第壱拾壱話「強さの先に」

 イメージは"銀色の光"。

 冷徹で冷血な無慈悲の一撃。

 身体が頑丈そうなので本気を出しても問題はないでしょう。

「何をやるかと思えば……そんな付け焼き刃が僕に通用すると思っているんですか?」

「通用するしないで躊躇うほど可愛くありませんので。それに――」

 私には剣の道しかない。

 ただ……もう力を追い求めるだけの虚しさはない。

 追いかけるべき背中はあるのだから。

「こんなところで足踏みしている時間もないので」

 隼人さんが放った一撃よりもお粗末でもいい。

 ただ現在地を確認するために今の最大限を放つ。

「参ります!」

 いつもより強く踏み込んだせいで足が痛むが構うものですか。

 居合いの速度は光を超えると言いますが彼の一撃はそれよりも速く鋭い。

 私には武器を狙うような精密性もない。

 それに加えて視覚情報も正しくはない

 そういえば隼人さんは後ろからでも私の刃を合わせていた。

 つまり視覚情報に頼らない方法がある。

 大和特有の気配とか気とかいうもの?

 残念ながら私に同じことは出来ない。

 けれど、幸いなことに魔力を感じることは出来る。


 ――…………見えた!


  さらにもう一歩強く踏み込んで通り過ぎ様に切り刻む。

「なっ……!?」

 若狭さんの驚く声が後ろで聞こえる。

 歩けないくらい足が痛い。

 それに疲労のせいか後ろを振り返られませんが。


『ワーーーーー!』


 祝福の歓声が全てを教えてくる。

 今の私はそれで満足だった。



「無事に終わってよかった…………ね」

 鳴り止まない歓声の中。

 俺だけが違う理由で席を立ち上がっていた。

「どうしたの?」

 横から声をかけてくれる竜胆に返事もできない。

 ほんの少し感じていた変な気の流れ。

 その気が若狭真琴が倒れてからどんどん膨れ上がっている。

「はぁ……紅葉様の言う通りになりましたか」

 空から舞い降りたのは見た目は天女で中身は悪魔な西園寺家の次期当主様。

 凄く面倒そうにご登場なされた。

「風見くんの…………知り合…………い」

 竜胆は不自然タイミングで眠り始める。

 よく見ると俺以外の生徒全員が眠っていた。

「やりすぎだろ」

 広範囲にも関わらず超高度な催眠陰陽術やるとはな。

 やはりこの女バケモノか?

「それは紅葉様におっしゃってください。それよりも」

「ああ、わかっている」

 元主は人使いが荒い上に性格が悪いな。

 勝手に婚約者を見繕ってきたかと思えば国のゴタゴタの餌を守れってことかよ。

「もうちょい退職金を弾んでもらえばよかったな」

「はっきり失恋したと言いなさいな」

「……楽しそうだな、お前」

「あなたの不幸話ならいくらでも酒が飲めそうです」

「アンタまだ飲める歳じゃないだろうが……」

 一度の跳躍でアリシアのところに跳ぶ。

「隼人…………さん?」

「無茶しやがってお前が弟子なら破門してるところだぞ」

 動けないところを見るとかなり足に負担をかけたようだ。

「それよりも何故急に静かに――」

 轟音を上げて若狭真琴からエネルギーが迸る。

 立ち上がった若狭真琴は白目を剥いていて正気には見えなかった。

「話は後にしよう」

「え? きゃっ……!」

 所謂お姫様抱っこでアリシアを抱き上げて一番安全な西園寺のところへ戻る。

「要人警護も仕事のうちだよな?」

「あなたのほうこそ職務放棄ですか?」

「うるせ」

 それにもうその役割は終わった。 

「俺には俺の仕事があるんだよ」

 無いよりマシだと思いアリシアを抱き上げた時に回収した刀を持つ。

「隼人さん!」

 呼び止められたが無視して試合会場へ降りる。

 世の中残酷だと思っていたがこれ程までとは思わなかったな。



「隼人さん……」

 聞こえていたと思ったが隼人さんは行ってしまった。

「お久しぶりですね、アリシア様」

「西園寺さん?」

 状況はまだ飲み込めていませんが一大事のようですね。

「ご説明…………していただけますよね?」

「あとで紅葉様からご説明すると伺っています」

「思惑はどうあれ餌にされたようなものです。催促してもいいと思いますが?」

 魔法が関わっているというなら無関係ではない。

 状況がわからないまま『はい終わりました』と言われても納得できない。

「まぁ、釣れたのは小物ですがね」

 相変わらずこの方は誤魔化さないですね。

「お察しの通りあの方は大和の人間なのに魔法が使えます」

「西園寺さんは魔法がわかるのですか?」

「陰陽術とは異なりますので強い違和感程度ですがね」

 普通素人は感知すらできないというのに…………。

「使える理由については?」

「現在調査中です。アリシア様の方で心当たりは?」

「私も驚いています」

 私情を挟んで申し訳ありませんがここで話すわけにはいきませんね。

「私としては貴方様には一刻も早くここから退散していただきたいのですが?」

「無理ですね」

「はぁ……だと思いました」

 西園寺さんは諦めたように多重の結界を張る。

 それと同時に隼人さんが刀を抜くのが見えた。



「コロス…………コロス………………」

「完全にイカれてるな」

 どういう原理かわからないが若狭真琴は魔法を使える。

 俺もそこまで詳しくないが前に西園寺の奴が『にて非なる。それに私たちには習得できません』とか言っていた。

 その私たちというのが大和の人間を示すなら由々しき事態だ。

「不殺の結界は…………解かれてないか」

 この結界もこうなることを予想して備えていたからか。

 つまりは生かして捕らえろというメッセージ。

 もう既に廃人寸前だ。

 やりすぎないように注意しないと。

「アリ…………シアヒ………………メ…………」

「こんな状態になってもアリシアを探しているとはな」

 アリシアの前で戦うのはこれで最後だ。

 飯の礼に手土産は持たせてやらないとな。

「魅力的なことには同意してやれるが……人の道を踏み外すのはダメだろ?」

 刀を抜いて近づきながら殺気を放つとそれに反応して灼熱の熱線を放ってきた。

 しかし、狙いを定めていなかったのか爆炎は俺の横数メートルを通過していき派手に爆発した。

「どうした?」

 少しずつ…………自分の意思みたいなものが薄れていく。

 今の俺には何かを守るためという矜持も無く。

 相手をリスペクトするような謙遜もない。

「早く来いよ」

 ただ目の前の肉塊に等しい何かを斬り伏せる。

 それのみが思考を支配する。

「でないと」

 昔、バケモノと呼ばれた時に納得した。

 俺の才能は人を傷つけるだけのもの。

 褒められるものじゃない。

 尊敬されるものじゃない。

 それを知っているからアリシアに教えないといけない。

「――――死ぬぞ?」

 

 ――――お前が目指す"強さ"の最果てには。


 ――――何もないということを。


 加減したつもりはなかったが居合の一刀は見えない障壁によって若狭真琴に届くまでにコンマ数秒遅れたせいで避けられる。

「グォーーーー!」

 咆哮と共に爆炎が降り注ぐが直撃以外は無視して突っ込もうとした時に刀にヒビが入った。

「いや、学園の支給品安物過ぎだろ!」

 気休め程度と思っていたが気休めにもならない。

 あー愛刀が恋しい。

「おっと」

 爆炎の雨を避けるがはてさて。

 こっちの得物はボロボロ。

 あっちの獲物は頑丈。

 まさにエモノ違いとはこの――。

「あ」

 余計なことを考えていたせいで爆発に巻き込まれて客席まで吹き飛ばされた。

「いつからあなたは漫才師になったんですか?」

 吹き飛ばされて寝転がっていると西園寺に蔑まされていた。

「ちょうどいいところに。悪いが家行って刀を取ってきてくれ」

「あなたの家知りませんし。そもそも私は宅配サービスをしておりません」

「使えねえ年上だな」

 アリシアの方は…………多重結界で守ってるのか。

 アレなら安心だな。

「その台詞は一度でも敬ってからにしてください」

「俺は年上って言っただけで目上とは言ってませんが?」

「…………予想通りあの程度の攻撃ではノーダメージですか。不本意ながら彼に助力するのも一興ですかね」

「おーそうしろそうしろ。そしたらアンタを反逆罪の片棒担いだ容疑でしょっ引いてやる」

「そんなに紅葉様のところへ戻りたいんですか?」

「…………バカ言ってないでさっさとアリシアのところへ戻ってろ」

「はいはい」

 西園寺は珍しくレスバを途中でやめてトコトコ戻っていく。

「何しに来たんだ?」

 てか、俺がやらなくてもあの女なら無力化して拘束するなんざ造作もないだろうに。

 それも紅葉のやつの命令か?

「さて、どうすっかな」

 強がってみたものの得物は半壊して…………いるはずが元通りになっているどころか刀身には陰陽術で使用する呪符が貼られていた。

「素直じゃないヤツ」

 不本意だが何とかなりそうなので戦場へ舞い戻った。

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