鬼刃の夜
たま、
魔が入り込む
山深い村の端に住む少女、サトは、幼い頃から山の昔話を聞いて育った。
特に「鬼刃」(おにば)の話が怖くて記憶から離れなかった。
それは、夜に現れるあやしい男で、その男とは決して話をしてはいけないが、鬼の力を宿す斧を与えてくれるというものだった。
自分は沈黙には耐えられない性格だとわかっていたから、、その話が心に刺さった。
なぜ沈黙がつらいのだろう...
自分の心がもっと豊かで満たされていたら大丈夫なのかもしれない。
心の弱さに魔が入り込む。
――*――
ある夕方、きこりたちは山の仮小屋へと向かった。
しばらく入って行かなかった裏山にこしらえた粗末な小屋だった。
裏山には人嫌いの山の神が住むと云う。
年老いたきこりのソウジは若いきこりのケイに言った。
「今日はこれで終いじゃ。どの斧も刃が鈍くなったしガタがきた。整えるには今回は道具がちょっと足らん。わしとしたことが迂闊だった。山を降りて道具の揃っている里に戻り斧を整えてくる」
ケイは不満そうに答える「この山の木は妙に硬い。すぐに刃がダメになる。もっと頑丈なのが欲しい」
ソウジは深いため息をつく「頑丈な刃か…『鬼刃』が手に入ればの。しかしあれは危ない…」
ケイは危ないと聞いて少し顔をしかめたが、興味が湧いたのか、「その話、本当なのかい?ただの迷信じゃないか?」と尋ねた。
ソウジは険しい表情で言った。「昔、手に入れた者がいたという話だ。だが、もしもだ..."山の男"が現れたら、決して話をしてはいかん」
それから二人は床についた。
夜が更けると、小屋の戸が静かに開いた。
「ガラガラ…」
怪しい男が戸口に立つ。背の高い影のような男は無言できこり達を見つめ、ケイの斧にスーッと触れると、斧の刃が少し黒ずみ、光を失った。
そして男は山の闇へと姿を消していった。
翌朝、ソウジは4本ばかりの斧を持って山を降りた。
ケイは一人で木を切ることになったが、やはり鬼刃の噂が頭から離れなかった。
木々は硬く、斧の刃が欠けてしまった。
夜になると、大男が再び現れた。
男は斧をじっと見つめる。
ケイは沈黙に耐えきれず、バツの悪い笑いを浮かべて、つい口を開いてしまった。
「なぜか刃が欠けちまったんだ。もっと強い刃があればなぁ」
男の暗い瞳がかすかに光ったように見えた。
男は微笑みながらうなずき、古びた袋から斧を差し出した。
それは「鬼刃」だった。ケイは鬼刃を受け取り、おずおずと礼をした。
ケイはその日、独りで木を切りに出かけた。
鬼刃は驚くほど良く切れた。
硬かったはずの木々がまるで山芋のようだ。鬼刃が心地良く刈り断つ。
ケイは嬉しかった。
自分は不器用で腕力も強くはなかった。
良い腕前のきこりではない。
老いてきたソウジにも遠く及ばない。
もっとどうにかならないものかとずっと気持ちが腐っていた。
それがどうだ。
今の自分は最高だ。これはもう日の本一のきこりじゃないか。
目が爛々と輝き、取り憑かれたように木を切って切って切りまくった。
男 ガ シャベッタ トントントーン
男 ガ 木 ヲ 打ツ トントントーン
山神 ガ 怒ルゾ トントントーン
鬼刃が唄う。
翌日、ソウジが戻ってきたが、ケイの姿はどこにもなかった。
小屋から離れた森まで探し回っても見つからず、不安が募る。
ソウジは疲れ切って肩を落とし山を降りた。
山のふもとの淵に差しかかると、そこにケイの服が散乱していた。ソウジは悟った。
「しゃべってしまったのか…」
ソウジは震える手で地面を叩きながら、若き友を思って泣き崩れた。
――*――
サトは山を登る途中、ふもとの淵で立ち止まった。
木々の隙間から、かすかに誰かの声が聞こえてくるような気がした。
彼女は振り返り、誰もいないことを確認したが、背後から冷たい風が吹きつけた。
「鬼刃…本当に存在するの?」
そうつぶやいたサトの耳元に、かすかな声が囁いた。
「決して、しゃべってはならぬ…」
鬼刃の夜 たま、 @hantutama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます