第拾話「期待」
久々に他人同士の試合を見ているからか。
心が少し忙しない。
「落ち着かないね。アリシアちゃんが心配?」
むしろアリシアの方が落ち着いてる。
いつものように自分から突っ込まずに相手の剣技を上手く捌いている。
「そういうわけじゃないんだがな」
竹刀で稽古していのは二日のみ。
真剣の経験はないはずなのに見事に刀を扱っている。
「師匠としては弟子が心配?」
「残念ながら俺は何も教えてねえよ。それに刀は専門外だ」
「なら、アリシアさんが優秀なんだね」
「どういう意味だ?」
竜胆の言葉の意味がわからず首を傾げる。
「他の人が気づいているかわからないけどね。足運びとか間合いとか呼吸とか。要所要所が風見くんに似ているなと思ってね」
「…………考えすぎだろ」
「この一年で何回無理やり稽古相手をしてもらったと思っているの?」
「それ威張ることじゃないからな?」
竜胆に言われて納得する。
刀を選んで突っ込まなかったのは動きを確認するため。
ただその相手に元代表選手を選ぶとは賭けに出過ぎだろう。
「ん?」
アリシアが攻撃に転じて放った一太刀。
それが軽々と避けられた。
「どうかしたの?」
「いや別に」
少しの違和感。
アリシアの表情を見ると同じように感じているようだ。
まるで狙いをズラされたような…………。
おかしい。
攻撃の後隙を狙ったさっきの一撃は間違いなく入るはずでした。
「っと、危ない危ない。それにしても刀の扱いが上手いね。誰かに習っているのかな?」
相手の反応も余裕そう。
何かしているのは確定ですね。
「習ってはいません。あくまで独学です」
隼人さんの動きをトレースするのに集中しすぎたのでしょうか?
「そうかい。さて…………小手調べはここまでにしようか」
相手から放たれる殺気。
それに紛れた殺気とは違う"何か"を私は知っている。
「何故あなたがそれを!」
思わず叫んでしまうと若狭さんはあの時と同じ笑みを浮かべる。
「腐ってもアトリシア公国の人間というわけ――か!」
速度を上げての斬りかかり。
半身で避けれるタイミングでしたが後退して大きく避ける。
彼の剣は予想した軌道を通ったが最終地点が異なっていた。
「質問に答えなさい!」
視覚情報の誤認。
小手先の技術ではまず出来ない芸当。
その摩訶不思議な現状を一言で表すというなら私が思いつくのは一つのみ。
「答える義務はないと思うけど?」
――――魔法
それは体内に魔力機関があるアトリシア公国の人間のみの特技。
大和の人間が使えるはずのない代物。
「…………そうですか」
何故彼が私の家名や素性を知っていたのか納得した。
まさか身内の仕業とは…………どこへ行こうとも私は縛られるのですね。
「怖い顔をしてどうしたんだい?」
「お気になさらず」
炎や雷を操ったりしているわけではないのでこういう類の魔法は大和の人たちにはわからない。
つまり反則を取ることも出来ない。
ただ不幸中の幸いと言うべきか受けている魔法は大したことはない。
視覚情報の誤認の誤差も高々数センチ程度。
私の敏捷性なら避けるときに大きく躱せばいい。
問題はこちらの攻撃を当てられるかどうか。
「さあ、第二ラウンドといこうか」
先程とは違ってあからさまに使ってくる。
凌いでいても埒が明かないので攻める気で斬る。
「流れが変わったな」
会場内の声は遮断されているので会話は聞こえていなかったが何やら言い争った後で形勢が若狭真琴にやや傾いている。
さっき感じた違和感は間違いがないことをアリシアが証明していた。
「やっぱりおかしい」
「何が?」
「アリシアさんの動きだよ。さっきまで踏み込んでいたタイミングで躊躇してる」
さすがに良く見ているな。
「……さっきの反撃を警戒しているんじゃないか?」
「その様子だと風見くんや」
「なんだい竜胆さんや」
「私より何かに気づいているよね?」
「ノーコメント」
「そんな事を言っていいのかにゃ〜? さっき相談したことをアリシアさんにバラしちゃうかもよ?」
「竜胆はそんなヤツじゃないだろ」
「むー。そう信頼されると言った私が悪いみたいじゃんか」
不満そうに言われてもこちらとしても半信半疑。
それにもし本当なら反則に近いので真面目な竜胆に言えば事を荒立てられる可能性がある。
そうされると面倒なんだよな。
「あ、ほらまた」
後隙狙いの一撃を放てるタイミングで踏み込まずに浅く振っている。
まるで間合いを確かめるような…………そういうことか。
「俺たちが見えている若狭真琴の位置と実際の位置がズレているのか」
「え? どういうこと?」
……思わず口に出てしまった。
「アリシアの動きがおかしいと思ったのは最初の後隙を狙った時だ。俺から見ても明らかに斬ったと思ったタイミングで若狭真琴が何事もなかったように反撃した」
「つまり若狭真琴くんが避けたんじゃなくてアリシアが空振ったってこと?」
竜胆の理解力が高くて助かる。
「ああ。俺たち観客がわからないほどの数センチの誤差。ただこの誤差は武人に取っては致命的だ」
相手が攻撃すれば勝手に隙を作ってくれる。
こんなイージーなことはない。
決着していないのは若狭真琴が問題ではなく、単にアリシアの回避率がバケモノだからだ。
元々高かった敏捷性と俺の動きを取り入れたせいで並の武人では捕まえられず、達人でも手を焼くだろうな。
「アリシアが追撃しないのはおそらく誤差がどれほどなのかを測っているんだろう」
回避率が高いと言ってもこちらの攻撃が当たらなければそのうち拮抗は崩れる。
「けど、誤差の範囲がわかったところで対策にはならないよね?」
「攻撃方向を変えている辺り毎回誤差の方向や距離は違うだろうな。ただアリシアが探っているのはその誤認の誤差範囲じゃない」
「じゃあ何?」
「若狭真琴のクセだよ」
毎回範囲が違っても人間がマニュアルで動かしているならパターンは存在する。
数回見るだけで動きを模倣できるアリシアの学習能力なら可能だろう。
「ま、武芸以外の要素を使って試合している。普通に反則だな」
「ふーん。で、反則がわかっても止めないのはなんで?」
「アリシア自身が反則を申告していないからだ」
真面目な彼女のことだ試合前にルールは把握しているはずだ。
それをわかっていてもしないのは経験云々ではなく別の要素があるということ。
「ジー」
「……なんだよ?」
「余程アリシアさんのことを信頼してるんだね」
「違う」
「照れちゃって」
確かに厄介だがアリシアが負けるとは思えない。
それよりも気になるのが視覚情報の誤認をどうやって起こしているか。
これは推察だが陰陽術ではない。
もしこれが陰陽術なら万が一に備えての不殺の結界ではなく、その術を無効化するほうが手っ取り早い。
悔しいがあの女なら結界を張りながら片手間で出来るし、武芸に長けていなくても専門的なことに気づかないわけがない。
けど、それをしないってことは…………魔ほ――――。
『ワーーーーー!』
俺の思考は歓声によってかき消される。
視線を試合会場へ戻すと若狭真琴が膝をついていた。
「風見くんの言う通りで問題なさそうだね」
「ああ」
試合が終わってからアリシアに確認するか。
かなり体力を消耗しましたがお陰で若狭さんの癖を把握できた。
「さすが、と言っておこうか」
斬ったはずなのに服は斬れても血は出ていない。
そういう魔法でしょうか?
「降参してはいかがですか?」
「まさか。あなたの一撃がこの程度なら何の問題はありません」
フラつきながら立ち上がると同時に嫌な魔力の気配が増していく。
「では…………これならいかがでしょうか?」
その剣筋を見たわけではありませんがやるなら今しかありません。
何もかも足りていないのは理解しながら私はあの日の隼人さんのように刀を鞘に納めて構えを取った。
「あれって……仮面の剣士の」
竜胆が指をさす方向にはあの時の俺と同じ居合の構えを取ったアリシア。
「負けず嫌いにも程がある」
アレを再現するには身体能力も剣技も足りていない。
必ず後で手痛い代償を払うことになる。
あの目を…………覚悟を抱いた目を見てしまったら止めるほうが野暮だ。
それに――。
「…………ますます惚れそうだ」
「何か言った?」
「いや別に」
人としても十分。
武人としても十二分に魅力的な少女。
期間限定の婚約者とわかっているが……。
その才能の種を自分で育ててみたいと思うのは欲張りだろうか?
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