10
ヨダカに連れられるがまま電車に乗って下りた駅は、始めて訪れる場所だった。昨日、実家に帰ってへこんでいた私の心が、見知らぬ風景に少しだけ興味をもたげる。背の低いマンションやアパートが林立し、その間をコンビニや居酒屋が埋めている。暮らしやすそうな町だった。
「ねえ、そろそろどこにいくか教えてよ」
彼は私を驚かすことを楽しんでいるのか、行き先すら教えてくれない。私もいい加減にやきもきして、横を歩く彼に口を尖らせる。地元の大学の建物を横目に、ヨダカは仕方ないなあと言わんばかりの態度でようやく教えてくれた。
「心霊写真の使い道だよ」
「心霊写真って、この前公園で撮ってたやつ?」
「そうそう」彼は両手の親指と人差し指を立てて、それでカメラの四角形を作り架空のレンズを覗き込む。「なんでか知らないけど、俺がシャッター切るとやたら撮れるんだよな」
「テレビにでも送ってるの」
使い道といえば、テレビ局に送って夏の心霊特集に使ってもらうことぐらいしか思い浮かばない。私の言葉に、彼は手を下ろして一度頷いた。
「何度か採用されたことあるぜ。けど俺のははっきり写り過ぎて、使えないことの方が多いんだよなあ」
「普通の写真にしか見えないもんね」
彼が公園で撮った写真を思い出す。東屋のベンチに座っていたのは、どう見ても生きた少女だった。その場に彼女がいないことをこの目で確認しなければ、私もあれが心霊写真だなんて微塵も信じなかったに違いない。
「ツーエルにもたまに上げてるんだ」
「うそ、どの写真?」
「内緒」
彼がくすくす笑うのに、私は地味に嫌な気持ちになる。私のスマホの中を流れていく写真に幽霊が紛れ込んでいるなんて。しかもそれがわざとだから、質が悪い。
「いつ誰が気付くかって、実験してるんだ」
「ヨダカの写真には、もう反応しない」
「まあまあ。いつもやってるわけじゃないって」
「それが、心霊写真の使い道?」
なんて悪趣味な。私の苦い視線に、彼は違う違うと軽く片手を振る。
「心霊写真が欲しい人もいるんだ」
「だからそれって、心霊番組作ってる人でしょ」
「そういうんじゃなくて。例えば、死んだ身内の写真が欲しい人とかさ」
私の考えを遮って、ヨダカはにやりと笑ってみせた。
「もう一度、死んじまった家族と写真を撮りたいって人は結構現れるんだぜ」
「ヨダカ、そんな写真も撮れるの? 心霊スポットとか、そういう所じゃなくても」
「絶対じゃない、八割程度かな。相手を見ると、この人なら撮れるなっていうのがなんとなく分かるんだ。直感ってやつ。そんで話を聞いて写真撮ると、話に出たばかりの身内も一緒に写るんだ」
思わず私は、「うそ」と口に出していた。
「嘘じゃねえよ、俺が撮ったの見ただろ」
「見たけど、流石にそんな……。人が死んじゃった場所でもないのに、幽霊が撮れるなんて」
「じゃあ、その目で確かめたらいい」
言っていることがまるで不思議な自称霊感少年だ。先日の公園の一件がなければ、私は馬鹿にされてると感じて踵を返していたと思う。半信半疑の私の視線を平然と横顔で受け止めて、彼は角を曲がった。右手の塀が途切れ、その先の敷地に当たり前のように入っていく。
「ちょっと、ここ人んち……」
三階建ての小ぢんまりしたアパートの一階廊下を歩くヨダカの背に、私は慌てて呼びかける。くすんだクリーム色の外壁の建物は、大学を囲むように並ぶ周囲の住居と代わり映えしない。
「ここで合ってるよ」
すたすたと一番奥の部屋の前で立ち止まり、彼は躊躇なくチャイムに指を伸ばした。同時に、黒く無骨なドアの隙間から、ピンポンと細く呼び出し音が聞こえる。一体私は誰の部屋に連れられてしまったのか。説明不足なヨダカを恨む間もなく、無意識に髪に指を滑らせてバッグを持ち直した。決して社交的とはいえない私の心身に、あっという間に緊張が走る。
はいはいとうっすら声が聞こえたと思うと、開錠の音と共にドアが開いた。
「おー、来たな」
「来てやったよ」
「相変わらず偉そうだな」
顔を出したのは、ヨダカより少し年上の男の人だった。ロングのシャツにスウェットパンツという適当な格好をした大学生風の彼は、ひょろりと痩せて眼鏡をかけている。薄く無精髭すら伸ばしたままの彼に、もやしという言葉が頭の中に浮かんだ。
「髭くらい剃れよ、きたねえなあ」
「寝坊してさっき授業終わったんだよ」
ヨダカに憎まれ口を叩かれる彼と目が合って、私は控えめに頭を下げた。相手も軽く頭を動かす。
「ええと、連れてくるって言ってた友だち? 僕、
ヨダカと私へ交互に視線をやって、高瀬という大学生は明後日の方向を指さした。多分そっちに大学があるんだろうなと思いながら、私も秋月唯依という名前を口にした。
促されるまま、ヨダカの背に続いて部屋の中に足を踏み入れる。狭い三和土は意外にも片付いていて、男性物のスニーカーと、女性物のブーツが一足ずつ並んでいた。
「へえー、ほんとにヨダカが女の子連れてくるなんてなあ。嘘だと期待してたのに」
「そりゃもうしわけ」
スリッパを勧められるのに驚きつつ、短い廊下を歩いた先には左右にドアがあった。高瀬さんが右側のドアを開け、ヨダカが続いたので私もそっと中を覗く。
実用性のない一口コンロにやかんが乗っかり、横のシンクでは数種類のコップが洗われるのを待っている。六畳間の半分を毛足の短いラグが覆っていて、隅には丸めた毛布や枕が積み上がっていた。小物や冊子があちこちに雑然と転がり、真ん中の丸い炬燵には足を突っ込んで雑誌を読んでいる人がいた。
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