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「うわ、マジかよ、気色わる」
はるくん……ではなくヨダカは、私の正面で両腕をさすってみせた。なんて大袈裟な仕草だろうと思ったが、顔の引きつり具合は本格的だった。「寒気する」と彼は付け加えた。
やはり彼は、以前に私が剛史とやり取りした電話の内容から、下手に行動しない方がいいと悟ったらしい。だからあの場で待ち合わせの日を告げ、後のDМも敢えて当たり障りのないものを送った。直接会ったのに一言もメッセージがないのは却って怪しまれると思ったという。彼の機転には本当に救われた。
「まさかとは思ったけど、ほんとに中身見られてんだ」
剛史が日々私のスマホをチェックしていることを教えると、カフェのボックス席の向かいでヨダカはそう言った。窓に面したカウンター席は万が一の目撃を考えて避けた。二人で四人掛けの席を陣取っても支障のないほどには、金曜午後の駅前のカフェは空いていた。
「しょうがないよ、だって私、頼りないし危なっかしいし」
「それ、マジで言ってる?」
ホットコーヒーにミルクを入れてかき混ぜる私の顔を、ヨダカがしげしげと眺める。冷めるよと指摘すると、彼もやっと自分のカフェオレに口をつけた。
「その彼氏って、今いくつ?」
「今年で二十九」
ヨダカが目を真ん丸にして、左手で口を抑えて喉を動かした。カフェオレが噴き出されなくて本当によかった。
「二十九? 一回り上?」
「別に普通だよ、今時。歳の差ぐらい」
「いやおかしいだろ」
テレビを見れば、十や二十としの離れたカップルの恋愛や結婚談はあちこちに転がっている。彼がそこまで驚く気持ちがよくわからない。
「おかしくないって」
「あのさ、歳の差っていっても、普通の大人は未成年に手出したりしないんだよ。それに、付き合い始めたのはもっと前なんだろ」
「もっとってほどじゃない。去年の五月だよ」
彼はため息を吐き、テーブルに肘をつくと指先で額をかいた。言葉を考えているような難しい表情をしている。
「よく考えてみろよ。三十近いおっさんが、十五や十六のガキと付き合って同棲始めるなんて、普通じゃないんだって」
「普通じゃないなら、珍しいってだけのことでしょ」
「そんで、毎日スマホの中身チェックしてるんだよな」
「それは私が、頼りないから」
「帰れって言われたら、自分の約束も放り出して帰るんだろ」
「その……ごめん」
一週間前のことを言われているのに謝ると、彼は「あれはまあ、いいんだけどさ」と居心地悪そうに頬のあたりをかいて視線を左右に揺らす。彼はどうやら私の恋愛が異常だと言いたい風で、私は少なからず動揺する。十一年ぶりに二度会っただけの友人に、どうしてこんなに否定されるのか分からない。
私は自分のスマホを操作して、「ほら」とヨダカに手渡した。
「ちゃんとした大人でしょ。私と違って毎日きちんと働いて、立派に社会人やってる人」
スマホの画面には、先月二人で出かけた時の写真が表示されている。小さなテーマパークで観覧車に乗った時の自撮りで、私たちが並んで写っている。営業職のおかげか清潔感にも気を遣っている剛史は、オフであってもまともな社会人にしか見えない。
「そういうことじゃなくて」
画面を眺めたヨダカは、私に何かを納得させるのを諦めた風にスマホを返した。
「まずスマホ見られるのとか、嫌じゃないの、単純に。ていうか、それなら唯依もその彼氏とやらのスマホが見れるんだよな」
「私が、剛史のスマホを?」
見られるわけないと首を振った。「だって、ロック解除する番号とか知らないし……」
「なんで唯依は知らないわけ。向こうは知ってて解除できるんだろ。付き合ってるなら同条件じゃないとおかしくないか」
私が剛史のスマホをチェックするだなんて、考えたこともなかった。彼の発想に驚くと同時に戸惑って混乱する。私は自分のスマホを見せることに、やましいことがないからだと胸を張ってすらいた。彼女として実直な行為だと誇っていた。それならどうして、逆が成り立っていないんだろう。
「そもそも、見ていいかなんて聞いたことないし……」
剛史に提案するところを想像して、気分が悪くなる。彼がOKだという未来が見えないことにぞっとする。俺を疑うのかと確実に逆上するだろう。いや、この想像自体が不実なものなのかもしれない。
私が二の句を告げない様子を見て、ヨダカは自分の前のカップを一気に飲み干した。カフェオレの消えたカップをテーブルに置いて、出ようと促す。
「あ、それもったいないから飲んどきなよ」
「ちょっと待ってよ、なに、急に」
「いいこと思いついたんだ」
問い返す余裕もなく彼が立ち上がるから、私も慌ててミルクたっぷりのコーヒーを口に運んだ。
それから三十分後、ジャンク品とシールの貼られたビニールに包まれたスマホが、私の手の中にあった。
「それ、ジャンクっていってもカメラが使えないだけだって。SIMカードもないから無線ないと繋がらないけど、まあいいだろ」
五千円札で支払いを済ませたヨダカは、私に古いスマホを手渡しながらそう言った。入店はおろか、私が存在すら認識していなかったリサイクルショップで、彼はそれを買ってくれた。
「モバイルバッテリーある? どっかで充電してみようぜ」
「唐突過ぎるってば。このスマホ、どうしたらいいの」
「どうしたらって、好きにしたらいいよ。カメラは使えないけど」
店先でシルバーの機器をつついて、彼は笑ってみせた。
「片方だけ制限されるなんて、不公平だよ」
それから私たちは、近くの公園まで歩いた。三寒四温の寒にあたる日だったけど、東屋に差し込む午後の陽射しには充分に温もりがあった。
買ったばかりの古いスマホを私の持っていたモバイルバッテリーに繋ぐと、ほどなくして画面が起動した。それを見たヨダカは、よしよしと軽く画面を撫でた。その頃には、これで剛史に知られることなくヨダカとまた会えるのだと、私も納得していた。
「でも、こんなのいいのかな」
「なら、彼氏に頼んでみなよ。もうスマホ見るなって言うか、そっちのスマホも見せろって言うか」
充電中の表示を見ながら呟くと、ヨダカはすました顔でそう言った。それとこれとは違う話な気もするし、あながち的外れではない気もする。このまま幼馴染と縁が切れてしまうのも嫌で、私はうーんと曖昧に呻いた。彼の言うどちらかを選ぶつもりはなかった。
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