第壱拾弐話「大切だったもの」

 壊れない刀になったので安心して若狭真琴と斬り結ぶ。

「ん?」

 後隙に攻撃をしかけたが見事に空振った。

「グォーーーーーー!」

 再び咆哮するとさっきより速度を上げた爆炎が迫ってきたので斬り刻んだ。

「これアレか。さっきの試合の」

 視覚情報の誤認。

 思っていたよりも厄介だな。

 気の流れを読めても刀の位置の予測が外れたら斬られる。

 アリシアのように斬り結ばず一刀で仕留めようとしてもさっきの障壁で防がれる。

「いや待てよ?」

 先程までは観客にバレないようにしていたが本来この魔法の効力はそんなものではないだろう。

 視覚情報の誤認ということは今目の前で動いていない若狭真琴も誤った認識の可能性がある。

「面倒く――」


 ギャイーーーン!


 防衛本能が反応して刀を虚空に振るうと火花が散る。

「!?」

「奇襲するなら足音も消してから来い」

 あくまで視覚情報の誤認だ。

 聴覚や嗅覚は正常に働いているので惑わされなければどうということはない。

「カザ…………ミ……ハヤ…………ト」

 俺のことを知っている?

「オマ……エ……ノ…………セイデ…………オレ…………ハ」

 知らないところで恨まれていた?

 けど、コイツとは接点がないはずだ。

「ユル…………サナイ…………ユルサナイ!」

 向けられた負の感情は尋常じゃない。

 強い思いが寄り集まり瞳に生気を宿す。

「オマエだけはユルサナイ!」

 鍔迫り合っている若狭真琴の刀が力強く青く発光すると力が増してくる。

「潰れろ!」

 足元が少しずつクレーターを形成していく。

 一瞬でも力を抜けば斬り裂かれる。

 これが剣士同士なら問題ないが相手は両手が塞がっていても攻撃手段がある。

「終わりダ!」

 頭上には隕石並みにデカい大炎球。

「いいのかよ? お前も焼け死ぬぞ?」

「死ぬのは貴様だけだ」

 若狭真琴の周囲のみを青白い光が包む。

「あー…………なるほどな」

 無くなったと思っていた悪い癖のせいで特に何かをすることもせずに灼熱の炎球が直撃した。



「隼人さん!」

 炎の球が落ちる前に若狭さんは魔力を纏って防御していましたが隼人さんは脱出することがてきず確実に被弾した。

 会場内を灼熱の海が漂っているせいで状況を把握できない。

 痛む足を無理やり奮い立たせて向かおうとするが西園寺さんに腕を掴まれた。

「離してください!」

「それはできません」

「西園寺さんは何故冷静なのですか!」

「どう説明したものか」

 風見家と西園寺家の仲は悪いと紅葉姫に伺っていましたがまさかここまでとは思いませんでした。

「炎ですよ?! どれだけ肉体を鍛えても火中に入れば肺が焼ける。魔力もない陰陽術も使えない生身の人間があんな中にいて無事なはずありません!」

 無理に振りほどいたせいでバランスを崩して倒れてしまった。

「彼を心配するアリシア様のお気持ちは尊く感じないわけではありませんが。今向かっても意味はありません」

 灼熱の海から数メートル離れていても感じる高温の熱気。

 既に数分が経過していては助から――。

「何せ彼はこの程度では死ねませんから」

「それはどういう――」

 私が尋ね終わる前に私の視線は西園寺さんの視線の先を追う。

 そこには若狭さんの刀を不敵な笑みを浮かべながら平然として受ける隼人さんがいた。

 

 

「何故だ!」

 思った結果にならなかったからか若狭真琴は喚いていた。

「その疑問に答えてやる義理はないな」 

 …………やっぱりこの程度じゃ"――"ないか。 

 驚いていて力が緩んでいる間に押し返す。

「真っ当に剣を学んでいればそこそこの剣士になれただろうに」

「やめろ…………来るな!」

 可哀想なことに最後の最後で正気に戻ってしまったようだ。

「そうツレないことを言うなよ」

 これから尋問されてキリキリ吐かされるんだろうな。

 そういや俺との接点なんだったんだろうな。

「やめろと言っているだろが!」

 観念したのか潔く斬り掛かってくる。

 本当に可哀想なやつだ。

 紅葉に目をつけられてなければ俺と対峙することもなかっただろうに。

「まだ若い。反省してやり直すんだな」

 急所をすべて突いたことで変換された精神的ダメージが意識を刈り取る。

 国家間を揺るがしかねない大騒動は大事になることなく事態が収拾したのであった。



『風見くん今どこ?!』

 数時間後。

 アリシアの足の治療のために病院の待合室にいると目を覚ました竜胆から電話がかかってきた。

「どこって外だけど?」

 電話先ではパニックになった生徒たちの声が聞こえてくる。

 あの女後始末せずに帰ったのか。

『あの後どうなったの?! アリシアさんは?!』

「無事だから落ち着け」

『嘘?! だって会場ボコボコになってるんだよ?!』

 起きて辺りを見渡したら大惨事だもんな。

 パニックになるなと言う方が酷か。

「あーすまん。さっき本家の方に呼ばれてな。話は明日にしてくれ」

『ちょっ――』

 学園側ひいては御門家がどう収拾するかはわからないので下手に説明できない。

 許せ竜胆、また今度だ。

「風見さんのお連れの方ですか?」

 電話を終えて病院内に戻ると看護師に呼ばれる。

 どうやら念の為今日一日入院するとのこと。

 聞いた病室に向かうとアリシアは外を眺めていた。

「無茶するからだ」

「隼人さんに言われたくありません」

「一応聞こう。何故不機嫌なんだ?」

「言いたくありません」

 記憶を辿ってもアリシアが不機嫌になる要素が思いつかない。

「相変わらず変なところで鈍感だね」

 まさかの来客に振り返るとそこには紅葉がいた。

「まさか次期城主様直々にお見舞いとな」

「隼人。席外して」

 こちらの御託をスルーして一瞥もくれずに通り過ぎる。

「今回の件、納得していない。悪いが同席させてもら――」

「言い方変える。いつもの庭で待ってて。警備には伝えてあるから」

「…………わかった」

 説明はしてくれそうなので大人しく病室を去ることにした。

「あの隼人さん!」

「またな、アリシア」

 本来ならきちんと別れを告げたり巻き込んだことへの謝罪をするべきだ。

 元主が全て解決してくれるなら俺の出る幕はない。



 親善試合の時と同じ目をして隼人さんは病室を去っていった。

「呼び止めようか?」

「いえ……そちらも話があるようですし」

 呼び止めたところで特に言いたいことはない。

 居住まいを正すと紅葉姫は頭を下げた。

「紅葉姫?」

「理由はどうあれ私は友達であるアリシアを巻き込んでしまった。だから――ごめんなさい」

「顔をお上げください。一国家の姫君がそう簡単に頭を下げるものではありませんよ?」

「今の私はただの御門紅葉だからいいんだよ」

 顔を上げると彼女は何とも言えない顔をしていた。

「今回、藍さんが掴んでいたのはどこからか"魔法が使える薬"が大和に流れているってことだけ。正直打つ手がなくてアリシアの周りを警戒するしかなかったんだ」

 こちらとしてもまったくの無関係というわけではないので怒るに怒れない。

「密売のルートは掴めそうですか?」

「まだ若狭真琴の意識が戻らないから何ともだね。藍さんに頼んで不殺の結界張っていて正解だったよ」

「隼人さんが負けるとは思わなかったんですか?」

「負けるとは思ってなかったよ。まぁ、死のうとするかもとは思ったけど」

「…………それはどういう意味ですか?」

「あ…………今の忘れて」

 本当に失言だったようで紅葉姫は困った顔をしていた。

「これで私もお役御免ですか……」

 隼人さんと過ごしたのはほんの数日。

 短い期間といえど何度も都合が良すぎると思ったほどだ。

 初めて剣の師とも呼べるかもしれないと思った相手。

 初めて料理を食べてもらった殿方。

 しかも、私の容姿に興味がなく一人の剣士として見ていた変わり者。

 お陰で安心して共同生活を送れました。

 名残惜しいですがもう彼の隣にいられる理由がなくなってしまった。

「ん? どういう意味?」

「ですから、犯人は捕まえたので隼人さんの婚約者である必要はない……ですよね?」

「…………え?」

 どうやら紅葉姫が隼人さんのところへ行くまでにもう少し時間がかかりそうです。

 


 大和城には紅葉の趣味である植物観賞用の庭がある。

 俺はその中でも藤棚が一番好きだった。

「さすがにまだ開花時期じゃないよな」

 護衛役時代。

 こちらに仕事をさせてくれないワガママ姫に手を焼いて散歩していた時に偶然見つけた場所。

 今ではいい思い出だな。

「やあ」

 程なくして紅葉が現れる。

「アリシアさんのところはもういいのか?」

「アリシアさん?」

「そこはスルーしろよ」

「だって君たち二人揃って勘違いしているからさ……まぁ、いいけど。今回はご苦労さま」

「労う前に説明してくれ」

「わかっている」

 紅葉がかかったのはまあまあ面倒な内容。

 この国に違法な薬品が流れていること。

 それを流しているのがアトリシア公国であること。

 そして、若狭真琴は氷山の一角に過ぎないということだ。

「アトリシア公国との友好もこれで終わりか?」

「んにゃ、むしろアトリシア公国でもその薬は違法らしくてね。協力して密売ルートを探すことになるかな」

「違法? 魔法の国で魔法が使える薬なんてあってないようなものだろ」

「君昔から嘘つくの下手だよね」

「これでもわかりにくい変人として有名な――」

「アリシアが魔法使えないの気づいていたでしょ」

「……もしかしてぐらいにはな」

 俺と戦った時も若狭真琴と戦った時も終始彼女は身体能力のみで戦っていた。

「向こうで魔法が使えないのは俺たちでいえば武芸がからきしなのと同義だろう?」

「まーね」

 御門家や西園寺家など一部の家柄を除いてこの国で武芸を扱えないものは人に非ず。

 いじめや虐待の対象になる。

「お前がマイナス的なことに同情するのは珍しいな」

「話せばいい子だったからね。それに君が好きそうな子だなって」

「おいおい。俺はいつから銀髪碧眼の子が好きと公言したんだ?」

「彼女の剣士としての才能に惹かれたでしょ?」

「まあな」

 自分に届きうる才能にトキメいて。

 柄にもなく何かを教えようとして。

 たった数日だったが我ながららしくなかった。

「紅葉のお陰でいい思い出ができた。ありがとな」

 それも今日で終わりだ。

 若狭真琴が氷山の一角だとしても枝葉は見つけた。

 それに友達大好きな紅葉のことだ。

 これ以上アリシアを巻き込むことはしないだろう。

「え? 何の話?」

「何って。期間限定とはいえあんないい婚約者を紹介してくれたんだ。感謝してもしきれない」

「……は?」

 この顔…………俺が素っ頓狂なことを言ってイライラしている時の顔だ。

「…………確認よろしいでしょうか?」

「許可しよう」

「アリシアが満足するまで傍にいろって言ったのは何か不穏な動きや彼女が危ない目にあったら守れという指示ですよね?」

「違う」

「もしかして……ガチのマジでお見合い的なやつでしょうか?」

「だってそうでもしないと君彼女作らなそうだし。てか、君たち何なの? 二人揃って私が友達を公的に利用する悪魔と勘違いしているの?」

 思い過ごしや邪推が間違いと気づいて足に力が抜ける。

 それにしても――。

「お節介すぎるだろ! どこの世界に元家臣の恋愛事情に口を出すバカ主が――」

「あ、それで思い出した。藍さんに聞いたけど、わざと攻撃受けたんだって?」

 理不尽なことで怒りのメーターがさらに上昇する。

「本当にあの女はロクなこと言わねえな!?」

 何故だろう。

 憤怒を纏い近づいてくる紅葉の背後に鬼が見える。

 それに気を取られて胸ぐらを掴まれた。

「その死に癖。まだ治ってなかったんだね?」

「…………」

 まさかの説教タイム突入?

 疲れてるんだからやめてほしい。

「もうお前の家臣じゃねえんだ。命令に従う義理はない」

「そんな主従関係は最初から求めてない。友達として死ぬなって言ってるんだよ」

「友達を死なせないために他の友達を利用するのはらしくないぞ」

「それについてはアリシアにも謝った!」

「絶交されなくてよかったな」

「本当にね!」

 紅葉は珍しく感情を露わにする。

「君が死んだら。君の願いを聞いた意味がない」


 ――これ以上いるとお前の目の前で死ぬかもしれない


 そう言って俺は護衛役を辞めたんだ。

「君主を守って死ぬのは護衛の務めだ。それをさせてくれなかったのはお前だろうがよ」

 普通そっちが召集した護衛役に対して「怪我したら解雇するから」と言い放つ護衛対象はいない。

「誰が好き好んで死のうとする友達を無言で眺めるバカがいるんだ」

 ここが庭でよかった。

 西園寺家の遮音結界のお陰で紅葉が激昂しても外には漏れない。

「お前は次期城主だ。一個人を大切にしてはいけない」

「そんなことはわかっているよ! けど、私だって一人の人間なんだ!」

 三年という短い月日は俺たちを特別にしてしまった。

 異性であっても愛もなければ恋も芽生えず。

 互いを大切に大事に思ってしまう不思議な関係。

 お互いに立場があるのにそれをこれからも続けろというのが無茶な話だった。

「もう二度と死のうとしないで」

「……」

「いつもそう。他のことは二つ返事で頷くのになんで……なんでこれだけ……」

「ごめん」

「謝るぐらいなら頷いてよ」

「……」

 涙を流しながら胸を叩かれる。

 こればっかりは仕方ないんだ。

「……アリシアのことを泣かせたら承知しないから」

「わかったよ」

 友達を死なせないために友達を利用する。

 紅葉らしくない行いに酷く胸が痛む。

「ま、泣かれる前に俺がフラれるだろうがな」

 容姿は整っており、剣の腕も立つ。

 おまけに料理も美味いとくれば引く手数多だろう。

 魔法が使えたらアトリシア公国で人気者になっていたに違いない。

「それはそう」

「おい!」

「あはは」

 涙は何処へやら。

 顔を上げた紅葉は晴れやかに笑っていた。

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