11
「あ、ヨダカじゃん。やっほー」
彼女は雑誌を炬燵に置くと、顔を上げてひらひらと手を振った。手を振り返す彼の後ろで戸惑う私を見つけると、にっこり笑った。
「こんにちはー、ごめんね、汚い部屋で。今飲み物入れるから。紅茶でいい?」
立ち上がってテキパキとやかんに水を入れてお湯を沸かす彼女も、同じく大学生風の人だった。
「高瀬から聞いた、ヨダカの友だちが来るって。可愛い女友だちがいるなんて、隅に置けないじゃん」
彼はこの二人にもヨダカと呼ばれているらしい。一体三人はどういう関係なのか、私の頭は混乱する。
「彼女はあれなんですよ、すげえ上手い絵描くんすよ」
そう言ってヨダカが満足げに振り向くのに、私は頷いて良いのか悪いのか分からない。
「絵描けるの? あたし絵心ないから、描ける人羨ましいな」
「いや、そんな大した絵じゃ……」
言い淀む私に、「描けるだけで充分大したことあるよ」と彼女は笑いかける。洗ったカップにティーバッグを入れて、私たちに座るよう促す。ヨダカが遠慮なく炬燵に入ったから、私もつられるように足を入れた。三月の終わりにしては肌寒い日だったから、心地よい。一番に入った紅茶のカップを、美月さんが手渡してくれた。
「あの、ここって何の集まりなんですか」
温かなカップを手にして少し安堵した私が問いかけると、彼女はきょとんと目を丸くした。
「え、ヨダカから聞いてないの」
「心霊写真の使い道があるって、連れてこられただけで……」
「それだけ?」
彼女は私ではなくヨダカに呆れた目線を送り、当の彼は次に受け取ったカップに口をつけて笑っている。
「女の子を困らせて笑うなんて、悪趣味なやつ」
ごめんごめんと全く反省した素振りのないヨダカが説明するには、ここは大学のオカルトサークルのOBが借りている部屋だということだった。高瀬さんも美月さんもそのサークルのメンバーで、こうして集まっては駄弁ったり心霊スポットに行く計画を立てたりしているらしい。
ヨダカがどうして彼らと知り合いなのかは、髭を剃って戻って来た高瀬さんが教えてくれた。
「ツーエルって知ってるよね、SNS。あそこで僕が声かけたんだよ、こいつが心霊写真アップしてるの見つけて」
「すげえしつこかった。どこで撮ったとか、加工じゃないかとか。だから実際会って目の前で撮ってやったんだよ」
ヨダカにとっては疑惑を晴らすためだけの心霊写真に、高瀬さんは驚いたのち歓喜したという。まだ中学を卒業したばかりの彼が大学生でないことを心の底から悔やんだそうだ。
「いや、マジでさ、好きなだけ心霊写真が撮れるなんて死ぬほど羨ましいよ」
美月さんが淹れてくれなかったから、高瀬さんは自分でコップに緑茶を注いで、シンクの前に立ったまま口をつけて嘆く。
「なのに心霊スポットやらオカルトやらにはあまり興味ないとか言うしさ。もったいなさ過ぎて僕は本当に神様を恨んだね。喉から手が出るほど望む人には与えないのに、ちっとも望まない人には特別な能力を与えるんだから」
「それで、心霊写真の使い道って、どういうことですか」
彼の悔恨が延々と続きそうな気配があったので、私は話を先に進めた。高瀬さんの代わりにヨダカが返事をする。
「さっき言ったろ、死んだ身内と写真を撮りたいって人がいるんだ。ここでそういう人の話を聞いて、写真を撮ってやってる」
「それってもしかして、お金をもらってるってこと?」
「高瀬の提案だよ、がめつい男だろ」
「ばっか。おまえもノッてきたじゃんか」
ヨダカが言うには、高瀬さんが窓口になって依頼を受けて、ヨダカが写真を撮って謝礼を得る。撮れなければお金は受け取らない。無事に心霊写真が撮れて受け取ったお金は、ヨダカとサークルで折半する。公園で少女の幽霊を撮った時、意外に金になるんだと言った彼の台詞を思い出した。
「折角撮れるんだから、人の役に立てないともったいないよな」
もったいないと高瀬さんの言葉を真似て、ヨダカがくすくすと笑う。
「あのなあ」高瀬さんが呆れた口調で、空になったカップをシンクに置いた。「役に立ってるっていうのは、ほとんどおまえの生活にだろ」
「いやいや、半分はサークルに渡してるし」
「ほぼ家賃光熱費に消えてるよ」
「ここの家賃、格安だって美月さんに聞いたけど」
ヨダカが向けた視線の先で、退屈そうにムック本を眺めていた美月さんが「まあね」と言った。「事故物件らしいし」
「じ、事故物件?」
テレビか何かで聞いたことのある単語に、私は思わず頓狂な声を出してしまった。
「事故物件って、その、もしかしてここで……」
「この部屋じゃないよ。浴室で心臓発作で亡くなってたんだって」
美月さんの台詞に、腕にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。この六畳間でなくても、ほんの壁一つ隔てた向こうで誰かが死んでしまったなんて。炬燵と紅茶で温まった心身が急に寒気を覚える。
「ごめんね、怖がらせるつもりじゃなかったんだけど」私の顔色を見て、美月さんが済まなさそうに言う。「私たちは耐性できちゃったけど、そりゃ嫌だよねえ。流石に私もお風呂は使えないもん」
「別に何もでないぞ」
「みんながあんたほど鈍感ってわけじゃないの」
高瀬さんを美月さんが睨むのを傍目に、私の喉元に「帰る」という台詞がこみあげる。
それが声になる寸前、部屋のチャイムが鳴った。そのタイミングに私は飛び上がらんばかりに驚いて、高瀬さんは腕時計を見て「もうこんな時間」と驚く。
「唯依ちゃん、折角だから見学していきなよ」
私の背中を軽く撫でて、美月さんがいたずらっぽく囁いた。
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