第肆話「行く末は――」

 未来を案じるのはできるが現実に文句を言ってもしかたない。

 なぜなら、もう起こってしまったことはどうにもならないからだ。

 それでも不満があるなら凄い科学者になってタイムマシンを作ればいい。

 さてと…………現実に戻ろう。

「おい急げ! 早くしないと日が暮れるぞ」

「「イエスボス!」」

 小一時間程近所で日用品を買い漁ってから自宅に帰宅するともう既に活気に満ちた引越し業者が中へ荷物を運び込んでいた。

 普通なら『誰が家の鍵を開けたのか?』とか、『 不法侵入で警察に通報するべきか?』と思うのだろうがこれはもう起こってしまったこと。

 俺は偉い科学者になれるほど頭が良くないので受け入れるしかない。

「不束者ですがよろしくお願い致します」

「…………それは嫁ぐ相手に言うもんだ」

 当事者の一人であるアリシアですらさっきまでこうなることを知らなかった被害者だ。

 問題は加害者であるお袋が何を考えているかだ。

 破天荒が服を着て歩いているような人と思っていたが、まさか思春期真っ盛りの一人暮らしの息子の所へ同年代の少女を住まわせる程とは思わなかった。

 ある意味シャノワールで釘を差したアリシアが正解だったといえる。

「ちなみにアトリシア公国では婚約者になったら一緒に住むのが一般的か?」

「さすがになったその日は普通ではないかと」

「だよな」

 大和でもありえない話だが突っ立っていても仕方ないので家の中に入る。

 引越し業者は俺たちが見えてないかのように労働に勤しんでいた。

「隼人さんって順応力が高いですよね」

「順応力というか諦めに近いな」

 アリシアの件も紅葉が関わっている時点で俺に拒否権はない。

 こういうのは主従関係の後遺症? とでも言うのだろうか。

「そういうアリシアはどうなんだ? さすがに一緒に住むことは予想外だろ?」

「そうですね。ですが、私としては好都合です」

「好都合? 言ったら悪いが俺と一緒に住んでもメリットはないぞ?」

 飯はザ男飯しか作れないし。

 その他家事も少し出来る程度。

 まー、あるとすれば金ぐらいだが、おそらくアリシアからすればはした金ぐらいだろう。

「稽古を間近で見れます」

 どうしよう。

 アリシアと婚約者になった一番のメリットを感じそうになる。

「…………いや、十分強いだろ」

 ダメだダメだ。

 私欲は抑えろ。

 友好国とはいえ仮にも他国。

 個人的なメリットはあっても大和的にメリットはない。

「ですが、隼人さんの足元にも及びませんでした」

 負けず嫌いなのか。

 飽くなき向上心なのか。

 信念が宿った瞳に絆されそうだ。

「それが俺を選んだ理由か?」

「それも理由の一つであることは否定できません。ただ、最初に言っておくと使う武器が違うのは重々承知しております。ですが、隼人さんの強さは他の方とは別次元。そこから学べることは多いと思います」

 あくまで師事せずに見て盗むと宣言する。

 古風だが好みな回答で「教えていない」という体裁は保てる…………が。

「俺にメリットがない」

 受け入れるわけにはいかない。

「はたしてそうでしょうか?」

 予想通りの回答だったのかアリシアは不敵で素敵に笑みを浮かべる。

「親善試合の時も思いましたがあなたは自分と同等かそれ以上の相手に飢えている」

「…………」

「私にはその可能性があるのでは?」

 紅葉の入れ知恵……というわけではなさそうだな。

 あいつは武人じゃないから俺のこういう心情には疎い。

「とんだ自意識過剰の過大評価だな。傲慢なホラ吹きは好みじゃない」

「最後の一撃。剣筋は見えませんでしたがそのせいかあなたの表情はよく覚えています」

 こちらの心を射抜くような瞳。

 人生二度目の感覚に拒絶反応が出そうになる。

「あなたの実力なら本気を出せずとも勝てたはずなのに何かを諦めたような表情で最後の一撃を放った。私にはあなたと肩を並べる才能があると思うのは傲慢でしょうか?」

 視線は雄弁。

 ここで背ければ肯定になる。

「アンタは決して俺の領域には到達しない」

「そうですね。今まで通りアトリシア公国で剣を学んでいたら」

 吐き捨てるように言ったところで効果は無い。

 アリシアは少しずつこちらに近づき俺の頬に手を添える。

 俺はその手を…………受け入れる以外の答えを知らない。

「貞淑な淑女に見えて根っこはただの武人とか詐欺だろ」

「素性も理由も教えずに受け入れさせようとしてますからそう言われても仕方ありません。しかし、大和には『男に二言はない』という言葉があるのでしょう? どんな理由があったとしても一度受け入れた隼人さんの負けです」

「一勝一敗にしてはこっちの賠償が大きくないか?」

「しばらくの間はボコボコにされるんですからちょうどいいと思います」 

「負けず嫌いなお嬢さんだこと」

 俺もアリシアも自分のために一緒にいることを選ぶ。

 利害が一致したことで強制力が少し和らぐ。

「あなたの婚約者ですから」

 時を刻む秒針の音だけが室内に響く。

 どうやら引越し作業は終わったようで外からトラックが発進する音が聞こえてきた。

「家の中を軽く案内してから今後の共同生活について決めようか」

「わかりました」

 人は独りでは生きられないと知っている。

 何かのきっかけで出会って友情や愛情を育む。

 正直に言えばそういうのは苦手だ。

「これからよろしくな、アリシア」

 けど、そこに一滴でも"義務"や"強制力"という言葉があれば上手くやれる自信はある。

「こちらこそよろしくお願いします」

 たぶんそういう部分がわかっているからの申し出だ。

 本質を見抜かれることに嫌悪はあるが有り難く頂戴しよう。

 


 あまり親しくない人たちが共同生活を行うに当たって重要なのはパーソナルスペースの確保と生活するにあたって必要な役割分担だと思う。

 無駄にデカい家のお陰で前者は難なくクリア。

 残った後者の一つである食事に関しては『居候させていただいてるようなものなのでこれくらいはさせてください』と押し切られた。

 結果として最低限のことはスムーズに決められたので料理名不明のアトリシア公国料理を食べ終えた俺はアリシアが入浴中に電話をかけていた。

『何かよう?』

 電話相手である紅葉は少し不機嫌そう。

 これは公務中に何かあったな。

「少し気がかりなことがあってな」

『それ今日じゃないとダメなの?』

「出来たら早めに知っておきたい」

『ふーん。随分と御執心だね。まぁ、いいけど』

「素性は別にいいが"アトリシア公国からの要人"は間違いないよな?」

『そもそも向こうの代表選手だからね。それの何が気がかりなの?』

「…………なら、何故護衛が付いていないんだ?」

 どれだけアリシアが強くても。

 どれだけ大和の城下町の治安が良くても。

 他国の要人に護衛が一人も付いていないというのは元護衛役としては違和感がある。

『魔法とか使ってこっそり付いてるかもよ?』

「専門外だから絶対とは言わないが付いてないだろ」

 街中を歩く中、アリシアの容姿に惹かれる者は何人もいたがそれ以外の視線はなかった。

 何より本当に護衛がいるならアリシアがそれとなく周りを警戒していた理由がわからない。

『秘密』

 やはりそうか。

「……変なことを聞いて悪かった」

『別にいいよ、頼んだのはこっちだし。ただ私の機嫌が悪いと感じているなら時間を空けてほしかったかな?』

「善処する」

『それ、"いいえ"と同じだからね?』

 電話を切って仰向けでベッドに寝転がる。

 命を狙われているわけでもないが訳アリ。

 そしてアリシアは強さを求めている。

 強さの先に何が待っているかを知っている人間としては止めたほうがいいのだろうが。 

「あんな目をされたらな……」

 信念と覚悟が宿った瞳。

 生命を燃やすような危なっかしさを感じてほっとけないと思うのは彼女の剣に魅入られたせいか。

 それとも自分がまだ人間だったと喜ぶべきか。

「ま、何とかなるか」

 未来を案じたところで変わるわけではない。

 重要なのはこれから先どう行動するかだ。

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