第伍話「天国から地獄」
翌朝午前四時。
道場へ向かうと既にアリシアの姿があった。
「おはよう。早いな」
「隼人さん。おはようございます」
アリシアは既に準備運動は済ませていたようで心身共に充実している。
「この胴着と袴は身が引き締まる感じがしてとても気に入りました」
「なら、よかった」
軽く柔軟をして何度か素振りを繰り返す。
俺たちの稽古の際の約束は二つ。
一つは直接は教えないがいくらでも俺のことを観察していいということ。
「こっちの準備はできたがどうする?」
もう一つは一日一度だけアリシアからの手合わせの申し出を受けること。
「もうしばらく眺めていても構いませんか?」
「構わない」
もう二度と会えない相手が婚約者という形で近くにいるせいで昨日のモヤモヤが嘘のよう。
晴れやかな気持ちで竹刀を振るう。
ただせっかくの稽古初日にいつも通りは味気ない。
少しサービスするか。
一度動きを止めて目を閉じて霞の構えを取る。
「――!」
左手を刀身に添えて目を見開き親善試合よりもさらに鋭い連続の突き技を見せた。
「サービス精神が旺盛ですね」
「昨日の晩飯の礼だよ」
料理名がわからないのは申し訳ないと思うが他国の俺でも美味しいと思った。
これからの食事が楽しみでしかたない。
「では、朝食も気合いを入れないといけませんね」
「程々にしてくれよ?」
「美琴さんから『隼人は飯に弱いから胃袋を掴めば大丈夫』とアドバイスを受けておりますので」
「どんなアドバイスだ」
お袋…………俺はそこまで食い意地は張ってないぞ?
「さっそく効果があったようですね」
「否定はしない。で、今のを見てどうだ?」
「そうですね……もう一度見せていただければ模倣ぐらいはできるかと」
「ほー」
挑発的な顔を見て興味が湧く。
寸分たがわずさっきと同じ動きを繰り返す。
技を繰り出し終えるとアリシアは立ち上がると俺の動きをなぞる。
難易度の高い技を二度見ただけで完璧に模倣してみせた。
「いかがでしょう?」
口だけではないことを証明しながら強気な姿勢に口角が上がる。
やはりこの娘の才能は本物だ。
「今日、学園を休みたくなるほどに魅力的だ」
他国でなければという嘆きはない。
ただ彼女が『いつまでここにいるのか?』という疑問ばかりが膨れ上がる。
「それはいけませんね」
アリシアは上品に微笑む。
「残り三十分か……。俺から手合わせを申し出てはいけないってルールはなかったよな?」
時間は有限。
なら、疑問を持つばかりでは勿体ない。
「ええ。ぜひお願いします」
さらに上機嫌になるアリシアは嬉しそうに構える。
期間限定だがいい
アリシアが作った朝食を終えて身支度をし、玄関へと向かう。
「日中はどうするんだ?」
俺は学園に行くがアリシアはそうではない。
昨日までは代表選手として大和を訪れていたがやることはあるのだろうか?
「これを期に色々と経験しようかと」
「そうか。道場は好きに使ってくれていいから。それと」
玄関に置いてある箱から合鍵を取り出す。
「外に出る時は戸締まりを頼む」
「わかりました」
外に出ると桜が目に止まる。
そろそろ桜も見納めか、
「色々と経験か…………まさかな」
俺も剣客として色々と経験していた時に身分を隠しながら国外の道場を回っていた。
確かにアリシアは強さを求めているがそこまで好戦的ではないだろう…………と思いたい。
学園に到着する何やら騒がしい。
新学期だからか?
「おはよう風見くん」
昇降口で声をかけてきたのは去年同じクラスで委員長をしていた
男女問わず分け隔てなく接する優等生の鑑。
文武両道で才色兼備の完璧美少女だ。
「おはよう竜胆」
「お、今日は機嫌がいいんだね」
「そうか?」
「そうだよ。いっつもつまらなさそうにしていたもの。あ、さては一昨日の試合に当てられた?」
学園が騒がしいのは親善試合のせいだったか。
「そうかもしれないな」
「だよね! 私も燃えちゃったよ!」
握りこぶしを作る竜胆を見て少し笑ってしまう。
学園でも人気の高い彼女でもやはり大和の武人だ。
「そういえばクラス分け見た?」
「…………あ」
「嘘でしょ?」
思っていたよりも浮ついていたようだ。
「もう。私と一緒で一組だったよ」
「助かる」
今年も竜胆の世話になりそうだ。
教室の場所も知らないので竜胆と一緒に向かう。
「そういえば今年留学生が来るんだって」
「留学生? うちにそんな制度あったか?」
大和学園は世界屈指の武道を学ぶ学園。
しかし、その中には門外不出の流派もあるので留学にはあまり肯定的ではない。
「大和学園高等部初の大ニュースなんだって」
「だから学園内が騒がしいのか」
「風見くん。少しは興味を示してよ」
「そいつが強ければ興味はあるんだがな」
他の生徒たちから聞こえてくる情報の中に留学生の強さについての情報はない。
「でた。風見くんの戦闘狂。格闘科の新入生をビビらせないでよ?」
大和学園のカリキュラムはシンプル。
午前は座学。
午後は使用する武器に分かれた特別カリキュラム。
現在俺は理由あって刀剣科ではなく格闘科に在籍している。
優等生である竜胆と話す仲なのは彼女が同じ格闘科だからだ。
「善処する」
「そう言って改めたところ見たことないんだけど?」
「で、その留学生はどんな奴なんだ?」
「学年は一個下。たぶんだけど刀剣科じゃないかな?」
教室に到着するとほとんど知った顔なので挨拶を交わす。
「そこまでわかっているのか。情報収集が早いな」
「情報収集も何も国民全員が知ってるよ」
一個下で刀剣を扱う人間…………まさか?
「アトリシア公国の代表選手のアリシアさんだからね」
『これを期に色々と経験してみようかと』ってそういうことか。
とりあえず、これからアリシアとはちゃんと会話することにしよう。
朝のホームルームが終わり始業式のため講堂へと向かう。
何故かクラスメイト以外の生徒からの視線が刺さる。
「なあ、竜胆。留学生について何か追加情報ないか?」
学園内ではそんなに悪名高くはないので十中八九アリシア関連だろうな。
「やっと風見くんも興味が出てきたか。んー、何かあったような…………何だったかな?」
竜胆が考え込んでいる内に講堂に到着。
在校生の席は二階ということしか決まっていないので竜胆と横並びで座る。
眼下に広がる一階で座っている新入生たちからはギラついた雰囲気が漂ってきた。
「最近の子は冷めていると言われているが大和学園は心配なさそうだな」
「風見くんも最近の子だからね? あ!」
「お? 思い出したか?」
「え、えっとね……」
竜胆が苦笑いしながら言いづらそうにしている。
その瞬間、室内が暗くなり始業式が始まった。
「後で言うね」
さすがは優等生。
教師が見張っていなくても式中に私語はしない。
学園長の有り難いお言葉が始まり眠くなる。
『えー、皆さんご存知の通り今年は我が学園に留学生が来ました。せっかくなので挨拶をお願いします』
「はい」
今朝から聞いている声に目を覚ますと堂々とした姿で呼ばれた生徒が壇上に上がる。
夢だと思いたかったがこれは現実だ。
『ご紹介に預かりました風見アリシアと申します』
アリシアの言葉を脳が処理しきれず首を傾げる。
かざみ……………………風見?!
脳が言葉を認識すると二階席にいる全員の視線に気がつく。
好奇心と憎悪が入り混じった複数の視線。
竜胆だけが憐れむように先程と同じ苦笑い。
言いかけていたのはこれか。
『これからよろしくお願いします』
アリシアが深々とお辞儀をしたこの日この時をもって俺の平穏な学園生活は終わりを告げた。
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