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日が経って少しずつ顔色がよくなってきたと思ったら、ヨダカは再び高瀬さんを通じた依頼を受けるようになった。それも週の半分以上を費やして、一日に数件分の依頼をこなすこともあった。私は到底その全てに着いて行けるわけじゃなく、顔を合わせた時にそうした話を聞くだけだった。そして彼は再び疲れてきている風に見えた。
ごめん、ちょっとしんどくて行けない。
バイト終わりに一緒にご飯を食べようと約束した日だった。ヨダカからのメッセージを見て、私はそのままバイト先で夕飯の材料を買った。エコバッグを肩に提げてヨダカの住む部屋を訪れた頃には既に午後七時を回っていたけど、夏の空は驚くほどにまだ明るかった。
「夏風邪?」
「いや、そういうんじゃないと思う。熱もないし。ただしんどい」
「ご飯食べてないでしょ。寝てて。用意するから」
さっきまで寝てましたという顔のヨダカは、六畳間に敷きっぱなしの布団に転がった。水の半分残ったペットボトルがそばに置いてある。お米があったからそれを炊いて、買ってきたパックのご飯は冷蔵庫脇のラックに入れておいた。洗い物をして、簡単に部屋を片付けて、ご飯が炊けたらカニカマと卵の雑炊を作る。その間、ヨダカはすっかり眠ってしまっていた。
台拭きで綺麗にした座卓に、二人分の雑炊と水の入ったコップを運ぶ。彼の額に汗が滲んでいるのを見つけて、乾いたタオルでそっと拭う。ゆっくりと瞼を開いたヨダカは、微かに呻いて重たそうに身体を起こした。
「まだ寝てていいよ」
「ううん。……あつい」
部屋の中は窓を開けていても風がないせいでじわりと熱がこもっている。彼が扇風機をつけると、やっと空気が動き出した。
心配は杞憂に終わり、ヨダカはお椀一杯の雑炊を綺麗に食べた。食欲があるなら、重い病気ではないだろう。私は安心して自分の雑炊を口にした。
「それにしても、随分疲れた顔してる。クマもひどいし」
彼の目の下には薄い三日月形のクマが浮いている。身体も少し痩せたのか、前より薄くなったように見えた。
「夏バテかな」
私の言葉に、うーんと呻りながら、とろんとした目元をごしごしと擦る。
「バイト、忙しいの」
「いや、バイトはそんなことない。三日続けて高瀬のとこ行ってたし」
「三日連続で?」
「うん。六件ぐらいやったかな。明日も行く予定」
「それで疲れてるんだよ」
我ながら的を射た発言だと思ったのに、彼は「いやいや」と笑って片手を振った。
「そんなんで疲れないって。話聞いて写真撮るだけだぜ。バイトよりずっと楽だよ」
「でも、気疲れとか……初対面の人の話を聞くわけだし」
「ほぼ聞いてるだけだからな、疲れることなんてないよ。唯依のいう通り、夏バテが被っただけだと思う」
「それなら、ちゃんと休みなよ」
私の心配の言葉も他所に、彼は「へーきへーき」なんて言って、二人分の食器をシンクに運んだ。その動作さえも緩慢で、私は並んで食器を洗った。なんだか、隣にいる彼がふっと消えてしまいそうな不安感に包まれる。急に窓から強い風が吹いて、その瞬間に彼が攫われてしまう嫌な想像をしてしまう。
「唯依こそ、なんて顔してんの」
洗い終わった食器を布巾で拭きながら、ヨダカが私に言った。
「まるで幽霊でも見つけたような顔じゃん」
「縁起でもないこと言わないでよ」
不安顔を打ち消して、私は濡れた手で彼の腕を軽く叩いた。痛いなあと笑う彼は、儚く触れられない距離にいるようだった。
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