邪神がくれた7分間

下垣

第1話 最初の7分間

 ぴちゃぴちゃと水が垂れるような音が聞こえる。


 その音で木月きづき真央まおは目を覚ました。しかし、目を開けていても暗闇でまるでなにも見ることができない。


 真央は仰向けに寝かされて台の上に寝かされているような感覚がする。その状態で体を動かそうとした。しかし、体に感じる圧迫感で動くことができない。


 圧迫感がある場所は両方の二の腕、足首、太もも、そして腹部である。そこを拘束されているようで全く身動きが取れない。


 周囲からは鉄めいた血なまぐさい臭いを感じる。とても不快なにおいで真央は眉をしかめる。


 ここはどこだろう。どうして私はここに拘束されているのだろう。真央は頭の中で情報を整理しようとしてもなにも思い出せない。


「っ……そもそも私は何者……?」


 木月真央。真央が自分のことで思い出せるものは名前と、自分が高校生であるということだけだった。


 それ以外の情報を思い出そうとしてもまるで思い出せない。女子高生なんてどこにでもいるような存在。自分が何者かを知るには不十分すぎることだ。


「目を覚ましたかな?」


 真央の頭の中に声が響く。耳から感じるような声ではない。直接頭に語り掛けられているかのような声。


 その声はやけに甲高くてまるで子供のような声だった。だが、その声色はこちらを小馬鹿にしているような感じの生意気さを感じられる。


「あなたは一体誰? 私をここに拘束してどうするつもり?」


 真央は声の主に語り掛ける。しかし、声の主を喉を鳴らして笑いだす。


「くっくっく。なにか勘違いしているようだから言っておくけれど、君をここに拘束したのは僕じゃない。この儀式が成功して喜ぶ人間がやったことだ」


「儀式……?」

 

 真央は嫌な予感がした。こんなオカルトめいた状況で儀式と言ったら、どうせロクでもないことが起きるに決まっている。


「そう。この儀式が成功したら、君は大切なものを失うだろう」


「大切なものって何? 私は記憶がないの! なにが大切なのかも思い出せないの!」


「うーん。そうだな。まあ、これくらい言うのはルール違反にならないか。人間にとって命より大切なものって存在すると思う?」


 声の主が含みを持たせた言い方をする。特に勘が鋭くなくても、真央がずっとここにいると最悪の未来が待っていることが容易に予想できる。


「ねえ、あなたは一体何者なの?」


「僕は邪神と呼ばれるものだ。そして、君は次にこう質問するだろう。【私をここに拘束したのは誰?】と……僕からの答えはこれだ。ルールにより教えられない」


「ルールって何?」


「ルールはルールさ。儀式にはルールがつきものだろう? ルールの詳細を教えてくれって質問になら答えられない。それもルールにより詳細を答えることも禁止されているからね」


 真央は邪神にけむに巻かれてしまっている。これ以上邪神から情報を引き出すのは不可能なようだと判断する。


「ねえ、私はこのまま儀式が終わるまで拘束されたままなの?」


「お、いい質問だねえ。答えはノーだ。この儀式はある意味で公正なんだ。君はこの儀式が成功するのを望んでいない。だから、記憶を代償に僕と契約してくれた。この儀式を失敗させるためにね」


「え? それじゃあ、私の記憶を奪ったのはあなたなの?」


 真央は恨めしそうに邪神に問いただす。しかし、邪神は不服そうに答える。


「心外だなあ。記憶を差し出したのは君の方だろ? 僕は奪ってない。快くもらっただけだ」


「じゃあ、私の記憶を返して!」


「返したら契約不履行で僕は君を助けることができない。それでも良いのかな? 儀式が成功するのは免れないよ?」


 このままでは儀式とやらが成功して命が失われてしまう。真央にとってもそれは避けたいことだ。


「まあ、このまま続けてもいいかな? それじゃあ、最初のルールを説明するね。僕が君に与えることができる時間は7分間だ。僕が合図をしたら拘束が解ける」


 真央は真剣に邪神の言うことに耳を傾けていた。ここで説明を聞き漏らすと悪いことがおきそうな気がした。


「拘束が解けたらこの部屋から脱出して欲しい。7分以内に脱出できればクリアだ。しかし、7分を1秒でも過ぎた時点で君は失格となる。そのまま、儀式は遂行されて、君は大切なものを失うだろう」


「ルールはそれだけ?」


「うん。拘束が解けている間は君は何をしてもいい。開脚前転の練習をしたり、好きな曲の鼻唄を唄って過ごしていてもいいよ?」


 邪神が冗談めかして言っているが真央は笑っていない。


「この部屋暗いんだけど」


「それは仕様としか言えないね」


 この暗闇の中でなんとかしろ。邪神は暗にそう言っている。


「それじゃあ準備は良い? ダメって言っても始めるよ? 時間が押しているからね。それじゃあ。、よーい、スタート!」


 ガシャンと音がして真央が感じていた圧迫感はなくなった。拘束が解けて真央が自由に動けるようになった。


 真央に与えられた時間はわずか7分間。それまでにこの部屋を脱出しなければならない。


 真央はまず、台の上から降りた。すると靴にびちゃっとなにか液体が跳ねたのに気づいた。その液体の正体がわからないので、真央は不快な気持ちになった。


 しかし、そんなことを気にしている場合ではない。制限時間は7分。急いでこの部屋から脱出しないといけない。この部屋のどこかに脱出できるところはないか。暗闇の中前に進んだ。


 手を前に突き出しながら前に進む。数歩歩いて手を伸ばした先にコツンと硬い平なものに手が触れた。どうやら壁のようであると真央は判断した。


 真央は壁伝いに歩いていく。まずはこの壁になにかないかを探りながら周回を始める。


 壁を上下に摩りながら、なにか手がかりになるようなものがないかを探す。そうしていく内に、真央は硬い出っ張りに触れる。


 真央はその出っ張りを押してみた。次の瞬間、パッと部屋に灯りがともる。


「ま、まぶしい……!」


 さっきまで暗闇にいたのに急に明るくなったので真央の目がやられかけた。真央が手で目を保護し、まぶしさに耐えながら目が慣れるのを待つ。そして、目が慣れてきたところで真央は悲鳴をあげた。


「いやあああ!!」


 真央の目の前にあったのは、干し柿のように連なって吊るされていた複数の生首だった。


 その生首の切断面から血がぴちゃぴちゃと垂れていて、それが床全体に広がっている。


 生首の性別・年齢はバラバラだった。老人の生首もあれば子供の生首もある。


「う、うっぷ……」


 真央は思わず吐きそうになった。下を見たところで血で真っ赤になった床が広がっているだけであり、それも視覚的にきつかった。


 真央は心が折れそうだった。しかし、ここから7分以内に部屋から出ないといけないのに、こんなところでへこたれているわけにはいかない。


 真央は生首をできるだけ見ないようにして部屋を見回した。


 すると、電灯のスイッチ付近に青い扉があるのを見つけた。真央はここから出られると思い、蒼い扉に近づいた。


 しかし、青い扉にはドアノブがなかった。扉を押しても引いても持ち上げようとしても全く微動だにしない。このままでは扉を開けることができないようである。


 脱出のためにはこの部屋を探索しないといけない。真央は意を決して振り返る。土のような色の生首が真央の視界に入る。


 真央は生唾をごくりと飲んで生首の方向に向かった。生首の背後には戸棚がある。きっとその戸棚には脱出のために必要ななにかがあるに違いない。


 真央は生首を避けるように迂回して戸棚へと向かった。戸棚を調べてみると中にはドアノブが入っていた。これを扉に装着すれば脱出できるようである。


 真央はドアノブを手にして戸棚を締めた。そして、ドアへと向かおうと振り返った時だった。


 生首たちが一斉にくるっと回転して真央の方に顔を向けた。そして、ギロっと目を見開き、真央を睨みつけた。


「ひ、ひい!」


 真央はその場で後ずさりをする。生首たちはポロポロと床に落ちていく。そして、首からクモのような脚が生えてカサカサと真央の方に近づいてくる。


「や、やだ! 来ないで!」


 真央は迫ってくる生首から逃げだそうとする。走る。ダッシュで床に溜まった血が跳ね返って体につくとか一切気にしてられない。


 真央はとにかく生首を避けながら青いドアへと向かう。


 生首たちがケラケラと笑っている。その笑い声に真央は鳥肌が立つ。早くこの部屋から脱出しないと。真央は急いで青い扉にドアノブを付けようとする。


 手が震えてうまくつけられない。何度もガタガタとドアノブを差し込もうとしても上手く差し込めない。


 カチャカチャと数回繰り返すとピタッとドアノブがはまった、真央は急いでドアノブを回して扉を押して部屋から飛び出た。


 すぐにドアを閉めて、その場にへなへなとへたりこむ。


「はぁはぁ……」


 どうやら部屋からの脱出には成功したようであるが、真央は生きた心地がしなかった。心臓もバクバクと鳴り、頭に血が上り、極度の興奮状態となった。

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