんでしたが、あなた様がヘレーネとつけてくださいました」
「そっか」
僕はヘレーネという名のロボット少女の頭に手を置き優しく撫でた。
「驚いちゃったよー。完全に人だと思ってたから」
「失望させましたか?」
「いや、全然。それにヘレーネのこと好きな気持ちは変わらないから」
「それは良かったです」
少し気まずくなってきたので、僕は服を着て窓を出てルーフバルコニーに向かった。ヘレーネも服を着て遅れてやって来る。
僕の部屋はマンションの最上階で、この町の景色を一望できる。僕は愕然とした。町が緑色になっていたからだった。
「一体世界に何が起きたの?」
僕が尋ねるとヘレーネが説明を始めた。
「はるか昔。とある研究所である感染症が発生しました。その感染症は瞬く間に世界に広がっていきました。その名は緑化症。感染した人間は皆、植物になってしまうのです。そして今から300年前、人類は滅亡したのです。アダム様とイブ様を除いて。人類は部屋の中に閉じ込められている二人を人類の希望としました。そしてイブ様の部屋を中心に二人が部屋を出られた後も生きていけるようにとエデンの園を造りました。私の役目はアダム様をイブ様の住むエデンの園に案内することです」
「そうなんだ……」
僕は涙は出なかったが、絶望に打ちひしがれた。家族は?友達は?みんなとっくの昔に死んでしまっているんだ。生きているのは僕とイブって言う人だけ。その人さえ生きているかは分からない。僕の様子を気にしたのか、ヘレーネが身を寄せてきた。
「ヘレーネ?」
「私がいますから、安心してください」
本当にロボットかわからなくなるくらい可愛らしい。
「ありがとう。ヘレーネ」
ついでに胸を揉んでおいた。うん、いい感触だ。そうだな。いつまでも落ち込んではいられないし、エデンの園へ行こうか。
「ヘレーネ。お腹すいたからご飯食べたい」
「はい。準備できています」
「食べ終わったらエデンの園に行こうか」
「はい、そうしましょう」
僕はヘレーネがあらかじめ用意してくれていた料理を家のリビングで食べ、そしていざ、外の世界へと旅立ったのだった。
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