23
柚梨さんの口にした言葉は、私の頭の中を巡り続けていた。あくまで対等じゃないといけないという彼女の台詞は、同条件じゃないとおかしいという嘗てのヨダカの台詞と同じ意味だった。加えて、十代の未成年が三十も近い男と付き合うことは母も非難していた。
自分のスマホは剛史にチェックされるため、ヨダカからもらったスマホで「共依存」という言葉を改めて検索してみた。
相手の評価に過度に頼り、自分を犠牲にして尽くす状態。自己肯定感の低い人間が陥りやすく、また束縛をする支配的な特徴がある。恋愛関係であれば恋人を最優先し、周囲の意見に耳を貸さなくなってしまう。
クローゼットの前で力なく床にへたり込み、私は画面をスワイプする指先が震えているのに気が付いた。周りから言われてきたことを改めて脳内で反芻すると、ここに書かれている内容は全て私たちに当てはまっていた。
「どうして……」
私は自分を犠牲にしているつもりはなかった。けれど、ひとたび連絡があれば全てを放棄し剛史を最優先に行動している。身内の反対は雑音とみなし、そのくせ自己肯定感は地を這っている。何もかも剛史の機嫌次第で、部屋の空気も自分の感情も全てが左右される。しはいてき、と唇でなぞった言葉を検索ボックスに入力した。
異性に対し支配的な男性の特徴は、頭が真っ白になるほど剛史と一致していた。モラハラという単語を見つけて、動悸がした。そんなひどい真似を彼がするはずがない。私が受けているわけがない。けれどチェック項目を見て、背中に氷水を流されたような悪寒に震えた。
自分の非を認めない、スマホやケータイを監視し束縛する、彼女の容姿学歴などを馬鹿にする――。十個ほど並ぶ項目は、まるで彼を示すために作られたもののようだった。モラハラ、つまりモラルハラスメントとは精神的暴力のこと。相手の精神を傷つけ不安定にし、支配すること。知らない間に、私は剛史から暴力を受けていた。画面の説明に唇を噛み、腕で目元を拭う。服の袖がしっとり濡れた。
もう否定することができない。今現在、堂々と自分のスマホを使えないことが、その証拠となっている。確実に彼のいない昼間を狙い、こそこそと隠したスマホを使っている。それは彼に監視されているから、彼に否定され、機嫌を損ねるのが怖いから。唇の隙間を縫って、雫が口の中に侵入する。私はいつの間にか、ぼろぼろと涙を流していた。
やっぱり、私たちは普通じゃなかった。みんなの言う通り、まともな恋愛関係ではなかった。ここにあるのは、異常な依存関係だった。
「どうしよう……」
しゃくりあげる隙間で呟く。異常だと分かれば、どうしたらいいの。私がずっと剛史に抱いていた「好き」という感情、これさえも間違っていたの。そう考えて、でも、スーパーでレジを打っていた時、確かに彼を好きになったことを覚えている。あの感情は、紛れもない本物だ。
いつの間にか、私たちは異常になってしまった。依存した主従関係を築いてしまった。どこかで私は知っていた気もするけれど、ずっと見ないように言い聞かせていた。それを指摘する言葉には猛烈に反発して、邪険に扱った。都合の悪い言葉に耳を塞いでいる内に、ここまできてしまった。
それでも私は、彼と別れるのではなく関係を修復して立て直す方法があるはずだと考えた。終わらせるのではなく、恋人として対等な関係に戻すため、どうすればいいか頭を必死に働かせる。嗚咽を噛み殺して、私は目に残る涙を拭った。
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