15

 いやいやいや。左手をぶんぶん振って、ヨダカはポテトを咥えたまま首も左右に動かした。「それはないって」

 世間話にバイトの話をしていた私が、先日剛史が同僚とやって来たことをついでに口にすると、彼はそんな態度を取った。

「事前に言うだろ普通、しかも他人連れてくるなら余計にさあ。抜き打ちテストみたいじゃん」

「抜き打ちテストって」

 私は自分のSサイズのポテトを摘まんだ。たまに、この塩気たっぷりなジャンク品の味が恋しくなる。月曜日、お昼過ぎに六等星でのバイトを終えて、待ち合わせたヨダカと一緒にファストフード店を訪れていた。

「変な言い方しないでよ」

「そうとしか見えないぜ。同僚に自慢してる風にも聞こえる」

 二人掛けのテーブル席で向かい合った私は、ヨダカの台詞につい笑ってしまう。

「ないよ、そんなの。私が自慢になんてなるわけないじゃん」

「あのなあ。若い彼女ってだけで、彼氏にとっては自慢なんだよ」

「まさか」

 手元の紙包みを開いて、ハンバーガーにかぶりつく。パサパサしたバンズ、薄いパティ、加えてケチャップとピクルスたちが絶妙に絡み合っていて美味しい。

「ほら、食べなよ、冷えたらまずいよ」

「危機感ないなあ」

 ヨダカも自分の包みを開いてハンバーガーに口をつける。彼の分からは、薄い緑のレタスがはみ出している。それをもくもくと食べながら、「共依存」と彼は言った。

「きょういぞん?」

「唯依と彼氏の関係」

 彼の言葉が、頭の中で「共依存」という言葉に変換された。途端、不快感が湧き上がって、私はそれを隠すことなく眉根を寄せた。

「共依存って、私たちが?」

「そうだよ」彼はストローで紙コップのコーラを吸って、ちらりと私に視線を向ける。その顔に、私は唇を突き出す。

「つまり、どういうこと?」

「相手に依存し過ぎてんだよ。特に唯依は、そいつからの評価が全てだと思い込んでる節がある。そして、自己犠牲で尽くす彼女に、彼氏とやらも依存してる。これはよくない。実によくない」

 まるで全てを知っているような台詞とすまし顔の彼に、私は苛立ちを覚えた。

「依存なんかしてない、普通だって。ヨダカは彼女持ちじゃないから分かんないだろうけど」

「それでも分かるぐらい、異常だってこと」

「ああ言えばこう言う。じゃあ、ヨダカは私たちにどうしてほしいの。別れろってこと?」

「そんな極論を持ち出してるわけじゃないって」

 くしゃくしゃと紙を丸めてトレイに転がし、私は憮然としたまま残りのポテトを指先で挟む。しんなりし始めたポテトは、口の中でぐにゃりとたわむ。

「……まあ、だからどうすべきかってのは、俺にはよく分からないけど。少なくとも、自己犠牲で付き合うのはやめろよ」

「自己犠牲なんてしてるつもりないけど」

 ヨダカの目には、私たちの関係は相変わらず異常に映っているらしい。ちっとも理解されない腹立たしさと共に、一つの考えが頭の中に浮かんだ。

 もしかして彼は、私と付き合いたいんじゃないだろうか。

 それなら彼の態度に納得がいく。良くない共依存だのと難癖をつけて、私と剛史を別れさせようとしているのではないか。そこを狙っているのかも。つい考えて、私はうっかり笑ってしまった。十一年ぶりに偶然再会した幼馴染と恋愛関係に陥るだなんて、映画の世界じゃあるまいに。自分の想像に恥ずかしささえ覚えて更に頬を緩めると、そんな私を不審な目で見ながら、ヨダカは片手でハンバーガーの包みを丸めた。

「私は満足してるから、放っといてよ。心配はありがたいけど」

 剛史に我儘な面があることは否めないけど、彼の背景にも同情すべきところはある。幼い頃から片親家庭で過ごし、長年寂しさを抱えてきた彼は、ほぼ母子家庭に近い私と波長が合った。養ってもらっているんだし、彼の我儘は少々大目にみないとバチが当たる。

 まだまだ言い足りない様子の彼に、「それより」と私は身を乗り出した。

「昨日アップしてた写真、すごく良かった! いよいよ春の訪れって感じで」

 昨晩、ヨダカはツーエルに一枚の写真を投稿していた。チューリップの蕾が膨らむ花壇で、一匹の野良猫が欠伸をしている写真。顎が外れそうなほどに口を開いた茶トラの猫は可愛らしく、小学生のお絵かきのようにほのぼのとした風景だった。

「そりゃどうも」

 褒められるとまんざらでもない様子で、彼も頬を緩めて笑ってみせる。彼の撮る写真が、私は好きだ。いやらしい計算を感じさせない真っ直ぐな写真には、素直な美しさがある。彼の目には周囲がこれほど鮮やかに映っているのかと思うと、羨ましささえ感じる。

 そう言って褒めると、ヨダカは目をぱちくりさせた後に、褒め過ぎだと苦笑いした。そして私の次の台詞に、もう一度目をぱちぱちさせた。

「コンテストとかに送ってみたら」

「……コンテストって、写真の?」瞬きした目で、彼はやっぱり苦笑する。「褒めてくれるのは嬉しいけど、そんな凄いもんじゃないって」

「けど、もし選ばれたら最高じゃない。応募するだけならタダなんだから、やってみなよ」

 私はYuIとしてやり取りしていた頃からヨダカの写真を応援している。ツーエル内にあまり浮上しないおかげで知名度が低いだけで、もっと評価されるべき腕だと信じている。きっかけさえあればと思っている。コンテストで名を残すことは、まさにそのきっかけだと確信できた。

「初めは小さいところでいいんじゃない。ついでに賞金とかもらえたらラッキーでしょ、生活にも使えるし」

「そういうの、捕らぬ狸のっていうんだぜ」

「くじは買わないと当たらないんだよ」

 私がスマホで検索を始めると、やがて彼も自分のスマホに同じキーワードを打ち込み始めた。「写真」「コンテスト」「初心者」この三つだけで、大小さまざまなコンテストの情報が流れてくる。

 これがいいあれがいいと話をしていると、心が弾んだ。写真の話になると、ヨダカは抑えているつもりでも、少し口角が上がる。いつも無気力をきどる目が輝きを帯びる。その姿を、隣りで見ていたいと思う。一秒でも長く笑っていてほしいと、心の底から願っている。

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