限界コンビニアルバイターの手記
天条光
第1話 近くて便利な人形ロボット
某県某市にあるコンビニ。
僕はそこで働く独身異常男性予備軍の28歳男だ。
今日も今日とて未来ある学生と共に、近くて便利な戦士として生きるために働いている。
これはそんな僕の本音であり、愚痴であり、弱者の叫びを綴った負け犬物語である。
チュルリンチャルリンという愉快なメロディが響き渡った。
「…マジか」
それとは反対に、僕の心は憂鬱になる。
某最大手コンビニが提供するデリバリーサービス「セ○ンNow」に注文が入ったことを知らせる音だ。
音の発信源であるスマホに向かって歩を進めながら、僕はドリンク売り場の上に設置された丸時計を見る。
時刻は、19時過ぎ。お勤めを果たしたサラリーマンや工場労働者、学生の帰宅ラッシュで、店内が勤務時間帯で一番混む時間だ。
レジカウンター内で型落ち韓国メーカーのスマホを手に取り、画面に表示された注文の文字をタップすると、首にかけてお客でごった返す店内に繰り出した。
セ○ンNowの流れとしては、まずユーザーが専用のサイトにアクセスし、欲しい商品をリストに追加して注文を送る。
それを店舗のスタッフがピッキング、袋詰めをして、周囲にいる個人配送員に配送依頼を出し、受理した配送員が店舗に来て商品を渡しお客に届けてもらうという仕組みだ。
しかも、30分以内に対応が完了しないと自動キャンセルになる。
だから、店舗スタッフはどれだけ忙しくても、他の作業があっても、商品のピッキングを優先しなくてはならない。もちろん、その間にもレジにお客さんは来るのでその処理をしながら、居なくなったらピッキングするという男性脳にはきついマルチタスクになる。
正直、来店したお客の相手をし、納品された商品を売り場に並べ、コピー機の使い方がわからないからと最初から最後までサポートさせられるだけで手一杯なのに、画面上のお客まで相手にしてる余裕はないのが本音だ。
ただでさえ、メルカリの荷物の受付やスムージーやら店内で揚げたドーナツが増えてやることは年々増えている。半セルフサービスだから別に負担としてはそうでもないが、それでもそれが複数組み合わされば負担増なのは変わらない。
しかし、やらなければならない。仕事だから。
そう自分に言い聞かせて、店内から注文された商品を探しスマホでバーコードを読み取りながら買い物カゴに入れていく。
だが、ピッキングも終盤に差し掛かったところで問題が起きた。ある商品が見当たらないのだ。店内もバックルームも探したが見つからない。
「データ上はあってもスキャン漏れや万引きでズレていて商品がないパターンかな?…面倒くさい」
思わず愚痴が口から溢れでる。
というのも、注文した商品がない場合、そのことをお客に通知して、その商品を除いた注文でよいかを確認する必要があるからだ。
お客がよしとすれば話はそこで終わりだが、そうではない場合は、キャンセルか注文内容の変更を選択することになる。キャンセルの場合はピッキングした商品を売り場に戻す羽目になるし、再注文の場合はまたピッキング作業をしなくてはならなくなる。
しかも、店舗に来店してくるお客も接客しながらだ。
めんどくさいと呟くなるのも許して欲しい。
「お、注文確定の通知がきた」
幸い、今回は商品がない注文のままで良いとアリガタイ通知があったので、集めた買い物カゴを片手にレジカウンターに入る。
注文された商品が入るサイズの袋を取り出し、箸やスプーンを袋に詰め、保冷剤を入れてから、配送員を呼ぶためにスマホを操作する。
レジでお客を捌きつつ、スマホをちらりと確認するが、なかなかマッチングしない。
昔に比べてデリバリーサービスの配送員として働く人が増えたのでマッチング率は上がったものの、やはり都会に比べるとまだまだマッチングしづらいのが実情だ。
「マッチングしないとキャンセルされて集めた商品売り場に戻さないといけなくなるんだよなぁ…このサービス考えたやつにもし会えたら殴ってやりたい」
などと見えないサービス立案者に怨嗟の言葉を吐いていると、ようやく配送員が見つかった。良かった。これで一安心だ。
注文された商品の中に冷凍物があったので、バックルームの業務用冷凍庫に突っ込み、途中で止まっていた雑貨の品出しに戻る。
「いらっしゃいませ!こんばんは〜!」
もはや入店音をトリガーに口から勝手に吐き出されるテンプレートを定期的に発しつつ、僕は黙々とオリコンから商品を取り出し売り場にパズルのように並べていく。
何も感情はない。いらっしゃいませとも別に思っていない。でも、9年近くも続けているとプログラムされたように口から出てくる。
高校一年生の夏にそれまで続けていたサッカーを辞め、働き始めた時に感じていた働く喜び、色んな人と話す楽しさはとうの昔になくなった。正確に言えば、感情を殺して黙々とやらないとやっていられない。
セ○ンNowの他にも、ストレス源がたくさんあるからだ。
例えば、雨で湿った紙幣を入れてから、「いけると思ったんだけど」とか意味不明なことを言うやつとか、なぜか斜めを向いてボソボソと何かを言っていて聞こえないから、「なんですか?」と聞いたら逆ギレしてくるやつとか、弁当用の茶色の袋が嫌だから白い袋に変えてくれと会計後に言ってくるやつとか、そういうコセイテキなお客の相手もする必要があるからだ。
いらっしゃいませと言ってお迎えし、カゴに入った商品を漏らさずスキャンし、タバコを取りフライヤーを取り、どこかのセクシー御曹司のおかげで増えた「袋はご利用ですか?」を聞いて、自動レジでの会計を促し、ありがとうございました。またお越しくださいませ、と頭を下げつつお見送りする。
それが僕のレジルーティンだ。これを一日50-100回近く無感情無意識で繰り返す。感情を込めてやっていたら、プライベートの時間には廃人になってしまう。
しばらくそんなことを考えながら品出しをしていると、大きなリュックを背負ったいかにもな感じの人が入店してきた。
僕がレジに向かうと、「セ○ンNowです。番号は」と決まり台詞を発した。僕は「少々お待ちください」と返すと、冷凍庫に入れておいた冷凍物と、ドリンクの段ボールが摩天楼のように積み上げられたウォークに入れておいたそれ以外が入った袋を持ち、レジで待っている配送員の元に戻る。
袋の中身を取り出して、注文通りに商品が揃っていることを相互確認し、配送員に袋を渡して対応は完了だ。
あとは、配送員の評価をgoodと適当につけ、スマホを元の場所に戻せば終わりだ。
スマホに充電ケーブルを差しながら、自動ドアから出ていく配送員の背中をちらりと横目で見ながら思わずつぶやいてしまった。
「なんでこんなことまでしなくちゃならないのかな」
もちろん理由は、仕事だからだ。
そんなのは誰に言われるまでもなくわかっている。
それに嫌だったらやめて、違う仕事をすればいい。
周りの人はそう言うだろうし、僕もそれに同意だ
だけど、それでも思うのだ。
最低賃金なのに…と。
僕がバイトを始めた高校一年の時に比べて明らかに仕事の量は増えている。
淹れたてコーヒー、スムージー、常温のホットスナック、セ○ンNowとかとか。
減ったのはおそらく、暗黒歴史のセ◯ンPayぐらいだ。
これだけ仕事量が増えても、最低賃金のままで、しまいには親会社はカナダの同業に買収されそうになっている。
それに最低賃金は上がっているが、その分物価とか税金も上がっているから、間違いなく学生の当時より買える量が減っている。エンゲル係数爆上がりである。
これが衰退国か…としみじみと思う。
セ○ンNowに関していえば、まだまだ利用度は低いので負担は少ないが、これが何かの拍子に人気になって、今の倍になったらもう仕事が回らなくなる気がする。
そんな未来が来る前にネットスーパー事業ように撤退報道が先に出ることを切に願いつつ、僕は今日も明日もこう声を張り上げるのだ。
いらっしゃいませ!と。
限界コンビニアルバイターの手記 天条光 @Jupiter0322
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