第3話「魔法使いが美しく飛べるとは限らない」
「仲間、だ」
「仲間、ですね」
笑うタイミングが重なることが、こんなにも心を温めてくれるとは思ってもみなかった。
人々が過ごしづらい季節が到来したはずなのに、心が熱を感じることを幸せだと思う。
「毎年、あんなワンピースが強制されると、魔法も嫌いになるよなー」
「あの衣装の欠点、暑いんです」
「ああ……」
「真夏の太陽の光をさんさんに浴びる中、あんなワンピースを着たら熱中症で死んじゃいます」
声も表情も不機嫌になっていくのがわかるのに、隣を歩く結翔くんは楽しそうに笑ってくれているのを自分の瞳で確認する。
「職員室に入ったら、アルバイトが始まっちゃうなー」
人間と魔法使いが共存した日々が、いつかは忘れ去られるときがやってくる。
魔法使いの声を思い出したくても、思い出せない。
魔法使いの顔を思い出したくても、思い出せない。
魔法使いとの思い出を懐かしみたくても、懐かしむことができない。
いつか、魔法使いと過ごした時間は完全に消えてしまう。
忘れたくないと願っていても、時は残酷に私たちの記憶を奪っていく。
「
「
「さっき結翔くんが言ったことを繰り返しているだけですよ」
変わらない日々を過ごすことができる。
当たり前の日々が当たり前に存在しているって、とてもありがたいことだと思う。
だけど、魔法使いという存在は、いつか終わりを迎えてしまう。
「……怖い、な」
職員室を目の前にして止まってしまった結翔くんの足を前へと促すことなく、私も一緒に足を止める。
「魔法使いが空を飛ぶって、当たり前にできることではないから怖いですよね」
真夏の催し物は、古畑結翔くんのために開催されているようなものだと言われることもある。
それだけ彼が、アトレとコンペティ部門で連覇できるかどうかは世界中で話題になっているということ。
「魔法使いは完璧じゃない……ですよね」
「そうそう、魔法使いだって事故るときがあるんだって」
完璧な人間は存在しないって理解している人たちは多いはずなのに、完璧な魔法使いは存在するって期待を持っている人たちは後を絶たない。
「こんなこと言ってると、益々、空を飛ぶ魔法使いが減っちゃうね」
数分前までは赤の他人同士だった私たちの縁が交わって、今では一緒に廊下の窓に視線を向けている。
窓の向こうに待っているものは魔法使いを救う何かではないはずなのに、私たちは透明な窓硝子に夢を見る。
「私は」
窓硝子に向いたままの視線が心地よかったはずなのに、結翔くんは視線を私へと移したから呼吸が苦しくなる。
「結翔くんの魔法が好きです」
自分が何を口にしているか確かめられないほど顔に熱が籠ってくるのを感じるけど、言葉を紡ぐことをやめたくないと思った。
「結翔くんのように飛びたい」
透明な窓硝子に向かって逃走を図りたかったけど、自身の心臓を落ち着かせながら、
「そう思いながら、毎年、暑中見舞いの到着を楽しみにしている方々に魔法使いの理想をお届けしています」
真っ黒なワンピースを着ながら、箒に乗って空を飛ぶ。
魔法を使える人間からすれば、いつの時代の魔女ですかとツッコみたくなる案件。
でも、そんな古き良き時代に夢をいだく人たちがいるからこそ、真夏の太陽が世界を焼き尽くす頃合いに魔法使いたちは空を飛ぶことを選ぶ。
「結翔くんが、私を笑顔にしてくれたから……」
郵便物の数は減少を続け、もしかすると紙に文字を書く文化そのものがなくなってしまうかもしれない。
それでも毎年、夏という季節だけは魔法使いに手紙を託す人が存在する。
文字を書くという文化も、魔法使いが手紙を運ぶという文化も、どちらも大切にしてくれる人が存在するから、私は夏の風物詩へと駆り出される。
「私も魔法を通して、笑顔をお届けできたらなと……」
ありがとうの言葉が響き渡る瞬間。
あ、魔法使いに生まれてこられて良かった。
そんな気持ちが湧き上がってくるのを、一年ぶりに思い出す。
「結翔くんは、私にとって憧れの魔法使いさんです」
多くの女性を魅了するような結翔くんの笑みには敵わないかもしれないけど、私なりに向けられる精いっぱいの笑顔で結翔くんへ感謝の気持ちを伝える。
「結翔くんは、人を幸せにする素敵な魔法使いさんですよ」
自分なりの満面の笑みを向けてみたけど、言いたいことを言い終えた私は冷静さを取り戻すために頬を叩いて表情を整える。
「一年ぶりに飛ぶので、少し自信を失っちゃいますよね」
恥ずかしさを逃がしたいのに、夏の暑さは熱を逃がしてくれないから困ってしまう。
「望む未来があるので、練習を頑張らないといけませんね」
近くに遭った掃除道具が片付けられているロッカーを開いて、一本の箒を取り出す。
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