第捌話「不調の原因」

 翌日の早朝。

 ほとんどの人が寝静まっている時間に道場内で竹がぶつかり合う音が響く。

「やーー!」

 アリシアの成長速度は凄まじい。

 慣れていないはずの竹刀にも適応し始め、元々高かった敏捷性のキレもいい。

 若干だが俺の動きをトレースして自分専用にカスタマイズしようとしている。

「そこ!」

 だからこそ剣筋から感じる迷いが浮き彫りになる。

「甘い」

 何かあるのはわかっているが話したがらない相手に無理やり聞く趣味はない。

「まだです!」


 時には時間が解決してくれることもある。

 今の俺に出来るのはその迷いが晴れるまでこうやって稽古の相手をするぐらいだ。

「――!」

 アリシアから繰り出された予備動作なしの最速の突きを半歩引いて距離を取り、相手の切っ先付近をほぼ同時に前後左右に叩きつけて竹刀を跳ね上げる。

「くっ!」

 その攻撃にアリシアの握力が耐えきれるはずもなく、竹刀が宙を舞い地面に落ちる前に切っ先をアリシアの首筋に当てた。

「…………参りました」

 相手をすればするほどに成長しているので苦言を呈することはできない。

 現状を理解している相手に一々言うのはお節介であり、何より俺たちはそういう関係ではない。

 あくまで稽古相手であり仮の婚約者だ。

「キリがいいしここまでにしよう」

「ですが!」

「あー…………実は腹が減ってな。出来たら朝食にしてくれると有り難い」

「…………わかりました」

 アリシアは一礼して先に道場を去る。

「はてさてどうしたものか」

 昨日気遣いを評価されたが俺からすれば苦手分野。

 こういう時頼りになる人は――――。


 

「それで私をお昼に誘ったわけか」

 人混みを避けるために少し時間をずらした遅めの昼食。

 食堂のテラス席で対面側に座る竜胆は何故か少し不満そうだ。

「誰かと先に約束していたか?」

 和気あいあいな食事ではなく面倒な相談事だ。

 気を悪くして当然だろう。

「んにゃ。んー、アリシアさんの悩み事かー。やっぱり慣れない環境に戸惑っているんじゃないかな?」

 さすが俺とは違って友達が多く、気遣いのできる優等生様だ。

 不服そうな顔から真剣に悩んでくれる。

「異国の地への移住。魔法の国では体験したことがない武術の学園。何より親善試合の代表選手というだけでなくあの容姿でしょ? 注目を浴びて精神的に疲れてもおかしくはないと思う」

「なるほどな」

 竜胆といるせいでさっきから野郎たちからの嫉妬の視線が突き刺さってしんどいので凄く納得してしまう。

「………………あ!」

「何か思いた当たる節があるのか?」

「今、何時?」

「? 一時五分前だな」

「話は後! 早く食べて!」

「? わかった」

 急ぐようだが弁当の竜胆とは違い残念ながらこちらはカレーうどん。

 なるべく汁が飛び散らないように気をつけながら啜った。 

 


 昼食を済ませた俺たちが向かったのは刀剣科の演習場。

 特別カリキュラム中だというのに他の科も含めて入り口付近は多くの生徒でごった返していた。

「マジか」


 ――――風見アリシアVS若狭真琴――――

 

 中央掲示板にはデカデカと対戦カードが発表されている。

「あれ? 知らなかったの?」

「まったく」

「これっぽっちも」

「ああ」

 刀剣科同士の生徒が試合を行うのは珍しくない。

 しかし、入学して間もない一年生同士が試合をするのは珍しく、その片方が話題の転入生とくればこの客入りにも納得がいく。

「早く行かないと席が埋まるよ?」

「そうだな」

 考えるのは後にして観客席へと向かった。


 試合開始三十分前というのにほとんどの席が埋まっている。

「あそこ空いてるよ」

「お、いいところ見つけた……な」

 視線を感じてVIP席の方を見て足を止める。

 思わず条件反射で苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。

「――」

 そこにいたのは銀髪赤目の巫女服を着た少女。

 目が合うと向こうも同じように苦虫を噛み潰したような顔になった。 

「どうしたの?」

「…………いや別に?」

 確か一つ歳上だが学園に通ってもいないあの女が何故ここに? 

「なぁ、竜胆。対戦相手の男子生徒のことは知っているか?」

「へ?」

「え?」

「本気で言ってる?」

「大マジ」

「…………ここまで周りのことに興味ないとは思っていなかった」

 人一人知らないだけで酷い言われようだ。

「彼は若狭真琴くん。元々親善試合に出る予定だった大和の代表選手だよ」

「へー」

「言っておくけど君以外の全国民が知ってるからね?」

 そりゃそうだ。

 何せ誉れある親善試合の代表選手に招集されるまで忘れていたのだから。

「つまりは本来戦うべき者同士の対戦ってわけか」

「そういうこと。あと彼についてだけど噂によると代わりに出た狐の面の剣士を探しているとか何とか」

 一世一代の晴れ舞台を奪われたのだ。

 恨みたい気持ちはわかるがクレームは無理やりねじ込んだ次期城主様にしてほしい。

「あくまで噂だろ」

「あと噂といえば試合が決定したことについてかな」

「どういうことだ?」

「何でもアリシアさんは複数の人たちから試合の誘いをされていたけど『まだ未熟者ですので』って断っていたらしいの。そんな中で若狭真琴くんは了承したから皆『なんでー?』ってなってたけど、彼が元代表選手って知ったら納得したみたい」

「ふーん」

 アリシアの気分が落ちていたのも剣筋に迷いが生まれていたのもこのことが原因か?

『大変長らくお待たせしました。両選手の入場です』

 アナウンスと共に会場内が拍手に包まれる。

「!?」

 空気が少しピリつくのを感じて発生源の方を見るとまさかのVIP席。

 辺りを見渡すが俺以外に気づいたものはいない。

「風見くんどこに行くの?」

「便所」

「もうすぐ始まるのよー」

「すぐに戻る」

 人の少ない裏通路に入りすぐに電話をかける。

 正直相手が出るかどうかは賭けだ。

『まさかあなたからかけてくるとは人生何があるかわかりませんね』

 穏やかな声の主は先程俺を見下ろして苦虫を噛み潰したような顔をした少女。

 武術が盛んな国で唯一陰陽術というアトリシア公国の魔法に近い摩訶不思議な技術で代々御門家の文官の地位にいる家系――西園寺家。

 その次期当主候補であり現御門紅葉の護衛役である西園寺藍は息を吐くように皮肉を言う。

「御託はいい。さっき何をした?」

『あなたに関係のないことです』

 風見家と西園寺家は"御門家の両翼"と並び称されているがその実かなり仲が悪い。

 そんな中俺たちが連絡先を交換しているのは護衛役の引き継ぎの際に必要だったからだ。

「ああ、そうかい。ところでこんなところで油を売っているとはいい身分だな。一年足らずでしんどくなって職務放棄か?」

『探り合いがご所望なら嫌々ながら付き合ってあげましょう。どうせ試合が終わるまでここを離れられませんし』

 陰陽術は完全に専門外だがあの感覚には覚えがある。

「何故こんな学生同士のチャンバラに"不殺の結界"を張った?」

 他国の者を招いた親善試合や城主の前で行われる御前試合で必ず張られる"不殺の結界"。

 その効力は傷や怪我を気絶値に変換するというもの。

 結界術自体使えるものが少なく、その中でも高度な術でこんな学生同士の試合にはまず使用しない。 

『普通は気づかないはずですが……。まぁ、どちらにせよ説明する義務はありません』

 結界に対して否定はなし…………か。

「あそこにいるのは大事な婚約者様でな。アンタが口を割らないなら万が一を考えて開始前に乱入することも考えている」

 おそらく結界を張るように指示を出したのは紅葉だ。

 いけ好かないが陰陽術のエキスパートであるこの女に頼むということは誰にも気づかれることなく大ごとを防ぎたいということだ。

『しばらく見ない間につまらない人間になったのですね』

「…………どういう意味だ?」

『言葉通りの意味です』

 これ以上問答を続けても時間の無駄だな。

「時間を取らせて悪かったな」

『以後、気をつけてください』

 電話を切って深く息を吐く。

 持っていたのがスマホなのは恨めしいがお陰で地面に叩きつけたい憤りが無くなって落ち着けた。


「おかえり。ちょうど始まるところだよ」

 何が起きるとわかっているが理由はどうあれこれはアリシア自身が決めた戦い。

 俺が手を出すのは無粋だろ。

「アリシアさん表情硬いね」

「そうだな」

 親善試合の方が観客は多かったので緊張からではない。

 まるで相手を睨んでいるような――。

「あれ?」

「どうかしたか?」

「アリシアさんの持っている武器」

 学園で試合を行う際は生徒が希望した模造品が支給される。

 本来ならアリシアの得意な武器は細剣だが彼女が持っているのは大和の伝統武器である刀だった。

 相手は代表選手に選ばれる手練。

 それを知っていて尚使い慣れていない刀を選んだ。

「お手並み拝見だな」

 その光景に思わず笑みが溢れる。

 少し………………ほんの少しだけ期待している自分がいた。

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