第15話 嫉妬と友愛

「後ろにいるのは、もしかしてマッケナ総帥のご親戚ですか?」


 ワイアットの肩越しに見えた病弱に痩せた赤毛の少女について訊ねた。

 言いかけたところを強制的に止められたワイアットは振り返る。


「え、エルシー!?」


 護衛の軍人が2人、エルシーの後ろに、少々困った表情で立つ。

 屋敷から狩人小屋までの数メートルの距離に息を上げ、肩が静かに上下する。


「アナタは、ワイアットの想い人なのね」


 思いもよらない言葉に、赤ずきんは一瞬目が点になったが、すぐに優しく微笑んだ。


「彼は命の恩人であり、友人です。私には大切な相棒がいますから」

「うっ」


 俯いたワイアットの反応に、エルシーは弱々しい目で睨んだ。

 ワイアットのホルスターから軍用自動拳銃を抜き取る。


「ワイアットは私の友達よ、取らないで!」


 安全装置を外し、スライドを引く。

 

「うぁっ、エルシー! それはダメだ!」

「黙りなさい!」


 ワイアットは反射的に胸を張り、真正面に顔を固定させて、不動の姿勢となる。


「さすが総帥の親戚、銃の扱いは知ってるみたいですね。ですが危ないので、無抵抗の相手に向けないでください」

「私の話を無視する気?」

「いえ、エルシーさんでしたか、貴女より私の方が素早く撃ってしまいます。となるといろんな問題が発生しますよ」

「な、なによ」

「まず、護衛対象から離れたうえ、銃を容易く取られたワイアットさんは除隊か、もしくは軍法会議にかけられ肉体的な処罰がくだされます。私にいたっては、軍法どころかその場で射殺されてしまう。後ろで護衛をしている兵士さん、屋敷の使用人にも処罰がくだされるでしょう。貴女の行動ひとつで何もかも決まります」


 握る手を弱めた。


「そ、そんな言い方、意地悪よ、こんな人のどこがいいの!?」

「エルシー……彼女を悪く言わないでくれ」

「私は、こんな、痩せこけて、病弱で、は、ぁ」


 大きな声を出したせいか、呼吸を乱す。


「ワイアットさん」

「あっ」


 赤ずきんのアイコンタクトに、弱ったエルシーから銃を取り返す。


「ごめんエルシー、銃は危険だ。君が持っちゃいけない」

「く、ぅ、けほっ」

「エルシーさん、友達として関係を築きたいのなら言葉や行動は気を付けましょう。彼も軍人ですから、どんなことも命令と捉えます」


 赤ずきんはフードを深くかぶる。


「それとワイアットさん、任務を放り出すなんて軍人失格ですよ。では、さようなら」


 別れの言葉に返すことができず、相棒のもとへ戻っていく背中を見つめ、張り裂ける感情を胸の奥に落とし込んでいく――。













 ――数週間が経過したあと、ワイアットは私服で屋敷にいた。


「どうして軍をやめるの? だって、大事になってないじゃない」

「いや、違うんだ……エルシーと友達になるにしても、やっぱり軍にいると主従が生まれちゃうだろ、どこかで命令だから友達としているって、なるんだ」

「そんな……」


 エルシーは肩を落とす。

 ワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、細い手を震わせた。


「ちゃんとした答えが言えなくて歯がゆいけど……俺はエルシーと友達になりたいから、除隊する」

「私は、邪魔したのよ、彼女と話したかったんでしょ、もっと」


 軽く咳払いをして、ワイアットは誤魔化し微笑んだ。


「いや、いいんだ。上手くいかないのは分かってたしさ、エルシーを嫌う理由にはならないよ。エルシーも、もう少ししたら都に戻れるんだろ?」

「えぇ、だいぶ落ち着いたから、ワイアットはどうするの」

「都に戻る。何かカフェか雑貨でもしようかなって、店ができたら一番に招待するよ」

「うん……ありがとうワイアット」


 力なく微笑んだ。

 エルシーは床に足をつけ、ゆっくりと立ち上がる。


「せっかく友達が来てくれたんだから、リンゴかお菓子を持ってくるわ。ワイアットは待ってて」

「え、そんな悪いよ、俺が」

「じゃあ一緒に行く?」


 一緒に、と誘う優しい口調。

 遅れて立ち上がったワイアットは友人の隣に並んだ。

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愛を食す 空き缶文学 @OBkan

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