長井翠と友人


「うーえーをむーうーいーてー、あーる」

 こー、と歌っていると同時に机の上のスマホから音が発せられた。


『え、ちょ、翠、今どこにいんの?』

 流石に無視するのもよくないと思いスマホに目を向ける。


「カラオケですけど?」


 事実、翠はカラオケにいた。ちゃんとひとカラ。


『カラオケしてて電話してくる奴がおるかっ!』


 電話とは思えない音量が翠の歌を阻害する。お陰で音程バーが一つ下がってしまった。気を取り直して次の節を歌いだす。


「――こーぼれーなぁーいよーおぉーに」


『いや歌い続けんなっ!!!』


「あー、またマイクにー音入ーったじゃん!」

 せっかくカラオケ来ーてーるーのーに、と曲に音程を合わせながら言うと「歌うお前が悪い!」と返された。正論。仕方がないので演奏停止ボタンを押す。正論にはちゃんとしゅんとなって対応する翠。


「しょうがないから歌うのやめたよ……」

『それが普通な。で、何の用?』

 何だったっけ?


『電話切ってもいい?』

「だめー! あ、そうそう、今日さー、入学式あったんだけどね」

『はい』

「まー別にそれはどーでもいいんだけどさー」

『はいはい』

「明日役員決めあってー」

『はいはいはい』


「聞いてる?」

『聞いてるよ?』


 ほんとか? と疑おうとしたが、それよりも翠の中には、今思い出したことを話そうとする気持ちが先行した。


「あ、ところでなんでカラオケいるかって話聞く?」

『翠が一番自分の話聞いてないんじゃない?』

 ド正論。大袈裟なせきをして形だけのごまかしをする。意味はない。


「……それで、聞く?」

『すごいね、それで誤魔化せると思ってるんだ?』

「すみませんでした」

『……まーいいけど』


 ということでお許しを頂いた翠は、担任に間違って入学式とカラオケを逆にして答えてしまったことと、母親に謎に絡まれてカラオケに行く気になったことを説明した。ついでに今日一日の話を。



 一連の流れを聞いた後、友人は「翠らしいね」と言った。心なしかディスられているような。そう思ったのを電話越しに感じ取ったのか、友人は「翠らしくて、面白い」と言い直した。いやディスってね? こう見えて自分はさして目立たないクラスメイトだと翠は思っているのだが。


「――ところで話を戻して」

『ほう?』

「そんなわけで明日役員決めあるんだけどさ、それ、どれがいいか一緒に考えよー」


 翠が自分から、別々の高校になって会う機会も減るであろう友人に電話を掛けたのはこれが本題だった。


『翠にしては珍しい話題じゃない?』


 そう、珍しいのだ。翠も自覚している。そう思うのにはわけがあった。


「……なんか、色々考えた結果趣味作りたいなって思ってさ」


『ごめん。それが発端になってどう飛躍して役員決めの相談に至ったかをまず説明してほしいかも』

「あ、ごめんごめん」

 ちゃんと説明しなきゃねー。そう言った後、深呼吸をして、スマホに息を吹き込む。


「自分はさー、なんか”友達”ってのがしっくりこなくてさ。いや別にアオイは友達だよ、うん。要は何が言いたいかって、共通点がたくさんある友達がいないなーって。アオイとかは時間が関係性を形成した的な感じだけど、そうじゃない経緯でできた友達はいますか、って聞かれたときに、はいとは言えない。その原因を考えてみた。んで出した結論が、自分に趣味がないからじゃないか、っていうこと。だから趣味を作りたい。でもアオイならわかると思う通り、飽き性の自分に趣味が作れるとは到底思えない。自分でも自覚してる。部活にも入りたくない。そうなったときにどうするかって……役員決めじゃね? と思った次第です、はい」


 最後は早口になりながらもなんとか言い終えた。あれ、もしかしてミュートにしてたっけ、と思い慌てて確認するがしっかり音が入っていた。


 再びスマホが喋りだしたのはその数秒後だった。


『――いやぁ、なんか、感動したわ。こんなこと考えてんだね翠も……こんな、”友達とは何か”みたいな思春期真っ只中の考え。……ッ』


 あっははははははは、はははははははは、はぁ、っあはははは!!


 どうした、こいつ突然笑い出したぞ。そう思うと同時に自分の考えがイタいと思われて笑われていることに翠は気づいた。そこで、友人を前に翠は。


「言わなければよかったって心の底から思う」

 と言いながら、この友人がちゃんと相談に答えてくれるのを知っていた。ので、なんとかどこにもやりきれない恥ずかしさを我慢していた。


 数十秒後、『スーッ、あー、まじでおもろい。自分にもこんな時期あったなって再確認できたよ』という日本語がようやく聞こえてくる。やばい、まじで腹立つ。こっちはカラオケランキングで自分の知ってる曲の数を数えて心を落ち着けてたってのに。


『それでなんだっけ、役員? どんなのあるんだっけ』


 翠はその質問に対し、電話越しでも伝わるような不機嫌さを込めて、覚えている限りの――翠の”趣味を作る”という考えに沿っていそうな――役員を伝えた。

 すると『図書委員でよくね?』と即答される。続けて友人は、


『だってそこの高校って図書館運営してんでしょ。実質、疑似お仕事体験みたいなもんだし、そこで頑張ったら自然と読書とかは趣味になると思う。趣味の集まりもできるし』


 と言った。やばい、惚れそう。


「やっぱ安心安全のアオイさんですわ」


『何言ってるかよくわからないから喋らないでいいよ』

 白けた雰囲気が伝わってくる。照れ隠しかな?


『あ”?』


「ごめんなさい」

『はぁ。……まあ、結局決めるのは翠だよー。個人的な意見としてはもう伝えたし、頑張るのは翠自身だし。おうちに帰って精々考えとけーい。じゃ、そろそろ用事の時間の関係で』


 友人はそう言い終わるや否や、翠が「はーい」と言い切るまでに電話を切った。一仕事終えたぜふぅ、と思いながら翠は今の時間を確認する。午後2時。気づいたら30分も電話していた。時は過ぎるのは早いぜじゃあ気を取り直して”上を向いて歩こう”歌っちゃいますかー。


 ぐへへへと不敵な笑みを浮かべる翠に、電話がかかってきた。スマホからではなく、カラオケボックス付属のやつから。嫌な感じがした翠の予感は当たっていた。


『すみません、お待ちになっておりますお客様がおりますので、あと5分ほどで退出お願いします』


 うそだろ?


 流石に店員さんにまでは心の声を漏らさなかった翠は、とりあえず矛先を例の友人に向けることでなんとか精神を安定させ、渋々退出の準備を始めることとなった。


 家に帰った後、風呂場で”上を向いて歩こう”を歌って親に注意されたことは言うまでもない。

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長井パラダイム lien @Chamel76

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