第玖話「証明」

 生まれて約十五年。

 私、アリシア=―――――の人生は"普通"とは程遠いものでした。

 私の家系に生まれた女性は魔法の神に愛されない"忌み子"。

 どれだけ試行錯誤を重ねても初級魔法すら使えない"欠陥品"。

 故に家名を名乗ることは許されず存在しないも同然。

 救いとしては剣の才能に恵まれていたのと整った容姿だったので政略結婚の道具としてそれなりの待遇が与えられていたこと。

 そして最も大きかったのは友好国である大和の姫君が異性に対して苦手意識を持っていたことでした。


 親善試合の前日の夜。

 紅葉姫から食事の誘いを受けていた。

「まさか本当に親善試合の代表選手になるなんてね」

 交流を始めて約一年。

 私の素性や国での扱いを知っても尚、この方は態度を変えなかった。

 本人曰く、『友達だから』とのこと。

 失礼かもしれませんが少し変わった方です。

「相当無理をしたんじゃないの?」

「ええ、持てるカードを全て使いました」

 まだ縁談の話は来ていませんが年齢的に私の残された時間はおそらくあと一年。

 それまでにこれまでの自分を確かめておきたかった。

「ですから――」

「わかってる。こっちも約束は守っているよ」

 紅葉姫に頼んだのは以前から話に聞いていた彼女の元護衛役である風見隼人との対戦。

 元の代表選手には悪いと思いますがそれでも私は彼と戦いたかった。

「あいつを試合に引っ張り出した後でなんだけど。アリシアの望むことにはならないかもよ?」

「それは……どういう意味ですか?」

「本気出すか怪しいから」

 紅葉姫に聞いていた印象としては剣士としての誇りを持った方。

 首を傾げると紅葉姫は言葉を続ける。

「なんだかんだ言いつつも他人に甘いし観察眼も優れている。アリシアと対峙して『何かあるんだろう?』て感じたら恥をかかせないようにいい勝負をしている風に装うかもしれない」

「それはつまり私が負けるというこですか?」

「うん」

 普段からは見せることのない絶対的自信。

 ムッとした気持ちが霧散した。

「そんなに信頼している方がいるなんて羨ましいです」

「信頼……とは少し違うかな」

 そう言った紅葉姫は少し複雑そうに笑い肩を竦める。

「あ、そうです。交換条件について答えは出ましたか?」

 私たちは建前上外交ですが紅葉姫の言葉を借りるならお友達です。

 こちらの要求を飲んでもらってばかりではフェアではありません。

「別に気にしなくていいのに」

「私が気にするんです」

「けど、やってほしいことなんて………………あ」

「何か思いつきましたか?!」

 ようやく約一ヶ月の苦悩から解放されるようです。

「アリシアの好みって確か『自分より強い人』だよね?」

「へ? まあ、そうですが……」

 容姿や家柄の良い方にいいイメージがなかったので最終的に『自分より強い人』と答えたことを思い出しました。

「ならあいつに負けたら期間限定で婚約者になってくれない?」

 斜め上の提案を聞いてお箸でやっと掴めたお刺身がスルリと落ちた。


 結局圧倒的実力差で負かされた私は隼人さんの婚約者となりました。

 出会って約三日。

 一年間紅葉姫から彼の話を聞いていたせいか第一印象は悪くなかった。

 加えて紅葉姫以外の他人には興味がないのかと思えば稽古はつけないといいながら手本を見せるようにしたり。

 過度にならない程度でこちらを気遣うような素振りをしたり。

 面倒見がいいことに対して何か返さなくてはと思い、事前に『食べることが好き』と聞いていたのでアトリシア公国の料理を振る舞うと名前の知らないであろう料理を躊躇なく食べるどころか美味しそうに貪る始末。

 一体どれが本当の隼人さんなのでしょうか?

 そんな感じで共同生活のスタートは順調そのものに思えましたが転入生二日目にして私はとある問題を抱えていました。 



 転入生二日目の午後。

 親善試合の代表選手だったこともあり、クラスメイト以外からも試合のお誘いを受けましたが今は隼人さんの見様見真似を始めたばかり。

 下手に違う経験をしたくなかったのでお断りすることに。

 ゆっくり食事を取りたかったので人が少ない中庭にいると昨日に引き続いてその方は現れました。

「やあ、アリシアさん奇遇だね」

 高身長イケメンで家柄も良く、剣の腕も立つという三拍子揃っていることで入学早々有名になっている若狭真琴さん。

 甘いスマイルで話しかけてきますが……私の苦手な部類です。

「試合の件考えてくれたかな?」

「その件は昨日お断りしているはずです」

「まあまあ、そう言わないでよ」

 彼がしつこく試合を申し込んでくる理由は二つ。

 一つは予想ですが私が新入生代表挨拶を奪ってしまったから。

 そしてもう一つは――――。

「何せ僕らは戦う運命だったのだから」

 本来彼が親善試合の代表選手だったからです。

「運命というのは些か大げさではないでしょうか?」

 戦うことが運命だったと言われても逆に戦わないことが運命では? とツッコミを入れるのは野暮というもの。

 それに昨日と同じで予鈴が鳴れば教室に戻るでしょう。

「そうでもないさ。君と僕は出会うべくして出会う運命さ」

 隼人さんが向けてこないせいか好色そうな視線を強く感じる。

 思わずため息をつきそうになる。

「本当に運命があるなら自ら赴かずに待てばよろしいのでは?」

「運命とは自分で掴み取るものだと心得ている」

「何度来られても私にその気はありません。そろそろ授業が始まりますので失礼致します」

 素っ気ない態度を取ることに決めてその場から立ち去る。

「本当に聞いていた通りの子だね。アリシア=―――――」

 驚きのあまり彼の言葉に反応して足が止まる。

 後ろを振り返ると下卑た笑みを浮かべていた。

「どこで…………その名を…………」

 この国で私の本名を知っているのは御門家と隼人さんのご両親のみ。

 そのはずなのに――――。

「おやおや〜試合する気になったのかな〜?」

 隙を見せれば相手の思う壺。

 冷静を装う。

「どうでしょう? あなたがその名を知っているところで私にデメリットはありません」

 過呼吸にならないように静かに息を整える。

「気丈に振る舞う姿も凛々しいがこれを公表されたら困るんじゃないのかな?」

 私の家名は他国である大和でも誰でも知っている。

 それに今風見家の遠縁の親戚という仮の素性が剥がれれば風見家に多大な迷惑をかける。

「試合を受けたからといってあなたが口を噤む保証はありません」

「そんなに不安がることはない。あくまで僕は平等を重んじる」

 そう言うと彼は羊皮紙を取り出す。

 紙の最上段には炎が灯っていた。

「これは大和に古くから伝わる"焔の契約書"。決闘の前に双方が相手への要望を書き込み、決闘後勝者のみの要望が受理される」

「その要望に反した行動をすればどうなるんですか?」

「その身は焔に焼かれることになる。まあ、これを信じるかは君次第だけどね」

 若狭さんは焔の契約書とペンを差し出してくる。

 嘘かもしれませんが今の私はこれに縋るしかありません。

「オーケー契約成立」

 私が書いた後彼が書き込むと契約書は焼失した。

「日時は明日の午後」

「わかりました」

「楽しみしてるよ」

 隼人さんに相談を…………いえそれでなくても迷惑をかけている。

 それに若狭さんの話が本当なら勝てば問題ない…………はずです。

 こうして私は気分が晴れずに一日を過ごすことになった。

 


 そして試合当日。

 私は使い慣れた細剣ではなく刀を持って入場した。

「やあ、待っていたよ」

 脅迫しておいてよくもヌケヌケと言えたものですね。

「おや? 細剣ではないんだね」

「ええ。少し気分を変えようと思いまして」

 鞘から刀を引き抜く。

 親善試合の時と同じ期待の視線を感じたお陰で怒りが沈んでいく。

 これだけ騒がれていたら隼人さんも来ますよね。

「手を抜いているわけではありませんのでお気になさらず」

 何故か隼人さんの視線は勇気が湧いてくる。

 押しかけた迷惑な素性も知らない小娘なのに成長を期待してくれる。

 もしかしたら彼は私自身よりも才能を評価してくれているのかもしれない。

「始めましょう」

「そうだね」

 刀での実戦は初めてですが私の脳裏には隼人さんの型が焼き付いている。

 これは若狭真琴との勝負ではない。

 "あなたに追いつける"という証明のための戦いです。

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