異汎系シチュエーション

三高 吉太果

 困惑している。

 目の前のコンシェルジュ・アンドロイドはトラブルがあったようで、何を呼びかけても応答がない。目の奥のLEDを見る限り、バッテリー切れではないようだが。

 通信用の汎用型デバイスを取り出して運営元に問い合わせるも、AIオペレーターは要領を得ず、決まり切った受け答えを繰り返すばかりだ。どうやら三世代も前のライブラリを使っているようで、オペレーターの運営元が良好な顧客体験よりもコスト削減を優先する企業だと気づくのに時間はかからなかった。

 これでは、このモーテルに宿泊できない。脳を公共クラウドに接続して近くの宿泊施設を調べるが、どうやら付近にはここ以外のモーテルは無さそうだった。

 ロビーで困り果てていると、エレベーターから宿泊客が降りてきた。

 犬と接合したキメラタイプのバイオ・ストラクチャーだった。この「モノ」は会話ができるだろうか。藁にも縋る思いで話しかける。

「ちょっとすみません。ver.78世代の言語はわかりますか?」

 機械語で尋ねてみる。

「ええ、わかりますよ。私はフル・シンボル・アーキテクチャを搭載しています。どうされました?」

「モノ」はそう答えた。

 私は驚いた! こんな田舎にフル・シンボル・アーキテクチャを搭載したバイオ・ストラクチャーがいたのは幸運以外の何者でもない。

「ああ、良かった! 本当に感謝します。ところで性別を教えてもらってもいいですか。対象認識に困るので」

「ああ、それは失礼。私は女性派閥所属のストラクチャーです」

 彼女はそう言って、私にハート型のイメージ・スタンプを送信した。なるほど、この構造物は好感数値を上げるマニュアルも搭載しているらしい。

「ありがとうございます。では、今から私のシチュエーションをお送りしてもいいでしょうか」

「ノー・プロブレム」と彼女はロビーのソファーに座り、耳の後ろを後ろ足で掻いた。その姿は、私の実家で飼っている真性型の犬バイオ・ストラクチャーとそっくりだった。親近感を覚える。

 彼女がコネクトを開けたことを知覚したので、私は百万分の一に圧縮したシチュエーションを送信した。数秒後、彼女は「なるほど」と言って、私にソリューションを返信してきた。流暢なオーガニック・ビジネス記法で書かれたそれは、私の宿泊施設を確保するのに十分すぎる答えだった。

 私は彼女の知性に感嘆した。

「素晴らしい……。これで私のモーテル枯渇問題はクリアになりました。もしよろしければ、感謝のしるしに、これからハイコンテクスト・セッションでもいかがですか?」

「ふふっ、冗談がうまいのね」

 彼女は肯定印のイメージ・スタンプを送ってきた。私のジョークが通じたらしい。

 私はすぐに彼女のバーチャル・ドアにアクセスし、行きつけのコンテクスト・バーに連れ出した。三十分程度の仮想時間だったが思ったよりも盛り上がり、私たちは近いうちの再会を約束して互いのアイデンティティーを交換した。もちろんマルチタイプのアイデンティティーだ。いきなりユニーク・アイデンティティーを送信する勇気は私にはない。

 現実に戻って時計を見ると、数十秒過ぎたぐらいだった。まずい、モーテルに到着してからもう三分も経っている。早く変容しないと商談に間に合わなくなってしまう。

 案の定、彼女はもうこの空間をリーブしたようで、そこには空のストラクチャーが残されていた。

 私は彼女のおかげで自分の部屋に入ることができ、シチュエーションはクリアになった。

 それからしばらくして商談も無事に終え、ベッドに入ったあと、私はふと「フル・シンボル・アーキテクチャを入れてみようかな」という気になった。昔、一度考えたことがあったが、仕事が忙しくなりそれきりだった。彼女との邂逅が影響したことは間違いない。

 公共クラウドで調べていると、とある汎用言語研究所のカタログの中に彼女のマルチタイプ・アイデンティティーがあった。なるほど、そういうことだったのか……。

 私は納得し、こういう出会いがあるなら異汎系のシチュエーションもたまには悪くないなと、ゆっくりと眠りについた。

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異汎系シチュエーション 三高 吉太果 @mitaka-kichitaka

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