第陸話「優等生は武人としても優等生?」

 幸運と不運は比例する。

 最良の稽古相手を手に入れた俺は平穏な学園生活という代償を支払った結果。

「どういうことだよ、風見!」

「あの留学生とはどういう関係だ?!」

 休み時間の度にこうして質問攻めに合っている。

「まあまあ皆落ち着いて。風見くんだってそう同時に質問されても答えられないよ?」

 唯一中立の立場にいてくれるのは竜胆のみ。

 さっそく満場一致でクラス委員になっている。

「俺から。留学生との関係は?」

「黙秘」

 アリシアとはこのことについて話し合っていない。

 下手に言わない方がいい。 

「じゃあ、例の大和の代表選手は風見の門下生か?」

「それは違う」

 学園に入学してからは刀を握っていないので例の代表選手の選択肢には上がってこない。

「では、何故隼人先輩は格闘科なのでしょうか?」

「それは…………何故ここにいる」

 背後から声をかけてきたのは噂の留学生。

 空気を読めていないのか。

 もしくはわざと読んでいないのか。

 最悪のタイミングでアリシアが入ってきた。

「アリシアさんだ」

「どうしてここに?」

「あ、あの風見との関係は?!」

「それは――」

「……あ!」

 廊下側を指差して教室内全員の視線を誘導して静かに素早く窓を開けてアリシアを小脇に抱える。

「あと頼む」

「了解」

 視線誘導に引っかからなかった竜胆に一言謝ってから屋上へ飛び上がった。


 意外にも小脇に抱えられたアリシアは慌てた様子はない。

 まぁ、魔法の国出身なら空中浮遊は慣れっこか。

 無事に屋上へ着地してアリシアを解放する。 

「どうして屋上に?」

「教室で話すことでもないと思ってな」

 授業まで残り五分程。

 留学生であるアリシアをサボらせるわけにはいかないので手短に済ませよう。

「色々聞きたい。まず苗字について」

「いずれ名乗るのですから早い方がいいかと思いまして」

 大方、お袋の入れ知恵か。

「俺との関係性については?」

「質問攻めに合う前に隼人さんのところへ逃げてきたので誰にも言っておりません」

「出来たら婚約者ということは隠しておきたい」

「では、遠縁の親戚ということで」

 こちらの言動は想定通りのようだ。

「正直アリシアが学べることは少ないと思うぞ?」

 大和学園の講師たちのレベルは高いがアリシアのレベルはそれを軽く凌駕している。

「それを隼人さんも同じはずです」

「俺は両親の意向があるからで――」

「では、何故刀剣科ではなく格闘科に?」

 それでさっきの質問か。

「どこに成長の種が眠っているかはわからないからな」

 刀剣科にいても更なる高みへと望めないと思ったので転入の際に格闘科へ在籍することを決めた。

「私も同意見です。異なる流派と軽視していては私の成長は止まってしまいます」

 強さへのこだわり。

 それがアリシアに惹かれている要因か?

「だからって何も学園に入学することはないだろ」

「今の私には師はいませんから。渦中に飛び込むことが一番の経験になります」

 道場破りをされるよりかはマシか。

「アリシアの選択肢に間違いはないと思う。ただ何か困ったことがあればちゃんと言ってくれ」

「こう言ってはなんですが意外です。てっきり学園では関わるなと言うものかと」

「そこまで冷たい人間じゃないし。これでも婚約者だからな」

 最初はどうかと思ったが結果としてアリシアが教室に来たのは正解だったな。

「ついでに一つお願いしても?」

「何だ?」

「その…………スマホを買いたくて。持っておけばこういう風にわざわざ事を荒立てることがなくなるかと」

「…………」

 あまり人と連絡しないのでその方法は思いつかなかった。

「学園だとすれ違いそうだから。待ち合わせは家にするか」

「わかりました。それでは放課後に」

 続きはスマホを買う際の待ち時間にでもするとしよう。



 竜胆のお陰か。

 それとも遠縁の親戚と説明したからか。

 クラスメイトたちからの質問攻めはそこまで苛烈ではなくなった。

 つつがなく午前は終了。

 昼食を挟み午後の特別カリキュラムのため格闘科の道場に来ていた。

「風見くん。今日は人気者だね」

「それは皮肉か?」

 こうやって組み手をしながら雑談できるのは竜胆くらい。

 お陰で気軽に身体を動かせる。 

「いえいえ。人気者のお陰で視線が刺さってやりにくいなぁと思っているだけだよ」

 在校生や新入生関係なく注目を浴びているのは俺だけが理由じゃない。

 お互い空振った拳が風を切り、軽い衝撃波を生む。

 さすがは大和でも名高い格闘科の娘。

 会話は出来るが油断は出来ない。

「それで。本当のところはどうなのかーーな!」

 鋭い蹴りを左腕で防ぐ。

「本当のところって?」

 空いている右で正拳突きを繰り出すが軽くいなされた。

「ただの遠縁の親戚にしては風見くんが親しくしているから。気になっ――て!」

 続けざまの踵落とし。

 怪我させないように両手を交差させて受け止める。

 これガチの試合じゃないよな?

「そんなに珍しいか?」

「一年間の付き合いしかないけど見たことないよ」

 人をよく見ている竜胆のことだ。

 間違いじゃないのだろう。

「はてさて。どうか――な!」

 力を入れて足を弾き返す。

 竜胆の軸足が浮き体勢が崩れた。

「おっと」

 弾いた勢いを利用して数回バク宙とバク転を繰り返し距離を取られた。

「ふーん。はぐらかすんだ」

 竜胆の目が細くなりイタズラ心が見え隠れする。

「なら、私が勝ったら教えてくれる?」

 武人としての覇気を纏う。

 稽古だけじゃ済まなくなってきた。

「おいコラ。マジになるな」

「たまには私も本気でやりたくてね」

「新入生をビビらすなと言ったのは誰だったっけ?」

「この程度でビビるならこの学園に入学してこないよ」

 引き下がらないというように拳を固く握って構えている。

「"信念を持って門を叩き。覚悟と共に先へ進み。己の道を得て門を出よ"……か。竜胆はつくづく優等生だな」

 お袋ほどじゃないが竜胆の格闘センスは一級品。

 刀無しで本気の竜胆相手に勝てる保証はない。

「俺が勝ったら?」

「そうだね〜。私と一日デートできるってのは?」

 茶目っ気たっぷりなウインクはいいが周りをどよめかすのは仕返しなのだろうか。

「確かに竜胆ほどの美少女をデートへ誘えるのは魅力的だな」

 デートという名の制限時間無しの本気稽古と気づく奴はいない。

「じゃあ、試合決定?」

「延期」

「なんで?! 酷い! 私とは遊びだったの?!」

「おいやめろ。今、その冗談は誤解しか生まない!」

 どよめきがざわめきに変わりブーイングが起こる。

「ねえ、どうする?」

 知らぬ間に竜胆のバトルスイッチを押していた模様。

 普段はノリの良い優等生なのに……人を戦闘狂呼ばわりしておいて『どっちがだ!』と言いたい。 

 この春休み対戦相手に恵まれずに欲求不満だったとみえる。

「はぁ…………。三分だけだぞ」

「レディ〜ゴー!」

「さすがに早――って落ち着け!」

 一秒も待てずに襲いかかってくる。

 さっきまでの一撃が可愛く思える証拠として避けた場所にクレーターが出来た。

「避けないでよ〜」

「死ぬわ!」

 受け止めて欲しかったようで不服そうに頬を膨らませる。

 表情は可愛いのに足元が恐ろしい……。

「頑張れ竜胆」

「そんなクソ野郎なんてやっちまえー!」

 周りは痴話喧嘩と思っているようで誰も助けてくれる様子はない。

 俺の知っている格闘家は人の話を聞かないやつばかりだ。

「アウェイにも程がある……」

 道場内全員が竜胆の味方。

 三分間これに耐えるのか。

「隙あり!」

「何の!」

 襟元に伸びてくる手を強めに弾く。

 勝てる保証もない。

 道場内は完全に竜胆が主役のオンステージ。

「やってやろうじゃねえか!」

 だからといって負けるわけにはいかない。


 試合結果は時間制限による引き分け。

 試合後に竜胆が『本気を出させるための演技』と弁明してくれたお陰で『二股のクソ野郎』という最悪のレッテルを回避。

 ただ最初の一撃を交わしたことは本当に不服だったらしい。

 今後の竜胆との関係を考えて食堂でパフェを奢ってから帰宅した。

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