50

 朝灯町は変わってしまっていた。あの頃より寂れて空き家が目立ち、唯一の商店街はただのシャッター通りに変わっていた。真夏の暑い昼下がりのせいか人通りもほとんどなく、私たちが住んでいた頃よりもずっと閑散としていた。

 ヨダカの家だった商店は、まだぽつりと建っていた。お店と住居を兼ねた建物の入口の鍵は誰かに破壊されて、引き戸は半分開いていた。中は落書きさえなかったけど、僅かに残った段ボールや棚はひっくり返され、空き缶や煙草の吸殻が床に散乱していた。

「人ん家で勝手に遊ぶとか、失礼だよなあ」

 ヨダカが軽く蹴った空き缶が、カラカラと音を立てて転がった。靴を履いたまま奥の土間を上がるのに、私も躊躇ったけど彼に続いてそっと部屋に入った。和室ではタンスの引き出しが全て投げ捨てられ、テレビ台からテレビは消えている。部屋はガラスの割れた窓から差し込む陽が明るいおかげで、畳の足跡さえも見て取れた。

「足元、気をつけろよ」

 二階への階段は私の記憶にも残っている。私たちはそっと踏板に足を乗せてゆっくりと上がった。ヨダカはさっきからほとんど言葉を発さない。何かを探すように辺りを見回す彼の視界に映るものは、私には見えない。彼の前には、十一年前の景色が広がっているに違いない。そこには、私や葵ちゃんの姿もあるのだろうか。

 二階は一階ほど荒らされてはいなかった。開きっぱなしの襖の向こうの四畳半は、子ども部屋だった。ここで絵本を読んだり、譲ってもらったお店のお菓子を食べた覚えがある。

 低い本棚には、絵本が並んでいた。何冊かは床に落ちていたけど、ほとんどが背表紙を並べて静かに身を寄せ合っていた。ヨダカが片膝をついてその一冊を手に取り、さっと埃を払う。舞い上がった埃が窓から差し込む光の中できらきらと輝いた。子ネズミが冒険をして様々な動物と出会う、私たちの大好きな絵本だった。

 ヨダカの部屋は、いなくなった当時のまま残されているみたいだった。お父さんはきっと、彼がいつ戻ってきてもいいように置いていったんだろう。いつでも取り戻せるように、そのままの形で残していったに違いない。

 押し入れに頭を突っ込んで段ボールを引っぱり出したヨダカが、「あった」と声をあげた。絵本を眺めていた私がそばに寄ると、彼は見覚えのあるカメラを手に持っていた。水色の可愛らしいトイカメラは、幼いはるくんの宝物だった。

「誕生日に、買ってもらったんだよね」

 そばに膝をつく私に頷いて、彼は指先でそっとカメラの埃を拭う。

「いっつもこれを首にかけてたよね」

 どこに行くにも、彼はストラップでカメラを首から提げていた。あのかくれんぼの時も持っていて、うっかり転んで壊さないようにと境内に置いてあったから、彼が消えても回収できたのだ。

 彼は指先でSDカードの取り出し口をそっと撫でる。

「……写真、取り戻せるかな」

 もし中のカードが無事ならば、当時の写真を復元できるかもしれない。やってみようよと私が言うと、彼は頷いて大事そうに自分のバッグへカメラをしまった。にこにこ笑うはるくんの姿が頭に浮かんで、私は部屋を見回す。砂埃に塗れた四畳半。取り戻せた感触と、もう戻ってこない感覚とが混ざり合って、胸がぎゅうっと苦しくなった。

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