第14話 想いを伝える
エルシーは屋敷の窓から町全体を見渡した。
町の内側、隅に置かれた狩人小屋も、外の森と山、遠くへ続く街道も見渡せる。
エルシーはジッと目を凝らし、誰かを探す。
赤いコート、ライフル銃、傍には体長130センチほどの狼、が目に留まった。
前のめりになって、少し身を乗り出す。
「あの人が、ワイアットの……」
まるで呟きに反応したように、振り返る。
フードを深くかぶっていて、ハッキリ顔を捉えることはできないが、細身かつ控えめな動作から、女性だと気づく。
「よく見えなかったけど、きっと綺麗な人だわ」
心をくすませる感情に襲われかけ、窓から離れた。
己の病弱な姿を鏡に映す。
筋肉のない、ちょっとの重さで折れてしまうような手足と、病弱な目元、赤毛とそばかす。
肯定的な意味を掬い出すことができず、ベッドに身を投げた。
『そういやお友達役は?』
守衛の笑い交じりの話し声が、扉越しに聞こえる。
『愛しい彼女のもとへ走っていったよ』
『はぁー任務を放り出すなんて、軍人失格だな』
『滅多に会えないんだから、まぁいいじゃないか』
『しっかし、あいつも可哀想だぜ、相手はとんでもない高嶺だろ。どれだけ願ったって、叶わぬ恋ってやつだ』
シーツの布を握り締め、皺を寄せた……――。
『どうしたの?』
「いやぁ、ちょっと視線をね。確か総帥のご親戚があの屋敷で療養中なんだって」
『ボクの知らないところでワイアットと話したの? 赤ずきんは物好きだ』
嫌悪を含めワイアットの名を呼ぶ。
「相変わらず嫌いなんだね。一番世話を焼いてくれたのに」
『だってだって、赤ずきんを見る目が気持ち悪いんだ』
「うーん、そう?」
『赤ずきんが彼に興味をもたないところが救いかも。うっ、噂をすれば』
気配とニオイに気付き、狼は不快に唸った。
振り返ると帽子を外し、背伸びしたワイアット。
「狼クンに近づくなら、撃ちますよ」
『何の用?』
45口径のダブルアクションリボルバーに手を添える。
「ごめん、でも、少しだけ話をしたくて……次いつ会えるか分からない。君が俺のことを嫌うのは当然だ。むしろ嫌われてる程度で済んでることが奇跡だと思う、だけど、彼女と話をさせてほしい」
『むむむ……それってつまり、好きなの?』
「えっ、あぁーえと、そのぉ、友達として!」
『ワイアットは相手いないの? いい加減あきらめなよ』
「うぅ、そ、そんなこと言われても、気持ちはどうしようもないんだっ、分かっていてもさ」
『べーっだ、ボクは小屋でリンゴ食べてるからっ話が終わったら呼んでよね!』
むしゃくしゃとした態度で狼は、リンゴの入ったカバンを銜えて小屋に入ってしまう。
肩をすくめる赤ずきんは、フードを捲り、穏やかな碧眼と金髪の三つ編みを露出させた。
「それで新米兵士さん、どういった話ですか」
呼び方に、軽く口を曲げてしまう。
「俺は、1秒たりとも君の名前を忘れる時間なんてなかった」
「それは、どうも、ワイアットさん」
「アーサーのこと、聞いたよ。とても残念だ、いつも俺のことを揶揄ってたけど、悪い人じゃなかったから……」
「えぇ、私もそう思います」
淡々とした返しに、ワイアットは首を振る。
「都に、もう戻らないの?」
「今のところ」
「どこまで、行くつもり?」
「分かりません」
「そっか、そっか……」
「はい」
帽子を強く握りしめ、一歩踏み込んだ。
「俺は、戻ってきてほしい。赤ずきんと狼と、もう一度――」
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